第百章 枯れ木令嬢と決戦の日
区切り良く百章で完結したかったのですが、あと少しだけお付き合いして頂けると嬉しいです。あと数話です。
決戦の日の朝を迎えた。
みんな寝不足気味だったが、決戦を前にそんな状態ではまずいので、全員がラーメと特殊部隊のリングリッツ=ハッサン子爵から、癒やし魔法をかけてもらった。
それからプラント男爵家の使用人とマダム・フローラの従業員達がそれぞれ変装をして、『マックス=ロック生花店』の前に行列を作った。
いかにもプレオープンを楽しみにして順番取りをしているかのように。
関係のない人をできるだけ巻き込みたくはないからだ。
店内ではジュリアを囲むように、マーガレット、フローラ、リアナ、ヴィオラが立った。
そして少し離れた場所にルフィエやラーメの婚約者のフェルメール=ラースン男爵令息、リングリッツ=ハッサン子爵がそれぞれ二箇所の扉近くに立った。
本来なら隠れて護衛したいところだが、姿を見せないのも却って怪しまれると判断した。
それに今回彼らが守りたいのはジュリア達ではなく、従業員達や、一般市民だったので、すぐに外へ脱出できそうな位置に陣取ったのだ。
スタンバイオッケー………
やがてプレオープンの時間になり、店主となったヴィオラが店の扉を開けた。そして、
「いらっしゃいませ。
『マックス=ロック生花店』を開店いたします。朝早くからお並び頂きありがとうございます。
誠に申し訳ありませんが、ゆっくり商品をご覧になって頂きたいので、入店の際には人数制限をさせて頂きます。
まず五名様お入り下さい」
ドアベルが鳴った後で彼女はこう言った。
すると並んでいた客達はそれに素直に従い、まず先頭の五人が店内に入って行った。
扉の近くで外の様子を伺っていたルフィエ達は、並んでいる人達の中から、すぐに目的の人物を見つけ出した。
なんと彼らが仕込んだ客のすぐ後ろに、一人場違いの男が立っていたからだ。
流石にいつものフード付きローブ姿ではなく、紳士服を着てシルクハットをかぶっていた。
おそらくグレーの長髪はその中に隠しているのだろう。
この国であの髪色は目立つ。普段は髪を染めて活動しているのだろうが、髪を染めると精霊の力を使いにくくなるらしいので、それもできなかったのだろう。
戦う気満々だな、とルフィエ達は思った。
やがて花束や商品の入っている紙袋を手にした客が一人ずつ出ていく度に、次々に並んでいた客達が店内に入って行き、行列は少しずつ前進していた。
そしてとうとう、例のシルクハットをかぶった男が店内に入ると、サッと入口の扉を閉めた。
それから素早い動きでヴィオラを羽交い締めにすると、大声でこう叫んだ。
「護衛と客はすぐに外へ出ろ!
早くしろ! この女がどうなってもかまわないのか!」
ルフィエ達は一応抵抗する素振りをしながらも、四人の客と共に店から出て行った。
男は残っていた店の関係者と思われる女性達をグルっと見回した。そして徐ろにこう尋ねた。
「この店のオーナーは誰だ」
「私です」
マダム・フローラが答えた。すると、彼女の隣に立っている若い娘に目にやってこう言った。
「それでお前がプラント男爵の婚約者だな?」
「そうです」
そう答えた令嬢を見て、ヘイゼス=シュナウザーの心はチクリと傷んだ。
本来ならば一番ふっくらしている年齢のはずなのに、彼女はかなり痩せていた。孫娘のシンディーがろくに食事を与えずに虐待していたからだろう。
しかし彼は頭を振って否定した。確かに孫娘のしたことは悪い。しかし彼女をそこまで追い込んだのは、彼女の毒母のマリアとクズ男の愛人バージルのせいだと。
「二人には悪いと思うが、人質になってもらう。こっちへ来い」
ヘイゼスがそう言うと、ジュリアとフローラだけでなく、マーガレットとリアナまで彼の方へ歩を進めようとしたので、彼は慌てた。
「人質はプラント男爵の母親と婚約者だけでいい。他の女は関係ない。下がれ!」
「関係あるわ。私達はジュリアの母親なのだから、娘の側から離れるわけにはいかないわ。この子はまだ成人前なのだから」
リアナがキッと男を睨みつけてこう言い、マーガレットはジュリアをギュッと抱き締めた。
「母親だと? この娘の母親は死んだと聞いているぞ」
「「「私達がジュリアの母親です!」」」
三人の女性の迫力に百戦錬磨の『黒の精霊使い』もタジタジになった。
「四人で人質になります。人質が多くても問題ないでしょう。ただし、掴まえるのは私だけにして、ジュリアには指一本触れないで。
そして早くその娘を離して私を掴まえて、縛るなりなんなりすればいいわ」
フローラの言葉にヘイゼスは、思わずヴィオラを放して、フローラの腕を掴んだ。
本当はその僅かな隙にヘイゼスに攻撃をかけることも、ジュリアには可能だった。
男は歯を食いしばり、平静な振りを保とうと必死なのがわかっていたからだ。
いくら男が強力な『精霊使い』だったとしても、彼は『黒の精霊使い』であり、ここは彼が苦手とする植物だらけの生花店なのだ。
しかも、ウッドクライス家の園庭から持ってきた植物の原種の草花ばかり。その緑のエネルギーはこの国の人間でさえ長時間いられないほどだったのだ。
ジュリアは店内にいる人達にシールドを張って、その強いエネルギーからみんなを守っていた。
しかしヘイゼスが店内に足を踏み入れた瞬間に、ジュリアはそのシールドを消したのだ。
その時男がかなりのダメージを受けたことをジュリアは見逃さなかった。
それでもジュリアはヘイゼスを攻撃しなかった。何故なら今回の作戦の最終目的は彼を捕まえることだけではなかったからだ。
市場の通りを抜け、王城へと向かう道すがら、ヘイゼスはかなりの精神攻撃を受けていた。
人々のために腐った政府を倒すのだと社会運動をしていた自分が、何の罪もない女性四人を縄で縛って一列に繋げ、人質にしながら歩いているのだから。
しかし何故こうなったのか彼にはわからなかった。
人々の刺すような視線と怒声が辛い。
先ほど店から追い出した護衛達の鋭い視線も感じるし。
本当はプラント男爵の母親と婚約者だけを人質にして、馬車でも奪って王城へ乗り込むつもりだったのだ。
それなのに、人質が四人もいたら馬車にも乗れない。それがわかっていながら、どうしてこんなことになったのだろう。
あの店の中に入った途端に思考能力が著しく低下してしまった。やはり天敵である植物のせいか?
いや、今までこの国に来て、あそこまで酷い状態にはなったことはない。たとえ王都の森の中にいた時でさえ。
彼はブツブツと呟きながらも街のメイン通りを抜けて王都の森の中に入り、とうとう王城に辿り着いた。
しかし当然のことながら、巨大な鉄の門は閉ざされていて、多くの騎士達に長槍を向けられた。
「門を開けろ!
さもなければルードルフ侯爵夫人と、プラント男爵の母親と婚約者の命がどうなるかわからんぞ!
私は『黒の精霊使い』だ。歯向かっても無駄だぞ」
ヘイゼスがこう声を張り上げると、数人の騎士が上司に報告するために姿を消した。そしてそれを聞いた上司は真っ青になった。
通常たとえ人質を取られようと、そんな犯罪人を城内に入れるわけにはいかない。
しかし、その人質というのが、仮に辞表を提出したとはいえ、この国に防衛統括大臣の娘で、近い将来その跡を継ぐと噂の高いプラント男爵の婚約者だ。そして筆頭侯爵家の夫人と、民間人とはいえ、高名なデザイナー。
上司はすぐさま、今度は近衛騎士団団長であるザッカード公爵に報告した。
すると公爵は開門しろと即答したのだった。
ヘイゼスはルードルフ侯爵夫人に向かって言った。
「貴女は侯爵夫人なのだから、王城の中には詳しいのだろう? 王宮へ連れて行け。誤魔化そうとしても無駄だぞ」
「わかってるわ」
リアナはそう返事をしながら、心の中でこう思った。
『誤魔化したりするわけがないわ。むしろ、進んで王宮へご案内するわ』
そして紐で後ろ手に縛られ繋がれた女性達が、リアナを先頭してヘイゼスと共に王城の中庭へと入って行くと、そこには二人の騎士が王宮を背にして仁王立ちしていたのだった。
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