第十三章 枯れ木令嬢と『緑の精霊使い』
「ようこそ、我がプラント家へ……」
姉ジュリアと共に迎えの馬車から降り立ったケントは、真っ赤な薔薇のゲートをくぐった。
するとそこには、まるでその薔薇の精かと見紛う美しい青年が立っていた。
「初めまして。僕はケント=ウッドクライスです。あのぉ、僕はジュリア姉様の・・・」
「初めまして。ケント君。私が君の姉上の婚約者、ロマンド=プラントです。
君の話は姉上からよく伺っています。お会い出来て嬉しいです。
農園に出発する前にこの庭園で軽く朝食を食べて行きませんか?
まだ召し上がっていないのでしょう?」
男爵は優しくケントに微笑みながらそう言った。
ウッドクライス伯爵家について、彼は既に把握しているんだ……そうケントは思った。
子供達が早立ちする予定を知っていながら、女主である義母は使用人に朝食の準備を指示したりしない。
そして気を回して自ら準備する使用人もいないということも。
実際はメイドのヴィオラだけが、こっそりとクッキーと林檎をルフィエに手渡してくれていたが。
「苦手なものはありますか? 何がお好きでしょうか?」
「嫌いな食べ物はありません。好きなのは野菜全般です」
「それは農園の領主としては嬉しいお言葉です。それに姉上と好みが同じなんですね」
男爵はまるで高貴な赤い薔薇のような、上品な笑みを再び浮かべてそう言った。それは作り物の貴族のソレではなかった。
完璧な微笑みとはこういうものなんだなと、ケントは何故か顔を赤くしながら思った。
庭園の中の四阿のテーブルに、二人分の朝食と、三人分の紅茶が並べられた。
「まぁ、カフェのモーニングのようですね。お手間をおかけして申し訳ありません」
ジュリアが恐縮しながら言った。
『これがモーニングというものか…グリーンサラダに、ライ麦ロールパン、ベーコンエッグ、ミルク。
どれもみな美味しそうだし、新鮮そうだ。
うちの食事も姉様が毎日のように朝市で買ってくるから、野菜はみんな新鮮だった。
でも、味がこんなに違うのは料理人の腕の違いかな? それとも男爵家の野菜が特別なのかな?』
そんなことを考えながらも、ケントの頬はいつの間にか緩んでいて、そんな弟の様子をニコニコしながらジュリアは見ていた。
そしてそんな彼女を見て、男爵の頬も緩んだ。
王都に来てから屋敷内でずっと孤独だったジュリアに、心許せる相手が出来たことは喜ばしいことだ。
そうロマンドは思った。
ルフィエも今ではジュリアの味方で、彼女に献身的になったが、肉親的な関係とはまた少し違うから。
朝食を食べた後、ジュリアとケントは、今度はプラント男爵家の二頭立ての大き目の馬車に乗り換え、男爵達と共に領地へ向かって出発した。
目的地までは半日近くかかるという。
ほとんど旅行などしたことの無いケントはワクワクした表情をして、年齢に相応しい雰囲気を醸し出していた。
「男爵様の農園ではどんな植物を育てていらっしゃるのですか?
やはり生花が多いのですか?」
「花は一年を通して作っています。でも、メインは野菜と畜産なんですよ。花の方がよく知られているようですが」
プラント男爵の説明にケントは驚いた顔をした。
「あの、社交界で有名な『花男爵』ってプラント男爵様のことですよね?
僕はそんな通り名があるくらいだから、花の栽培だけをなさっているのかと思っていました」
「主が王室に生花を納めているので自然にそう呼ばれているのでしょう」
「まあ、王室御用達ですの? それはとても名誉なことですね」
「いえ、本当に偶然こうなったんですよ。
二年前、王妃様の誕生日パーティーが開催される二日前に王都周辺で雹が降って、いつも納めていた農園の花畑が全滅してしまったのです。
それで急にうちに依頼が来て、どうにか徹夜で準備して間に合わせたのです。
その際、王都近辺の農園とは品種の違う花が多かったので、人々の目を引いて評判が良かったようなんです。
それでたまたま王家に気に入って頂いたというわけです。元の農園主には申し訳なかったのですが……」
男爵は少し困った顔をした。
人の不幸からのチャンスを快く思ってはいないようだった。
しかし、そんな主にサントス卿は眉間に皺を寄せてこう言った。
「まだそんなことを言っているんですか! まだまだ甘いですね、旦那様は!
あれは彼らの自業自得です!」
「自業自得ですか?
自然災害だったのなら不可抗力ではないのですか?」
「難しい言葉をご存知なんですね、ケント様は。
でも、不可抗力ではありませんよ。彼らは王家の御用達としてすべきリスク管理を、きちんとしていなかったのですから」
「リスク管理ですか?」
「ええ、自然災害なんていつ何処で起きるかわかりません。
そして農園経営者はその自然相手にしているんですよ。ですから花畑だって分散して持つべきだったんですよ。
それなのに彼らはね、ただ効率だけを重視していたんです。
しかも利益だけに関心を持っていて、花に愛情なんか持っていなかったんです。
だから農園で一番大切な『緑の手』の持つ者を、賃金が高いからと言って雇っていなかったのです」
ここまで聞いて、ケントもようやくサントス卿が言っている意味を理解した。
「もし『緑の手』の持ち主がいたら、傷んだ花も回復させられていたのですね?
そして王宮にもご迷惑をおかけすることはなかったということですね?」
「その通りです」
「せっかく王宮に飾られるはずだったその花達が可哀想でしたね」
弟の言葉に同意するように頷きながら、ジュリアはこう尋ねた。
「それでその後、その農園と農園主の方はどうなったのですか?」
「農園は潰れてその土地は国有地になりました。
うちに払い下げして下さるというお話もありましたがお断りしました。あんな因縁のある土地なんか冗談ではありませんよ」
「因縁ですか?」
「農園主が今何処にいると思いますか? なんと牢獄ですよ。
うちを逆恨みして王都の我が男爵家の屋敷に火をつけたんです」
「「えーっ!」」
王家の近衛兵がすぐに消火して下さったのでボヤで済みましたがね」
「王家の近衛兵ですか?」
「実はスチュアート王太子殿下が主の学院時代からのご友人なんです。
その殿下が、その農園主の逆恨みを心配して、こっそりと近衛隊を付けて下さっていたんですよ」
「まあ!」
「以前から殿下はその農園を外そうと思っておられたそうです。
納品される花に瑞々しさというか、癒やしを感じられなくなっていたそうで。
殿下は『緑の手』はお持ちではありませんが、『気』を感じ取れるのだそうです。
しかし明確な落ち度がないので、その農園と取り引き停止するわけにもいかず、以前から対処に苦慮されていたそうです」
「殿下は元々その農園主の後任を、男爵様になさろうと考えていらしたのですか?」
「それはないと思います。あの時はただ、切羽詰まっていたので、友人である主に頼んだのだと思います。
しかし評判が良かったので、結果的に我が農園を選んで下さったのでしょう。
まあ、殿下は主の能力を知っている数少ない方ですから、任せても安心だという確信がお有りになったのかもしれませんが」
「殿下は男爵様のお力に気が付かれていたのですか?」
「ええ。殿下は王太子でいらっしゃるので、帝王学は幼少期から学んでいらっしゃいますからね。
割と早いうちに主の能力に気付かれたようですよ」
「姉様、男爵様のお力というのは『緑の手』のことですか?」
弟の問にジュリアは男爵の顔を見た。すると、彼が頷いたので承認を得たと判断し、弟にこう言った。
「もちろん『緑の手』もお持ちですが、男爵様は『緑の精霊使い』でいらっしゃるのよ」
「『緑の精霊使い』!」
ケントは大きく目を見開いた。
そう、『精霊使い』とは超自然的存在である精霊と直接に接触して、彼らと意思疎通が出来る人物のことだ。
彼らは精霊と人間との間を繋ぐ役目を担っていて、王家と共に国を守ってくれている尊い存在なのだ。
特にこの国では『緑の精霊』によって守られているので、『緑の精霊使い』は国民からもっとも尊敬されている。
「『緑の精霊使い』様にお目にかかれるなんて光栄です」
ケントが馬車の中で座ったまま姿勢をピシッと改めた。それを見て男爵はクスクスと笑った。
「光栄だなんて、今まで君は『緑の精霊使い』を何人も見ているでしょう」
「えっ?」
ケントがキョトンとした。
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