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第十章 枯れ木令嬢の元気の素


 体調不良気味だったメイドのヴィオラは、ジュリアと親しくなってから、次第に元気を取り戻していった。

 それは朝市通いと、ジュリアお嬢様からもらった不思議な植物、そして彼女の笑顔のおかげだった・・・

 

 ジュリアはヴィオラに、本当は切り花も分けてあげたかったのだが、目立つ花を渡して、彼女が周りの者に目を付けられるのはまずいと判断したのでやめた。

 

 

 ヴィオラの元気は、相乗効果でジュリアのことも元気にしてくれた。

 長いこと孤立無援だった屋敷の中に、ルフィエ以外にも気心が知れた人間、しかも同性の女性がいるということは、ジュリアの精神にゆとりというか安心感をもたらした。

 

 そしてもちろん何よりも彼女の支えとなったのは、彼女を大切に思ってくれる婚約者ロマンド、そして彼の親友ロバートだった。

 

 

 ロマンド達の助言があったのか、専属の侍女を付けようと父は手紙で言ってくれたが、ジュリアはそれを断った。

 どうせあと暫くすれば自分はプラント男爵家へ嫁ぐのだ。今この屋敷で波風を立てる必要はないと思った。

 

 ウッドクライス家をこのまま放置するわけにはいかないと父親の手紙に書かれてあった。

 それならば、彼らを油断させておいた方が処罰しやすいだろう、そうジュリアは判断したのだ。

 

 そしてそう考えると、家族やヴィオラ以外の使用人達の相変わらずの態度にも、彼女はどこ吹く風といった感じで気にすることもなくなった。

 

 

 ジュリアの痩せ過ぎていた身体にも少し肉がついてきたし、顔色も大分よくなってきていた。

 

 もっともこれは精神的なことだけではなく、週末の栄養たっぷりの食事に加え、毎日のようにルフィエが差し入れてくれる食べ物のおかげもあった。

 

 いつの間にかルフィエが持ってきてくれる食べ物は、以前のような携帯食ではなくなっていた。

 

 それは新鮮なフルーツだったり、露天で売っている軽食だったり、デザートだったり……

 ジュリアにとってそれが毎日の楽しみになっていた。

 

 そして彼女の一番の元気の素になっていたのは、もちろん男爵が毎日贈ってくれる花束と、彼女が育てているグリーンの植物だろう。

 

 

 最初のデートの帰りに、ジュリアはロマンドから何の花が一番好きかと問われた。

 貴女の一番欲しい花を贈りたいからと……

 

「どのお花も草木もみんな好きです。でも、わがままを言ってもよいのでしたら、『空気植物』を頂けると嬉しいです」

 

 彼女がそう言うと、ロマンドとロバートは目が点になった。

『空気植物』とは、土要らずで水もあまり必要としないで育つ、異世界から来たような変わった植物だからだ。

 

「あの……観葉植物やサボテンがお望みならすぐに用意できますが」

 

 ロバートがこう言うと、ジュリアは少し言いづらそうにこう説明した。

 

「あの……ウッドクライス伯爵家の屋敷では鉢植えを置けないのです。

 土を汚い物だと思っていて、それを建物の中に入れるのを嫌がるんです。

 土が汚れているなんて、本当に馬鹿馬鹿しいですよね。人間の口に入るものは全て土から生まれてくるというのに。

 

 それにあの人達は樹木、特に薔薇にしか価値を見い出していないのです。

 草花を下に見ているんですよ。

 人間だけでなく植物や動物など、生物全てに序列を作っているようなんです」

 

 ロマンド達は不機嫌な顔をした。

 プラント男爵家は酪農を含めた農業全般を主産業としている。

 そして取り扱うそれらのものに序列など作ってはいない。全ての命に真摯に向き合って世話をしているのだから当然だろう。

 

「不愉快なお話をして申し訳ありません」

 

「いいえ、貴女はあの方達とは違うのですから。

 それで貴女は『空気植物』をご希望なのですね?」

 

「はい。

『空気植物』なら土が要りませんし、水もたまに吹きかけるだけですみます。その上、日当たりが悪くても育ちます。

 それに株分けで簡単に増やせますし、お花も鮮やかなものが多いので、気分を明るくしてくれます。

 

 幼い頃友達の家で育てていて、彼女のお母様からそう教えてもらいました」

 

 ニコニコと『空気植物』の利点を語るジュリアにロマンドも微笑んだ。

 

「貴女にそう言われると、とても素晴らしい植物のように思えますね。

 私の農園にはありませんが、西の砂漠の国とは取り引きをしていますから、取り寄せてみましょう」

 

「お手数をおかけして申し訳ありません。でもきっとこの国でも需要があると思いますよ。

 今現在、衛生面とか日照問題で緑を楽しめない場所も多いでしょうから。

 それにインテリアとして飾るのもお洒落だと思うので、一般のお宅でも人気が出るかも知れませんし」

 

 お礼の言葉に続けて何気なくジュリアがこう言うと、ロマンドとロバートは驚いて顔を見合わせたのだった。

 

 そしてそれから半月後、ロバートが数種類の『空気植物』を届けてくれた。

 ジュリアはそれらを拾ってきた小瓶に挿したり、小枝を組んで作った木枠や蔓を編んで作ったリースに飾り、窓枠や壁に立て掛けた。

 

 これらのグリーンと花束はジュリアを元気にし、元気になったジュリアによって植物たちも更に元気になった。

 

 こうして花が長持ちするようになったので、毎日届けて下さらなくても……とやんわり断りをいれても、男爵からは毎日花が届けられた。

 

 男爵としては、ジュリアの様子を毎日ロバートに見て来て欲しかったので、やめるわけにはいかなかったのだ。

 

 そこでジュリアは、それらの切り花をご近所や、教会へもお裾分けするようになった。

 

 そしてそれだけでなく、飾りきれなくなった花で押し花や、草木染め、フラワーキャンドルなどを作るようになった。

 農園で働いていた頃、母や一緒に働いていたおかみさん達と共に、余暇に楽しみで作っていたことをふと思い出したからである。

 

 教会のバザーに出す物がないとぼやいていたルフィエにそれらを提供したら、大人気で即完売したという。

 みんなにとても喜ばれたと、ジュリアはルフィエには何度も頭を下げられた。

 

 そしてその話をルフィエに聞いたロバートから、毎週モーニングをご馳走になっているカフェ『ジュリア・ガーデン』に飾りたいといわれた。

 

 ジュリアは店に合いそうな、草木染めのランチョンマットやフラワーキャンドルを彼に渡した。

 するとそれらはお店でも大好評だったという。

 そして常連のお客から欲しいと請われて、断れずに差し上げてしまったと、ロバートに申し訳ない顔をされた。

 

 しかしそれを聞いたジュリアは怒るどころかとても喜んだ。

 男爵様にはして頂いてばかりでお返しが何も出来ないと、彼女は心苦しく思っていたからだ。

 

 ジュリアは手元にある品を全部ロバートに渡した。

 そして作り方を記した紙を彼に見せ、もし需要が多いのなら製品化して販売すればよいのではないですか、と言った。

  

「キャンドルの蠟以外はどれも売れ残りや枯れかけの花で作れますから、あまりコストがかかりませんよ。

 ただしセンスは必要になると思いますが。

 

 それに西の砂漠の国から『空気植物』を買い入れる際に、こちらからはフラワーキャンドルを卸すのもいいのではないですか? 

 あちらではお花は貴重でしょう?

 それにプリザーブドフラワーより実用的なので、彼の国では好まれるのではないですか?」

 

 と。それを聞いたロバートは、ジュリアが容姿や特殊能力だけでなく、商才も父親であるウッドクライス伯爵から受け継いでいるのだと悟った。

 

『ジュリア様は植物を育てる『緑の手』だけでなくアノ特殊能力、そして商売の能力も持っておられる。

 このことを元伯爵に知られる前に主との婚約が決まって良かった』

 

 とロバートは心から安堵していた。

 

 ジュリアの祖父である元ウッドクライス伯爵は、息子と平民の娘の結婚に大反対し、孫娘が生まれても二人を認めなかったのだ。

 

 ところが皮肉にもウッドクライス家の能力がその孫娘だけに伝わっていた。

 しかもその特殊能力だけでなく、それ以外も他の孫達よりずっと優秀だと知ったら、彼は一体どう思うのだろうか……

 

 今更跡取りにしようと考えてももう遅い。その孫娘は縁続きとはいえ他家へ嫁がせることが決まってしまったのだから……

 どんなに慌てて邪魔をしようとも、主とジュリア様の婚約は王家がすでにお認めになっている。

 

 ロバートは愕然とする元ウッドクライス伯爵を想像し、一人悪い笑みを浮かべたのだった。

読んで下さってありがとうございました!

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