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第二十三章 枯れ木令嬢と大切な人々

 のほほんとしていたジュリアも、大切な人々ができた事で、大きく変わっていきます。もちろんいい意味で……



 一体誰がドレスを破ったのか?

 

 ジュリアの問にメイド達は全員黙っていた。そしてお互いの顔を見合っていた。

 

「ですからヴィオラだと言ってるでしょ」

 

 この期に及んでもメイド長がこう言い募った。 

 しかしジュリアからそれは絶対に有り得ないと即座に否定されて鼻白み、その根拠を求めてきた。

 そこで、ジュリアはまずメイド長をじっと睥睨した後で、メイド三人をゆっくりと見回しながら言った。

 

「ドレスの裂かれ方を見ると、最低でも三種類の道具が用いられているわね。

 鋏、小刀、それに釘かしら?

 とても一人の人間がやったとは思えないわね」

 

 そしてビクついている彼女達にこう続けた。

 

「それに、ヴィオラがそんなことをする理由がないと、先程言ったでしょ。ヴィオラは私の親友なの。

 彼女は私が父から贈られたドレスを大切にしていることを知ってるわ。だから私が悲しむことはしないわ。あなた達とは違ってね」

 

 ジュリアの言葉にメイド達はヴィオラに向かって罵声を浴びせた。

 

 裏切り者! 密通者!と…

 それを聞いたジュリアは笑った。

 

「裏切り者って、あなた達は最初からヴィオラを仲間だと思っていなかったでしょ。ただ自分達の言いなりになる便利な駒としか見ていなかったでしょ。ふざけないで!」

 

 それから一層厳しい顔になってこう続けた。

 

「誰も名乗り出ないのなら警邏隊に通報するわ。

 貴族の家に侵入して物を破壊した犯人を見つけてもらわないと、恐ろしくてこの屋敷に住んでいられないもの。

 それとヴィオラを暴行した者ははっきりしているのだから、逮捕してもらわないといけないしね。

 ケント、連絡お願いできるかしら?」

 

「わかった!」

 

 ケントが部屋を出て行こうとすると、メイド達が扉の前に並んでそれを妨害した。

 

「坊っちゃま、お願いです。行かないで下さい。外から誰かが入ったのではありません。

 お嬢様、私達三人がやりました。本当に申し訳ありません。メイド長に命じられて仕方なくやったんです」

 

「ヴィオラに暴力を振るったのは、彼女が私達の邪魔をしたからです。必死にとめようとしたので、自分だけいい子ぶっているのが癇に障って」

 

「でも、私達はヴィオラに罪を着せようとは思ってもみませんでした。本当です」

 

「大体これはリンダお嬢様の命令だから、犯人がばれたって罪には問われないってメイド長が言ったんです」

 

 メイド達の暴露にメイド長は怒り狂った。ヴィオラだけではなくこいつらも平気で自分を裏切るのかと。

 そしてそれと同時に絶望的な気分になった。

 

 ジュリアが皆で隠していたこの屋敷の秘密を知った以上、リンダは自分を庇ってはくれないだろう。いや、知らぬ存ぜぬを決め込むに違いない。

 それにそもそも奥様はジュリア様に対してこうしろああしろと直接に指示してはいなかった。

 彼女が厳しく命じたのは、旦那様にばれて困るようなことだけは決してするな、だったのだ。

 

 自分は空気を読める女だったから、女主の意図を汲んで邪魔なジュリアを追い出そうとしていたが、失敗だった。

 むしろヴィオラのようにジュリア側につけば良かった……

 愚かにもこんなことを考えたメイド長だった。

 

 

 結局ジュリアは警邏隊を呼ばなかった。それよりもすべきことがあったからだ。

 ジュリアはメイド達に、処分はあなた達のご希望通りに夫人に任せるつもりだから、それぞれの仕事に戻るようにと告げた。

 

 そして彼女達がいなくなると、ジュリアはルフィエとケントに向かって言った。

 

「ルフィエさん、お医者様をすぐに呼んできて。それから箱馬車を借りてきて、近くに留めておいて欲しいの。

 ヴィオラさんの治療が終わったら、なるべく早くこの屋敷を出るわ。みんな、自分の荷物をまとめて頂戴!」

 

 ルフィエは頷くとすぐに出て行った。そしてケントもそれに続いた。

 二人きりになると、ヴィオラがジュリアに謝罪した。大切なドレスを守れなくて申し訳ありませんと。

 

 リンダがメイド長にジュリアのドレスを切り裂くように命じるのを、ヴィオラは廊下を歩いていて偶然、リンダの部屋の前で聞いた。

 彼女は慌ててジュリアの部屋へ向かい、ドレスを隠そうとしたのだが結果的に間に合わなかったのだ。

 

「それは旦那様から頂いたジュリア様の大切なドレスなんです。お嬢様に残っているのはそれだけなんです。後生ですからそれだけは手を出さないで下さい!

 それに、明日はお嬢様の大切なデビュタントがあるんですよ、お願いですからやめて下さい!」

 

 ヴィオラは必死にそう頼んだが、メイド長に後ろから羽交い締めにされてしまった。

 

「ありがとう。私のために。

 そしてごめんね、こんなに怪我をさせてしまって。痛かったでしょう、恐かったでしょう」

 

 ヴィオラから話を聞いたジュリアは彼女を優しく抱きしめた。すると、ヴィオラは痛さや怖さや悔しさが蘇ってきたのか、今度は大きな声で泣き出したのだった。

 

 

 ✽✽✽

 

 

 ウッドクライス邸をこっそりと抜け出したジュリア達は、ルフィエの用意した箱馬車に乗ってプラント男爵邸に向かった。

 突然の訪問だったにも関わらず、男爵家は執事を始め、使用人達が皆温かくジュリア達を迎えてくれた。そしてすぐにヴィオラにベッドを用意してくれた。

 ジュリアはその対応に深く感謝をした。

 

 ヴィオラは精神的身体的ショックを受けていたので、すぐに眠りについた。

 ジュリアはベッドの端に座って、ヴィオラの顔に冷たい水を絞ったタオルを置いて、何度もそれを交換した。

 青あざが痛々しくて、ジュリアは涙が溢れて仕方がなかった。四人がかりで殴られ蹴られるなんて、どんなに痛かったろう、恐ろしかっただろう。

 

 医師に診察をしてもらっている時、ジュリアもその側に立ち会わせてもらっていたが、思った通り腹部や足にも至るところにあざができていた。

 ただ幸いだったのは加害者が女性だったことで、内臓や骨には異常が無かったことだった。

 暫くは体中痛むだろうが、半月ほどで痛みは消えるだろう。大事にし過ぎるのもいけないから、二、三日経ったらなるべく体を動かすようにと医師に言われた。

 

 夕方になって、メイドから夕食の準備が整いましたと呼びに来られたが、ヴィオラが目を覚ました時に一人だったら不安だろうとジュリアは躊躇った。すると、メイドから自分が付いていますから大丈夫ですよと言われた。

 

 

 ジュリアはメイドに手伝って貰って、お仕着せから淡いピンク色のドレスに着替えた。

 そのドレスはマダム=フローラ、つまりロマンドの母のオーダーメイドだ。

 婚約してからというもの、ジュリアはロマンドから適当な記念日とやらを作られ、月に一着はドレスを贈られていた。

 ジュリアは必死に断ったが、

 

「いろんなドレスに身を包まれた、かわいい君を見てみたいんだ。

 それに、母が君のためにドレスを作るのに夢中なんだ。楽しくて仕方ないらしい。娘のためにドレスを作るのが子供の頃からの夢だったからって。

 だから母の夢を奪わないで」

 

 そう言われてしまうと、ジュリアはそれを受け入れるしかなかった。

 とはいえ、そのドレスを着てウッドクライス邸に戻ればどうなるかは想像できた。それ故に、作って貰ったドレスはプラント男爵家に預かってもらっていたのだ。

 

 ジュリアがダイニングルームのテーブル席に着いた時、この屋敷の主のロマンドと秘書のロバートが帰宅した。

 ロマンドは急ぎ足でジュリアの側にやって来た。ジュリアは慌てて立ち上がろうとしたが、その前に腰を曲げたロマンドに抱きしめられた。

 

「恐かったろう。心細かったろう。すぐに戻れずにごめんね。」

 

 優しい婚約者の声を聞いて、ジュリアは頭を振りながらも再び熱い涙を溢れさせた。

 

「突然お邪魔をして本当に申し訳ありません。

 明日の王宮での大掛かりな夜会の準備でお忙しいところを。

 でも、私達にはロマンド様しか頼る方がおりませんでした。

 父と連絡がとれるまでこちらに置いて頂けないでしょうか…」

 

 ロマンドは腰を下ろし、片膝を着いた姿勢でジュリアの顔を見ながら言った。

 

「迷わずすぐに僕のところに来てくれて嬉しいよ。僕は貴女の一番の騎士でいたいから。

 邪魔なわけがないだろう? 貴女は間もなく僕の妻になるのだから。それに予定より早く一緒にいられるだなんて、むしろ嬉しいくらいだ。

 それにケント君もルフィエさんもヴィオラさんも、貴女の大切な人は僕にとっても大切な人なんだよ」

 

 愛する婚約者の言葉を聞いて、ジュリアはますます涙を溢れさせた。

 

 親友のヴィオラに自分のせいで大怪我をさせ、急遽家を出ざるを得なくなって、この先どうすればいいのか……気丈に振る舞ってはいたが、ジュリアは不安で一杯だった。

 だからこそロマンドの思いを聞いて、彼女は嬉しく堪らなかった。

 

 自分だけではなく、自分の大切な人まで同じように大切な存在だと言ってくれる。

 ロマンドのその愛の深さを知り、こんな時なのにジュリアは、生まれて来て良かった、ロマンドと巡り会えて幸せだと心の底から思ったのだった。

 


 読んで下さっていありがとうございました!

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