第十一章 枯れ木令嬢と四人の兄弟
この章と次章でウッドクライス伯爵家の人間関係がわかります!
ジュリアが婚約してから、ウッドクライス伯爵家はざわついていた。
兄や姉達が妹が先に婚約者が決まったことに焦りを感じていたからである。
長女のリンダは二十歳で、貴族としては既に行き遅れのゾーンに片足を突っ込んでいる。
長男のカークは十八歳で来年王立学院を卒業するので、卒業までに婚約者を決めないと、卒業パーティーでパートナー無しという、少し恥ずかしい思いをする羽目になる。
次女のキャシーはジュリアの一つ年上の十七歳。女子学院の学生でまだ慌てる必要はない。ただし、クラスの三分の二は既に婚約者持ちなので、心穏やかではない。
三人には今までに、もういくつも縁談話が元伯爵や現伯爵から持ち込まれていた。
ところが、彼らは一度たりともそれらを受け入れなかった。顔合わせすら拒否してきた。
何故なら相手がみな伯爵家より家格の低い家ばかりだったからだ。
何故二人揃ってそんな相手ばかりわざわざ見繕ってくるのか、夫人も子供達も腹を立てていた。
そして祖父と父親はある日とうとう腹に据えかねて、まるで示し合わせたかのように、突然手紙でこう通達してきた。
『私の持ってくる縁談が気に入らないというのなら、私は今後一切口を出さない。結婚相手は自分達で見つけなさい。
どんな相手を選んでも構わないが、責任は自分達で取るように』
と・・・
彼らもこれにはさすがに慌てた。当主に見捨てられたのも同義だからだ。三人は慌てて謝罪の手紙を送ったが、それに対する父親達の返事は一切なかった。
そしてそれ以降彼らの元に縁談話は来ることはなかった。
当主達が本気だということをようやく理解した夫人と子供達だったが、すでに後の祭りだった。
しかもその後、久し振りに持ち込まれた、例の男爵との縁談もジュリアに押し付けたのだから、全く懲りない令嬢達だった。
そんな家族を、末っ子のケントは冷めた目で眺めていた。
彼はまだ十二歳だったがとにかく冷静で、いつも無表情だった。
それは彼が幼い時から母親から育児放棄されていたことが原因である。
ケントは六歳になった時に、学院の寮へ入れられた。
上二人の姉達からは、お前は父親から見捨てられたのだと蔑まれていたが、それが事実ではないことを彼は知っていた。
複雑なウッドクライス家の人間から彼を守り、生きるための術を与えるために父親が家から出したことはわかっていたのだ。
父親の友人だという学院の舎監にそう教えられたからだ。
だから、いずれ伯爵家を出て自力で生きるという覚悟がケントにはとっくに出来ていた。
家柄だとか、貴族だとかそんな拘りなど持ってはいなかった。
だからこそ、愚かな兄達の様子を睥睨していたのである。
特に長女のリンダの醜態には普段無表情のケントでさえ、思わず顔を歪めたくなるほど不快だった。
リンダは自分達が父や祖父達に見捨てられたとようやく気付くと、大慌てで母に友人の息子を紹介して欲しいと頼み込んだ。
それまでは母親とは距離を置いていたのだが、そんなことは言っていられなくなったらしい。
しかし、既に彼女に合う年頃の令息達は結婚しているか、婚約者持ちだった。
高位貴族になればなるほど結婚年齢が早いからである。
残っているのは跡継ぎではない次男三男か、問題のある人物、または後妻の口ぐらいである。
そんなことは貴族社会では当たり前の話だ。
それなのにリンダはどうしてもその現実を受け入れられず、あちらこちらの高位貴族のパーティーに参加しては、積極的に男性に声をかけては拒絶されていた。
次女のキャシーはそんな姉の姿を見てああはなりたくないと、やはり積極的にパーティーやお茶会に出席して人の繋がりを持とうとしていた。しかし、やはり高位貴族の嫡男ばかり狙っていたので、煙たがれていた。
長兄は姉妹の様子を見ていて、自分は男だし、高位貴族でなくても同じ伯爵家か子爵家の令嬢でいいと思うようになっていった。
それなのに、母親と何故か執事がそれを許さなかった。
「貴方は名門伯爵家の跡継ぎなのだから、何も下位の家から嫁を貰う必要はないわ。それに貴方は侯爵家の孫でもあるのよ」
息子にいつもそう言っている母親は侯爵家の出身だった。
本当は彼女自身も格下の伯爵家などに嫁ぎたくはなかったのだが、後妻から生まれた三女だったので、父親に逆らえなかった。
それに何故か、ウッドクライス伯爵家に嫁げるのは名誉なことだと、父親は上機嫌だった。
あの父親が誇らしいと言っていた伯爵家の嫡男なのだ。それに息子は優秀なのだからいくらでも良い相手は見つかる、そう母親は信じて疑わなかった。
確かに兄のカークは美人と評判の母親によく似た金髪碧眼の美男子だった。しかも学院の成績も優秀らしい。
だから息子ならよりどりみどりだと母親は思っているのだろう。
ケントも一応同じ学院だったので、兄の評判は知っていた。
実際にカークは女性徒にはよく声をかけられたし、彼が近寄れば彼女達は頬を染めていた。
しかし社交場でカークが名を名乗り交際を求めると、やんわり断わられるのが常で、彼は自信を失いかけていた。
それでも一度だけ、とある子爵家の令嬢とだけは上手く行きかけたが、それも母親に邪魔をされてしまった。
ケントは学院の寮暮らしだったが、家が王都にある生徒は、週末には屋敷に帰される。
そして留守にしてた間の伯爵邸の情報は、使用人達のお喋りで入手していた。彼らは名門伯爵家の使用人とはとても思えないほど口が軽く、噂話が好きだった。
ただし、下の姉に対しては余計な話は絶対にしなかったが。
兄が酷く落ち込んだ様子なのは、どうも失恋したかららしい。それは辛いだろうと、ケントも最初は少し兄に同情した。
しかし上の姉達同様カークが婚約したジュリアに対して、イライラをぶつけていることにケントは気が付いた。
先月父親から久しぶりに姉達に縁談話が持ち込まれた。
しかし相手が男爵だったので、上の姉二人は懲りずに一番下の姉に押し付けた。
すると顔合わせに出かけた下の姉は、なんとその日のうちに婚約をしてしまったのだ。
あっという間に婚約が決まったことに、兄も姉もあ然としていた。
どうせあの枯れ木娘のことだから、たとえ相手が格下の男爵だろうとおじさんだろうとあっさりと振られるだろう。
彼らは笑って話をしていた。それなのに……
しかもその後相手方から毎日のように花を贈られ、下の姉は毎週のようにデートに誘われて出かけて行く。
そして枯れ木娘と揶揄されていた一番下の姉は、段々と元気に、そして綺麗になっていったのだ。
兄達の苛つく様子を目の当たりにした末っ子はドン引きした。
格下の男爵など嫌だと言って、自分達が無理矢理に妹に押し付けたくせに妬んでいる姉達や、妹の幸せを祝ってやれない情けない兄に呆れたのだ。
そして・・・
「僕は何をやっても上手くいかないのに、何故お前だけ幸せそうなんだ!
おこぼれで僕に花をくれるのか? ふざけるな!
二度と余計な真似をするな!」
兄の部屋に花を生けた花瓶を飾ろうとしていた姉のジュリアに、兄がいきなり怒鳴りつけたのだ。
そして兄は姉からその花瓶を無理矢理に奪い取ると、なんと今度はそれを彼女に投げつけた。
花瓶は姉の腹部にぶつかってから廊下の床に落ちて壊れた。
姉のジュリアは、とても悲しそうな顔で兄の顔を見ていた。
それを見た時、ケントの兄への気持ちは同情から完全に侮蔑へと変化した。
ケントはすぐにジュリアに駆け寄り、床に散らばった花を拾い集めて彼女に差し出した。
そして、後は自分が片付けるから着替えに行くようにと姉に言った。
ジュリアのお仕着せは、花瓶の水がかかってびしょ濡れだったのだ。
いつも無視されていたので、てっきり弟から嫌わていると思っていたジュリアは、思いがけなくケントに優しくしてもらって驚いた顔をした。
しかし今度はすぐに嬉しそうに微笑んで「ありがとう」と言ったのだった。
それ以後、ジュリアとケントの仲は急速に近付いたのだった。
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