第十二章 枯れ木令嬢と偽りの兄弟
ジュリアが婚約して三か月が経った。
「ジュリア姉様、これ、プレゼント」
秋休みで屋敷に戻ってきたケントが、リボンのついた蔓で編んだ籠をジュリアに手渡した。
「まあ、これを私に? どうしたの?」
「遅くなったけど婚約祝い。それにいつも僕の部屋に花を飾ってくれるお礼だよ。
姉様が花を飾ってくれるようになってから、気分が落ちつくようになったんだ。
この屋敷でも夜もよく眠れるようになったし」
ずっと無表情だった弟の表情が、近頃少し柔らかくなってきたと思っていた。
しかし、まさか自分に笑いかけてくれるとは思っていなかったので、ジュリアは嬉しくて胸がキュンとした。しかもプレゼントだなんて。
籠の中には松ぼっくりや色々な形のどんぐりの実が入っていた。
「わぁ〜かわいい。ありがとう。嬉しいわ」
「校庭で拾い集めたんだ。姉様、木の実を使って小物を作っているでしょう?」
「ええ、よく知っているわね。教会のバザーに出すと人気なのよ」
「僕にも作ってくれる?」
「もちろんよ」
ジュリアが嬉しそうに微笑むと、ケントも恥ずかしそうに笑った。
『ロマンド様のお花のおかげで弟と仲良くなれたわ。ありがとうございます。
ロマンド様が花男爵と呼ばれているのがよくわかるわ。だって、ロマンド様が育てているお花は人を幸せにしてくれるんだもの……』
ジュリアは心の中で婚約者にお礼を言った。
それからジュリアはふと気になって、こう弟に尋ねた。
「夜よく眠れるようになったってさっき言っていたけれど、ケントは不眠症だったの?」
「不眠症というほどじゃないんだけど、前からずっとよく眠れなかったんだ。
でもそれはこの屋敷に帰ってきた時だけだよ。寄宿舎ではいつもぐっすり眠れてる」
「まあ! どうしてかしら?
んー、そういえば私も、この屋敷に来てから眠りが浅くなった気がするわ。
でも、三月前くらいから熟睡出来るようになったの。ケントと同じね。
男爵様のお花のおかげで眠りが深くなったのかしら…
私、農園で働いていた頃は今よりずっと元気だったのよ。
もしかしてケントの学院というか、寮の周りにはお花がたくさん咲いているのかしら?」
「もちろん花壇には一年中花がいっぱい咲いてるよ。
僕、花壇係でね、今年全国花壇コンクールで優勝したんだよ」
「まあ、凄いわ、ケント!
貴方もお花好きだったのね。嬉しいわ」
「花だけじゃなくて、ジュリア姉様と同じで植物はみんな好きだよ。
それに僕の学院って森の中に建っていて、すごーく空気が澄んでいて、いつも気持ちを爽やかにしてくれるんだ。
それなのにこの屋敷に帰ってくると、僕は急に気分が落ち込むんだ。
それは家族のせいかと思っていたんだけど、そのせいだけじゃ無くて、ここに植物があまりなかったからなのかな?」
「うーん。多分原因はその両方かもね。
この屋敷の人達って、みんないつも不機嫌でイライラしてるでしょう?
元々の性格もあるかも知れないけど、もしかしたら環境も何らかの関係があるのかもね」
ジュリアはそう言いながら、弟の顔を見つめた。そしてふとこう思った。
もしかしたらケントも自分と同じ『緑の手』の持ち主なのかも知れないと。
「ねぇケント。私は明日の日曜日に男爵様の農園へ招待されているのだけれど、貴方も植物が好きなら一緒に行かない?」
「えっ、いいの? 僕が行っても……」
「お願いしてみるわ。私の大切な弟だもの、きっと了承して下さると思うわ」
「でも、僕は本当は……」
「貴方は私の大切な、大切な弟よ。
そして私は貴方の本当の姉よ」
ジュリアはケントの両手をとって優しくこう囁いた。するとケントは大きく目を見開いた後は、頬を染めて嬉しそうに頷いたのだった。
今ジュリアは、父とはプラント男爵を通して手紙のやり取りが出来るようになっていた。
そしてその父からの手紙で、ウッドクライス伯爵家の真実を知らされていた。
彼女の父ハーディスは妻マーガレット一筋で、港港に愛人と子供を作っていたなんて、義母シンディーのついた真っ赤な嘘だった。
そもそも義母シンディーは父の亡くなった兄で、前伯爵ハリスの妻だった。
つまりジュリアにとって彼女は義理の伯母であり、四人の兄弟達は伯父の子供で、ジュリアの従兄妹だったのだ。
若くして夫を亡くしたシンディーは、伯爵を継いだ義弟であるジュリアの父との再婚を望んだ。
そのために邪魔なマーガレットとジュリアに嘘をついて、義弟ハーディスと別れさせたのだ。
マーガレットは、知らなかったこととはいえ、本妻と四人の子供達に申し訳なかったと言って、娘ジュリアを連れてハーディスの元から姿を消したのだった。
あの時、義母と共に港町の家に押しかけてきた兄や姉達も、
「お父様を返して!」
と言って泣いていたのだが、あれは嘘泣き。演技だったのだ。
この屋敷に引き取られてから、義母や兄達に酷い目にあっても、ジュリアは逆らわずにずっと我慢していた。
それは自分が日陰者で、一時期彼らから父親を奪ってしまったという負い目があったからだ。
しかし本当は反対だった。彼らが母と自分から父を奪ったのだ。
そして母は父の真実の愛を知らないままに亡くなった。
父は愛する妻から不誠実な男だと思われたまま、それを払拭する機会を永遠に失ったのだ。
それを知った時、ジュリアの心は闇に墜ちかけた。
もしあの時、側に婚約者のロマンドがいてくれなかったら、もし王立植物園で緑のパワーをもらっていなかったら、きっとジュリアは二度と美しい花を咲かせることが出来なくなっていただろう。
ジュリアの父親は今更もうどうでもよくなっていたのか、それとも実の父親を早く亡くした子供達を慮ったせいなのか、甥や姪達に『お父様』と呼ばれても訂正しなかった。
しかし彼は兄嫁であるシンディーとは、結局再婚などはしなかった。
つまりシンディーはジュリアの義母でも何でもない、ただの義理の伯母にすぎなかったのだ。
そしてそれは、貴族社会でも周知されていたことだった。
だから彼らはこの事実がジュリアにばれないように、使用人達に固く口止めをしていたのだった。
そして彼女が貴族と交わらないように、彼女を社交の場に出さなかったのだ。
ジュリアが朝市にだけ外へ出られたのは、そこには庶民しかいないからだった。
義理の伯母と三人の従兄弟、そしてその仲間の執事のことは今も許せないが、末っ子のケントは違う。
彼らが父親の留守中に突然家に押し入ってきたあの時、確かにケントも一緒に泣いていたが、ケントはまだ三歳だったのだ。演技で泣いていたわけではない。
ケントもジュリアと同じで、シンディー達の被害者だったのだ。
何故なら、兄のカークはシンディーが産んだ子供だったが、他の三人は亡くなった伯父がそれこそ港港に作っていた愛人に産ませた子供だった。
四人は全て母親が違う兄弟だったのだ。
シンディーはジュリアの父ハーディスの同情を買って再婚を迫るために、わざわざ夫の隠し子達を引き取ったのだ。
義姉二人は伯爵令嬢になれると喜んで伯爵家に来たらしい。
しかしケントは違う。
幼い子がいた方がマーガレットの罪悪感を煽れると、病弱だったケントの母親から半ば無理矢理に彼を奪って、王都へ連れ去ったのだという。
突然母親と引き離されたのだから、幼い子が大泣きしていたのは当然だったろう。
しかも引き取ってからはろくに面倒も見なかった。
だからこそ伯爵は、まだ幼いケントを学院の寮に入れ、寮監である友人に彼を託したのだった。
ジュリアは二か月前、ケントから泣きながら謝罪をされた。その時初めてケントの辛い事情を知ったジュリアも、ケントを抱きしめて泣いた。
そしてこれからは自分が姉として、この子を守り愛するのだと誓ったのだ。
何故なら二人は、シンディー達に利用され騙された者同士、同じ境遇だったのだから。
読んで下さってありがとうございました!
人間関係が複雑ですみません!




