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第二十章 枯れ木令嬢と姉妹の確執

 間が空いてしまいましたが、また投稿します。時間がかかるかも知れませんが完結を目指します。


 ジュリアが王都に帰ってくると屋敷の様子が変だった。すぐに居間に来るようと執事に言われてそこへ向かうと、皆が揃っていた。

 

「ジュリア、何故花男爵様がプラント男爵様だということを秘密にしていたの?」

 

 ジュリアが居間に一歩足を踏み入れた途端に、お帰りの一言もなくリンダがこう言った。

 かなりお怒りモードだ。

 しかし問われたジュリアはキョトン(ふり)とした。

 

「すみません。男爵様が『花男爵』だと知ったのは領地へ行った時だったのです。

 私は、貴族の皆様とは社交をしておりませんから、男爵様にそんな呼び名があるとはを知りませんでした」

 

「・・・・・」

 

「でも、プラント男爵があんなにお若い方なんて一言も聞いていなかったわよ」

 

「尋ねられませんでしたので」

 

 ジュリアはキャシーの問に頭を傾げた。今まで彼女達は一方的に話をするだけで、人の話を聞くことはなかった。それなのに聞いていないと言われても。

 

「「「あっ……!」」」

 

 みんな一瞬気まずそうに黙ったが、リンダはすぐに態勢を整えて言った。

 

「とにかく、貴女は男爵様とはすぐに婚約を解消なさいね」

 

「はい? 何故ですか?」

 

 意味がわからない。

 

「貴女みたいな枯れ木娘と美男と評判の『花男爵』では釣り合わないわ」

 

 リンダがこう言った。しかしジュリアが反論する前にキャシーが少し薄笑いを浮かべてこう揶揄した。

 

「あら、釣り合わないのはお姉様も同じじゃないですか。お姉様は男爵様より年上じゃないですか」

 

「なによ! 年上って言ってもたった一つじゃない。何の問題もないわ」

 

「一つだろうが二つだろうが年上は年上です。それにお姉様は今現在二十歳を越えていらっしゃいますよね。これからすぐにお付き合いを始めても、式を挙げられるのは二十をとうに一つ二つ越えますよね。

 でも私は二つ年下ですから、私なら釣り合うと思いますわ」

 

 キャシーの言葉にリンダは眉をキッと釣り上げた。

 

「年下だからといってそれだけで釣り合うわけがないでしょう。平民の愛人の産んだ娘のくせに」

 

「何ですって! お姉様のお母様なんて貴族と言っても男爵家出身で、しかも子爵家へ嫁に一度行って離縁された出戻りじゃない! しかも浮気がばれて追い出された破廉恥な方ではないですか! そんな方の娘であるお姉様のどこが相応しいのですか!」

 

「な、何てこと言うの!」

 

 リンダとキャシーが掴み合いになりそうになった時、嫡男のカークが間に入って止めた。

 

「いい加減にしろ! みっともないぞ」

 

 リンダとキャシーは、自分達がこの家の当主と正妻の娘だという設定をすっかり頭から抜け落ちているようだった。

 カークが気まずそうにジュリアの方を見た。ジュリアはとっくにそれを知っていたが、戸惑う振りをして見せた。そして義母の方へ顔を向けた。

 すると、彼女はもはや誤魔化すのは諦めたのだろう。取り繕うこともせず、平然としてこう言った。

 

「カークの言う通りですよ。二人とも情けない真似はおよしなさい。たかだか男爵如きを姉妹で取り合うなどと、ウッドクライス伯爵家の娘の誇りはないのですか!

 そもそも今までお祖父様やお義父様の縁談を断ってきたのは貴女達でしょう。それなのに今更なんです。

 いい加減自分をよく省みて、現実的な相手を選びなさい」

 

 珍しく義母が義姉達を窘めた。こんな常識的で全うな考えができるのなら、もっと早く義姉達に言ってあげていれば良かったのに……とジュリアは思った。

 しかし彼女が義娘のために言っているのではないということはわかっていた。

 義母は義姉達にジュリアの婚約を邪魔されたくないだけだ。彼女は自分の息子を跡継ぎにするために、当主である父の唯一の娘を嫁に出したいのだ。

 

 実はジュリアがプラント男爵との顔合わせが決まった後、義母はため息をついていたらしい。あんなにガリガリでみっともない娘では、いくら格下の男爵でも断ってくるだろうと。

 もう少し食事を与えておけば良かったと。

 そして今後のことを考えて食事を改善するようにと指示したらしい。

 しかし、その後その枯れ木娘の婚約が決まると、まあ、男爵はああいうガリガリが好きな変わり者なのね、それでは食事はまた前に戻しましょう、となったらしい。

 

 後になってメイドのヴィオラからそれを聞いたジュリアとルフィエはあ然とした。どうしたらそんな思考になるのかわからなかった。

 

 それにしても義娘を嫁に出しても何の意味が無いのに、義母はなんて愚かなのだろうとジュリアはため息をついた。

 

 父は義兄カークにはっきり言っているはずだ。義兄ではこのウッドクライス伯爵家を継げないと。何故なら伯爵家を継ぐための最低限の条件はある特殊な能力なのだから。

 

 しかしその能力がないからといって、カーク本人の価値を否定していたわけじゃなかった。当主にならなくてもやる気があるのなら貿易の仕事を任せてもいいから、勉強に励みなさいと言ったのだと、父親の手紙に書いてあった。

 

 父はこうも言ったと言う。ウッドクライス家を継ぐということは、国の重要な仕事に就くことになり、家庭を顧みれない生活となる。

 それはこの自分を見ればわかるだろう? 

 自分も好きで跡を継いだわけではない。もし自分で自分の生き方を選べるなら、私は愛する家族に寄り添える人生がいい。だから、君がどう生きたいか自分で考えて欲しいと。

 

 しかし義兄は自分の頭では考えず、己の将来は母親に一任したようだ。

 

 

 取りあえず義母がその場を収めてくれたのでジュリアは部屋へ戻ることにした。しかし、リンダが後を追ってきて、彼女の耳元でこう囁いた。

 

「ロマンド様とは別れなさい。私が婚約者になるわよ、絶対に」

 

 何故プラント男爵にそう執着するのかジュリアはわからなかった。ついこの間まで高位貴族に拘っていたのに。

 しかしその理由はヴィオラのもたらした情報を聞いて理解した。

 

 どうもしばらく前からリンダの実の兄が彼女にまとわりついているらしい。

 リンダの母親が子爵と結婚して生まれた嫡男だったが、素行不良で家から廃嫡されて市井で暮らしているらしい。そしてお金が足りなくなる度に、妹にせびりに来ているのだと。

 

 おそらくジュリアから取り上げた品々は、最終的にはあの兄の手に渡ったのだろうと三人は理解した。

 そしてジュリア達がプラント男爵の領地へ行ってもいる間もやって来ていたという。

 

 その男は妹にこう言ったそうだ。

 

「お前の妹、花男爵と婚約したそうだな。何故お前がその男爵と婚約しなかった? 男爵だと見下したのか? 馬鹿な奴だ。高位貴族だからって金があるわけじゃないんだぜ。爵位より財力だ。

 あっ! 婚約しただけでまだ結婚したわけじゃないな。お前、妹からその男を奪っちまえよ。それであの花男爵から目一杯金を貢がせろよ。

 あんな枯れ枝みたいな痩せガキより、男ならお前みたいな美人でグラマーな女の方がいいに決まってるからな。

 

 お前、金も作らねぇと、お前が前伯爵の娘じゃなくて、俺と同じくあの阿婆擦れ女とヒモとの間にできた子供だって、今の侯爵にばらすぞ!」

 

 と……

 

 ヴィオラの話に私とルフィエは思わず顔を見合わせて絶句した。リンダが義理の姉ではなく従姉妹だということをつい先日知ったのに、実際はただの他人だったなんて……

 

 しかしルフィエはすぐに冷静になってこう言った。

 

「旦那様はこのことを知っておられるのだろうか?」

 

「それはわからないわ。でも少なくともリンダお姉様のお兄さんのことは既にご存知だと思うわ。

 ロバートさんが私の奪われたネックレスを見つけたとおっしゃっていたから。それって、盗品を売り付けた人物を特定できたという事でしょう? 

 そしてロマンド様はすぐに父に報告したみたいだから」

 

「近頃、朝市に出かける時になんか見張られている気がしていたんですが、例の怪しいアサシンかと思っていたんですが、旦那様が俺以外の用心棒を頼んでたのですかね?」

 

「凄い! ルフィエさん! 暗部の人の気配まで感じるんだ!」

 

 ジュリアが目を丸くして言うと、むしろルフィエの方が驚愕した。

 

「暗部って、あの王族を守っているあの暗部ですか?」

 

「ええ。父が私のことを心配して国王陛下に相談したら、暗部を派遣して下さったようよ。

 ほら、父は国防のための重要人物だから、私が人質にされたり、何かに利用されたりしたら困ると思われたのじゃないかしら」

 

「いや、それもあるでしょうが、プラント男爵様が王太子殿下にお願いしたのかも……」

 

「ああ、そうかも……」


 国王陛下に王太子殿下……

 雲の上の方々の名前が気軽にポンポンと飛び出してきて、ヴィオラは恐ろしくなった。しかし、まさかそれを尋ねることもできずに、初めて聞いた言葉について尋ねてみることにした。

 

「アサシンや暗部ってなんですか?」

 

 と……

 

 しかしそれをルフィエに説明された彼女はヘナヘナと床に座り込んだのだった。

 

読んで下さってありがとうございます!

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