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第二章 枯れ木令嬢と男爵の顔合わせ

 

 はっきりとしたことはわからないが、きっと両家とも姿絵を交換してはいなかったのだろう、とジュリアは推測した。

 もしそれがあったらあの面食いの姉達のことだから、たとえ格下であろうと、取り敢えず顔合わせくらいには臨んでいたに違いないから。 

 

 すると男爵は戸惑う表情を見せながらこう言った。

 

「勘違いなどではありませんよ。

 私はジュリア様と結婚したいと伯爵様に申し込んだのですから……」


「えっ? このお話は男爵様からのお申込みだったのですか? 父からではなく?」

 

「はい。

 貴女が社交界にデビューしてしまったらすぐに申込みが殺到してしまうでしょう?

 そうなったら、しがない男爵の私では貴女に手が届かなくなってしまいます。

 ですから卑怯かも知れませんが、伯爵様が他国から戻られるのを待っていられずに、手紙で婚約の申し込みをさせて頂いたのです。

 お父上からのお手紙にはなんと書かれていたのでしょうか? 私のことを……」

 

「手紙ですか? 

 申し訳ありません。父からは何も……私は手紙をもらってはいないので」

 

「それではこの話はどなたからお聞きになったのですか?」

 

「義母と執事からです。

 プラント男爵様との縁談があるので顔合わせをするようにと。そしてこれは断われない話だと。

 ただこのお話は、私を特定したのではなく、ウッドクライス伯爵家の娘の誰かというお話だと聞いていたのですが……」

 

「誰とでもいいというのなら何故貴女が? 

 上の姉上様達が拒否されて貴女に押し付けたということですか?」

 

 その通りだった。

 それが申し訳なくてジュリアは真っ青になり、どう詫びればいいのかわからず、おどおどしながらこう言った。

 

「本当に申し訳ございません。

 恐らく父の手紙には、男爵様の詳しい情報が記されていなかったのだと思います。姿絵なども。

 私も今日こうしてお会いするまで、男爵様はもっと年上の方かと思っていたのです。父と同年代かと……

 もし男爵様のことを知ったら、姉達もきっと後悔すると思います」

 

「・・・・・・・・」

 

 それを聞いた男爵は黙り込んで、少し考え込んだ。


 彼女の姉達は、自分達が嫌う縁談を平気で妹に押し付けるような者達なのか?

 

 執事はたとえ主の命令とはいえ、お嬢様の縁談相手を調べようともせず、この話を進めたのか?

 

 義母は、たとえ義理とはいえ伯爵令嬢である娘に侍女も付けず、護衛のみで顔合わせの場に向かせるくらい、彼女を蔑ろにしているのか?

 

 ウッドクライス伯爵が自分の詳しい情報を手紙に記さなかったのは、彼女の姉達が自分に関心を示さないようするためだったのだろう、と男爵は推測した。

 きっと伯爵は家の者達を信用していないのだなと。

 

 大体ジュリア嬢は父親から手紙をもらってはいないと言った。

 しかし伯爵からの手紙には、『ジュリアから承諾するという返事が届いたので、この話を進めることにした』とそう書いてあった。

 

 つまり、伯爵が書いた手紙はジュリア嬢には届かず、しかも伯爵家の者が彼女の名前を使って、勝手に伯爵に返事を出したということだ。

 

 これはよくよく考えて、慎重に事を進めなくてはいけないな、そう若き男爵は思った。

 

 男爵が押し黙ってしまったので、ジュリアは彼を怒らせてしまったのだと思った。まあ、腹を立てるのも無理はないのだが。

 男爵が望んでいた縁談相手がたとえ最初から自分だったとしても、姉妹で押し付けあったと知ればいい気はしないだろう。

 

 しかも実際に現れたのが、枯れ木令嬢と呼ばれるこんな自分では……

 

「ええと、男爵様からお断りしにくいようでしたら私の方から父に話をします。

 もっとも父が今どこにいるのかわからないので、戻ってきてからになると思うのですが」

 

「断る? 

 どうして私がそんなことをしなければならないのですか? 私の方から望んだことなのに」

 

「父が貴方に私のことをどう説明したのかわかりませんが、私、エセ貴族令嬢なんです」

 

「エセ?」

 

 ジュリアは正直に自分のことを話すことにした。このまま婚約話を進めては男爵に失礼だと思ったのだ。

 

「私は父の庶子です。二年前までは市井で暮らしていました。

 しかも母を亡くして孤児でした。農園のご夫妻のお情けで面倒見て頂いていたんです。

 

 ウッドクライス家に引き取られてから一応淑女教育は受けましたが、所詮は付け焼き刃の見せかけです。

 社交などもしたことがありませんし、私に貴族の妻としての役目が果たせるのか、正直自信がありません」

 

「もちろんジュリア嬢のこれまでの経緯は存じております。

 その上で私は貴女を妻に迎えたいのです。貴女は私をお嫌ですか?」

 

「えっ? いえ、嫌ではありません。ただ今日お会いしたばかりなので、なんとお答えしたらいいのかわかりませんが……」

 

「もちろん、今すぐの結婚話は早急過ぎるとは思いますが、せめて婚約だけは早めにして頂けませんか?

 婚約者としてお付き合いをさせて頂くうちに、貴女に好きになってもらえるように精一杯努力致しますので」

 

 ジュリアは目を丸くした。

 この縁談はそもそも断われないのだ。プラント男爵が望むなら何の問題もなくこの話は進められるはずだ。

 それなのに私に好かれるために努力をするだなんて。

 

 会ったばかりだというのに、この男性にジュリアは好感を持った。

 何故自分なんかと結婚したいのか、疑問に思うことは多々あったが、それは追々聞いて行こうとジュリアは思った。

 

「わ、わかりました。よろしくお願いします」

 

 ジュリアが頭を下げると、プラント男爵は本当にホッとしたような顔をしてから、優しく微笑んだ。

 また薔薇が笑った……

 あまりの美しい笑顔にジュリアは息を飲んだのだった。

 


 

 初めての顔合わせの場合、女性は紅茶のカップに形だけ口を付けるのが一般的だ。

 飲食すること自体は決してマナー違反ではないが、多くの女性が、知らない異性の前で口の中にものを入れることを恥ずかしく感じるからである。

 

 もちろん社交に疎いジュリアでもそれぐらいの常識は持っていた。

 しかし背に腹は代えられない。

 腹の虫でもなったら余計に恥ずかしいではないか!とジュリアは開き直った。

 

 それに出された食べ物を残すなどという、食べ物を粗末にすることは彼女のポリシーに反する。

 

 ジュリアは、男爵が注文してくれたお茶とイチゴのショートケーキを完食した。あくまでも優雅にゆっくりと……

 

 しかしそれは表面上のことで、九年振りのケーキに感動し、この幸せが出来るだけ長く続くように彼女は時間をかけて味わっていた。

 

 そしてジュリアが口直しのため、紅茶のおかわりを飲み終わった時、それを見計らっていたかのようにプラント男爵がこう言った。

 

「少し散歩をしませんか?」

 

 と・・・

 

読んで下さってありがとうございました!

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