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第十九章 枯れ木令嬢と謎解き

 

 ジュリアとケントは男爵家で働く者達からの大歓迎を受けた。

 彼らは常日頃から現男爵のロマンドや前男爵夫人から、ジュリアが男爵家及び農園を救ってくれた恩人だと聞かされていたからだ。

 

 しかも彼女は若き男爵の初恋の相手であり、ずっと思い続けてきた女性だとみんなは知っていた。

 それ故にその想い人と晴れて婚約できたというのだから、こんなめでたいことはない。

 みんなは昨日のうちからパーティーの準備をしてくれていたのだという。

 

 プラント男爵家の使用人や農園で働く者達は、皆とても気さくで明るく、そして温かな人柄だったので、ジュリアやケントもすぐに彼らと打ち解けたのだった。

 

 そして、前男爵夫妻への挨拶も無事に済ませることができた。

 元男爵の媚びるような態度には辟易したが、夫人はとても優しく、慈愛の籠もった態度で接してくれたので、ジュリアは心底ホッとした。

 

 しかも夫人はケントに向かって、学院が休みの時はいつでも遊びに来てね、と、こちらがお願いする前に言ってくれた。

 ジュリアは涙が出るほど嬉しかった。この夫人となら家族として仲良く一緒に暮らせる、そう彼女は思った。

 

 九年前、ジュリアが『緑の精霊』にお願いして汚染された土地を浄化した後、そこを再び農地や牧草地に復活させたのは、『緑の手』を発動させたロードだった。

 

 ロードの力を知った前男爵は、逃げ出した自分の嫡男の代わりに甥のロードを養子にして跡取りにしようとした。

 不良債権をまだ十歳だったロードの両肩に押し付けようとしたのだ。

 

 しかし夫人がそれを許さなかった。彼女はロードに、奨学金制度を利用して王都の学院へ進学するように勧めてくれた。彼女は彼の将来を束縛したくはなかったのだ。

 

 それに貴族の子弟では奨学金は貰えないことを夫人は知っていた。だからこそ、彼をこの時点で養子にすることを反対したのだ。復興途中の男爵家では学費を出してはやれないのだから。

 その時プラント男爵家の農園は完全に復活したわけではなかったが、後は大人の仕事だと夫人は力強く言ってくれたのだった。

 

 そしてロードが十三になる年に、彼は三つ年上の使用人のロバートや母親と、進学をするために王都へ向かった。

 ちなみにロバートは経営学及び秘書になる為、やはり奨学金をもらって専門学校に入ったのだった。

 

 夫人のこの決断は後になって考えると、プラント男爵家にとっては英断だったと言えるだろう。

 何故なら、この国一番の神聖な場所である王都の森の中で生活するようになった結果、ロードは『緑の精霊使い』としての能力に本格的に目覚めたのだから。

 

 そして、奇しくもスチュアート王太子と同級生となり、彼や多くの友人達と親しくなったことで、意図せず高位貴族とも親交を深めることになったのだから。

 

 

 

 歓迎会が終わった後、ジュリアとロードは手を繋いで広い農園の中を散策し、思い出話に花を咲かせた。

 そして九年前二人で一緒によく遊んだ、山羊牧場の前まで来ると、そこにある簡素なベンチに二人は腰を下ろした。

 

「ねぇ、何故最初から本当のことを言ってくれなかったの?」

 

 ジュリアはロードの顔を見つめながら当然の質問をした。すると、ロードは少し困った顔をしてこう答えた。

 

「ジュリアとは、別れてから九年も経っていただろう? 

 だからジュリアはもう僕のことなんて忘れているかも……と、そう思ったんだ。

 だけど、はっきり覚えていないと言われたら、さすがにショックを受けて立ち上がれそうにもなかった。そんな思いをするなら、別人として今の僕を好きになってもらった方がいいと思った」

 

「でも、私としては少し複雑だったわ」

  

「複雑? どうして?」

 

「私、ずっとロードが好きだったの。ロード以外は絶対に好きにならないだろうと思っていたくらいにね。

 

 だから、今回の縁談も粗野な人や、変態なおじさん以外なら、誰でもいいかなぁ〜、それが貴族の令嬢としての役目ならって考えてたの。

 

 それなのに段々花男爵様に絆されていって、私って、浮気者なのかってずっと悩んでたのよ」

 

「本当? 僕を気に入ってくれていたの?」

 

「そりゃそうよ。あんなに『君がいい!』って言ってもらえたら嬉しいに決まってるわ。

 それに、毎日お花をもらって幸せな気分になれたし……ただ……」

 

「ただ……何?」

 

「ロードはずるいと思うわ」

 

「うん。ごめん。騙してて」

 

「騙すというより、私は顔合わせの日に『エセ伯爵令嬢』だと打ち明けたのに、ロードは『エセ男爵』だとずっと言わなかったじゃない。それってずるいわ。

 それに貴方って『花男爵』って呼ばれていて、社交界では高位貴族のご令嬢に大人気なんですってね?」

 

「それ、誰から聞いたの?」

 

 

「姉達からよ。

『花男爵』って呼ばれている男性がいて、とにかくもてるって」

 

「僕、君の姉さん達とは会ったことないと思うんだけど」

 

「ええそうでしょうね。色々な高貴な方のパーティーに参加しているのに、何故自分は『花男爵』に会えないのかって、姉達が悔しがっていたもの。

 そもそも顔合わせを拒否しなければ、とっくに『花男爵』に会えたのにね」

 

 ジュリアは姉や、見も知らぬ高貴なご令嬢達に嫉妬しながらロードに言った。

 すると、何故かロードは嬉しそうな顔でジュリアを見た。そしてこう説明した。

 

「そもそも僕は高位貴族主催のパーティーには一度も参加したことはないよ。

 だって僕は一番下の爵位の男爵だから、呼ばれるわけがないよ。

 

 そんな僕が何故高位貴族の面々と知り合いなのかというと、僕は王家主催のパーティーやイベントによく招待されているからだと思うよ」

 

「えっ? 王家?」

 

「ほら、王太子と友人だと話しただろう? その関係で、殿下の私的なパーティーによく呼ばれるんだ。

 あとは仕事関係で。王家の花の御用達になっているから。 

 それに『緑の精霊使い』として森の保全をしてるから、その集まりのためによく登城しているんだ。だから自然に高位貴族の方々と顔馴染みになったというわけさ」

 

「そうだったんだ」

 

「それに僕が『エセ男爵』だなんてことはみんな知ってるよ。

 僕がロマンド=プラントになったのは一年前なんだから。

 つまりそれまでは王太子やその他の高位貴族の友人とは、平民のロード=カーラーとしてずっと付き合っていたわけだから」

 

 ロードの言葉にジュリアはなるほどと頷きながら、先程からずっと疑問に思っていた、ある大事なことについて尋ねた。

 

「ねぇ、何故名前を変えたの? そもそも貴方の名前が違うから私は気付かなかったのよ。

 養子に入っても、普通ファーストネームは変わらないでしょ?」

 

「普通はね。でも、平民が貴族籍に入る時はファーストネームも変える決まりになっているのさ。

 平民だった自分を捨て去り、貴族なんだと自覚して生きて行く…という覚悟をするためなんだってさ。

 ふざけてるよな。自分のアイデンティティ捨てろっていうんだからな。

 姓の方は、元々父親の姓だから違和感はなかったんだけど、名前の方は本当はロードのまま生きて行きたかった。

 だけど、領民守るためには仕方ないだろう? 彼らは僕の家族、仕事仲間なんだからさ」

 

 ロードのせつなそうな顔にジュリアも悲しくなった。

 両親から贈られた大切な名前というギフトを、彼はみんなのために捨てなければならなかったなんて。

 

「大変な思いをしたのね、ロード。

 でも、それならどうして私は名前を変えなくてもすんだのかしら? 

 それとも知らぬまに私の名前も変わっているのかしら?」

 

 ジュリアの疑問がさらに増えた。しかしそれもまた、すぐにロードが解決してくれた。

 

「変わってなんかいないよ。

 君は生まれた時からずっとジュリア=ウッドクライスだよ。

 

 むしろ、二年前まで名乗っていたローリーという姓の方が違うんだ。伯爵は君が生まれた時に、自分の子として最初から籍に入れていたから。

 君は生まれながらの伯爵令嬢だったんだよ。

 君のお母さんはそれを君に伝える前に、突然の不幸でお亡くなりになったんだろう」

 

 ジュリアは目をパチパチと瞬かせた。

 自分が生まれながらの伯爵令嬢? 

 父は最初からちゃんと私を認知してくれていたんだ。利用するために引き取ったわけじゃなかったんだ。

 ああ、そう言えば、父の実の子供は自分だけだったわ……

 そんな当たり前のことに、ようやく気付いたジュリアだった。

読んで下さってありがとうございました!


 十九章まで投稿しましたが、その後使用していた小説アプリが開かなくなり、数万文字分を投稿できなくなりました。

 ショックですぐに書き直せそうにありません。いずれ書き直して完結させたいとは思っていますが…

 暫くはお休みします。今まで読んで下さった方、申し訳ありません。

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