3-3 そして未来へ
ユリシーズがアリシアの髪をなでる。
「どうした?」
「いきなりそう聞かれても、答えられないわよ」
「ひさしぶりに会えたってのに、あんまりうれしそうじゃないからな」
アリシアがため息をつく。
「うれしいわよ」
「じゃあ、なんだ?」
「カミラが、おとなっぽくなっていたから」
ユリシーズの手が止まる。
「私はもう年をとらないんだって、思っただけよ」
「いやか?」
「そんな自信なさげな声出さないでちょうだい。私が申し訳なくなるわ」
アリシアがユリシーズの肩に頭をあずける。
「女性は若いままの美しさでいたいとか言うけど、年相応の美しさっていうのもあると思うのよ。結婚して、子どもを産んで育てて、そしておばあちゃんになるっていう、ね。まあ、巫女は結婚しないから、子どもを育てることはないけれど。でも、そういうのとは離れた存在になったんだって、実感したのよ」
「そうか」
「それが悪いってわけじゃないわよ。今さらグダグダ言ったりはしないわ。だから、あなたが気に病むことでもないわよ」
アリシアが顔を上げ、ユリシーズの頬を引っ張る。
「だいたい、あなただってさえない顔してるじゃないの」
「俺はいつでもかっこいいですぅ」
「さえないって、そういう意味じゃないわよ」
アリシアの手を頬からはずしたユリシーズが顔をそむける。
「あんな目にあったのに、カミラが教会に喧嘩売るのは嫌なんだな」
「なに、嫉妬?」
「なんで俺が教会相手に嫉妬しないといけないんだよ」
「冗談よ」
小さく息を吐いたユリシーズが、アリシアに目線を戻す。
「俺が教会に手をだそうかって聞いたときも、うなずかなかったからな」
「当たり前でしょう。前まで私はあそこにしか居場所がなかったし、今でも教会にしか居場所がない人はたくさんいるわよ。べつに、教会自体が悪っていうわけでもないし。あくまで、私とあまり合わなかっただけよ」
それに、とアリシアが笑う。
「少しあんな目にあわされたくらいで復讐しようなんて考えるほど、私は薄っぺらい女じゃないわよ。それよりも、やりたいことも楽しいこともあるわ」
「さすがだな」
「そうでなかったら、あなたも私を助けようとしなかったでしょう?」
挑発するように。
「さあな。そういう奴じゃねえってのは、わかってたけど」
「そう」
ユリシーズが、またアリシアの髪に触れる。
「これから、どうする?」
「どういう意味かしら、それは」
「俺もお前も、何もない状態で耐えられる性格じゃないだろ」
「あなたほどじゃないわよ」
そう言いながら、アリシアが遠くに目をやる。
「他の国とか、行ってみたいわね。タルアから出たことがないから」
「ないのか?」
「あるわけないでしょう。出られるのなんて、許可をもらった一部の商人くらいよ」
ユリシーズがうなずく。
「他の国な。いいんじゃねえの」
「何年かかけて、いろんなところを見て回るのもいいかしらね。あなたは、行ったことあるの?」
「ねえよ。人に興味もなかったから、行く気がなかった。行こうと思えば行けるけどな」
ユリシーズが小さく笑う。
「いろんな国の料理食べるのもいいかもな」
「私の料理に飽きたっていうの?」
少しわざとらしく、すねたように言うアリシアに、ユリシーズが首を横に振る。
「いろんなやつ覚えてお前が作れ」
「わかったわよ」
アリシアがユリシーズの顔を見上げる。
「楽しそうね」
「これまで、さきのこととか考えたことがなかったからな」
「私が教えられたのなら、光栄だわ」
「お前しか教えられねえよ」
ユリシーズが立ち上がる。
「おやすみ」
魔族は睡眠を必要としない。それでも夜には眠るのが習慣。
「ええ。おやすみ」
アリシアがユリシーズに口づけをした。これも、毎夜の習慣。これまでも、そしてこれからもかわらないだろう、時間。
「明日、ちゃんと起きなさいよ」
「うるせえ」
アリシアとユリシーズは、顔を見合わせて笑った。
部屋は二部屋使い、カミラがいつものようにエヴァンの部屋にやってくる。
「うまくいってそうでよかったよね、あのふたり」
「どうせ心配もしてなかっただろ?」
「まあね」
なんだかんだ、相性はいいのだろう。
「ご飯もおいしかったし。あれ、店開けるよね」
「すごいよな」
「アリシア、器用だもんね。うらやましい」
エヴァンもカミラも料理ができない。
「練習したらできるんじゃないか?」
「めんどくさい」
「まあ、そうだけど」
買えばいつでもご飯にありつけるのだ。作る手間と時間が面倒である。
「死の領地の地図、作って帰る? ついでに」
「渡せば、喜ばれるだろうな」
死の領地の地図ができれば、生きて帰れる人も増える。
「鳥の視界を借りれば、けっこう簡単に広範囲かけそうだし」
「まあ、急いで帰らないといけないわけでもないしな。俺も死の領地がどうなってるのか気になるし」
「じゃあ、決まりだね」
カミラは楽しそうだ。よほど地図が書きたいのか、それとも他に理由があるのか。
「大きな依頼とか来てないといいけど」
「来てたとしても、バーナードさんとディアナさんがなんとかしてくれるだろ」
「ディアナさんが大量に依頼片づけるせいで、全然まわってこないよね。そりゃ、緊急の依頼なら、ディアナさんに任せるのが一番いいんだけどさ」
エヴァンやカミラだと、移動するのに時間がかかる。
「平和が一番だろ。依頼がないのが一番」
「まあ、そうだけどね」
カミラが小さくあくびをする。
「眠いのか?」
「眠い」
「じゃあ、寝てこい」
エヴァンもつられてあくびをする。移動の疲れが出たのだろう。
「ん。おやすみ」
カミラが立ち上がり、ひらりと手をふる。
「おやすみ」
その指には、エヴァンと揃いの指輪が光っている。
「隻眼の冒険者」完結です。
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