3-2 そして未来へ
エヴァンは万全の状態、カミラもA級になるだけの実力はある。そして、城まで歩くのは二回目。
「なんか、けっこうあっさりついたね。前はもっと大変だったのに」
エヴァンとカミラに敵う魔物はそうそういない。
「前はエヴァンが怪我したりして、大変だったよね」
「あったな。そんなことも」
背中をざっくりやられた。今はもう、傷跡も残っていない。
「城に来るのは三回目か」
「ユリシーズを説得しに来たときも、エヴァン怪我してたし。意外と多いよね」
「カミラが怪我してなさすぎなんだよ。冒険者のくせに。いいことだが」
エヴァンに会ったときに、魔物に追われて殺されかけていたくらいか。そのときも、怪我はしていなかった。運がいいのかもしれない。
「アリシア。驚くかな」
「ユリシーズから聞いてなかったら驚くんじゃないか?」
前と変わらぬ、重厚な扉を押し開ける。
中に入ると同時に、奥の応接間の扉が開いた。
「あら」
出てきたアリシアが、一瞬動きを止める。
「ひさしぶり」
カミラがアリシアのもとまで走る。
「ひさしぶりね。いきなり来たから驚いたわよ。テレパシーしてくれたら、準備したのに」
「その発想がなかった」
それがカミラの本音なのか、それとも驚かせたかったのか。
「お、やっと来たか」
突然、ユリシーズが現れる。アリシアがそちらを向く。
「来ることがわかってたなら、教えてくれたらよかったのに。いじわるね」
「その方が、うれしいだろ?」
「気持ちだけ受け取っておくわ」
このふたりのやりとりは、変わらないらしい。
「アリシア。手土産」
カミラが箱を差し出す。
「あら、焼き菓子? ありがとう。ディナーのあとにいただくのでいいかしら」
「ディナー?」
実に縁のない単語が聞こえた。
「せっかくだもの。作ってあげるわよ。できるわよね、ユリシーズ?」
「了解」
「ユリシーズが作るのか?」
料理なんて、できるのか。
「俺が料理なんてできるわけねえじゃん」
「それは堂々と言うことじゃないだろ」
いさぎよくてよろしいが。
「作るのはアリシアだ。俺は、その時間をちょっと短くするだけ」
「アリシア料理できたんだ。すごいね」
「私をなんだと思っているのよ。少しくらいは作れるわ」
料理までできるとなると、アリシアのできないことは何なのだろう、と思えてくる。
「ユリシーズ、ワイン選んでおいて」
「ワイン?」
カミラがくいつく。
「とびっきりのふるまってやるよ。楽しみにしとけ」
「それじゃあ、少し待っていてちょうだい」
アリシアが応接間を指さす。エヴァンがユリシーズに目を治してもらったところ。
「あそこで待てってことか」
死の領地に入ってからは、保存のきくものしか食べていない。要するに、おいしい食事は久しく食べていない。
アリシアの料理が、楽しみだ。
ものの数分でユリシーズが呼びに来た。そして、食堂らしきところに案内される。
「前にこんなところあったか?」
「俺が今作った」
もうユリシーズの規格外さには何も言わない。
「うわ、すっご」
机の上を見たカミラが声をあげる。
「お待たせ」
少しくらいできる。そう言っていたから、家庭料理を作ってくれるのかと思っていた。ところが、並んでいるのは店で出そうな料理。
「ほんとに料理得意なんだな」
「ここに来てから、いろいろ作っていたら楽しくなって」
「意外と凝り性だよな。俺もいろんな料理食べられるからありがたいけど」
食べる必要がなくても、食べることは楽しめるらしい。
「で、ワイン」
ユリシーズが空中から取り出す。
「じゃあ、食べるか」
ちょうど、腹もへっている。
食事が終わり、カミラが買ってきた焼き菓子を食べながら、アリシアが肩を指さす。
「カミラ、A級になったのね。おめでとう」
カミラの肩には、金色のリボンがついている。エヴァンと同じ色。
「ありがと」
「二つ名は何になったの?」
カミラが一瞬目を泳がせる。二つ名を告げるのは恥ずかしい。その気持ちはよくわかる。
「不可視の刃」
カミラがそう言うと、アリシアが小さく笑った。
「なるほど。テレパシーも空間収納も見えないものね」
何が起きているかがまったく目に見えない。それが、カミラの一番の強み。それでついた二つ名が「不可視の刃」。魔人と同じくらい恥ずかしい名前ではないだろうか。
「あだ名は?」
今度こそ、カミラが目をそらす。
「言いたくない……」
「言わないなら、俺から言うぞ。あることないこと織り交ぜて」
ユリシーズがニヤリと笑う。
「それはいや」
口をふくらませたカミラが、やがて大きく息を吐いた。
「狂犬」
「……なんでそんなあだ名に? あなたからあまり想像できないけれど」
カミラがそっぽを向く。話す気はないらしい。さりとてユリシーズが話すと、被害を受けるのはカミラだけでは済まなさそうだ。
「気に入らないものすべてにかみつくから、ついたあだ名が狂犬カミラ」
「私、そんなに危険人物じゃないもん」
「爆発狂よりましじゃないか?」
あだ名なんて、そんなものである。
眉をひそめたアリシアが、カミラの顔に手をあて、強制的に目を合わせる。
「カミラ。あなたまさか教会に喧嘩売ったとか言わないわよね?」
「……むう」
「あなたねえ……」
さすがに、誤解は解かなければならない。
「安心しろ。未遂だ」
「未遂?」
「カミラがかみつこうとしたところを止めて、それで狂犬になった」
安心したように息を吐いたアリシアが、エヴァンとカミラを交互に見る。
「それにしても、爆発狂と狂犬って、お似合いじゃない」
「それを言うなよ。バーナードさんとディアナさんにも言われたんだからな」
ふたりとも「狂」の字がついている。あまり、というか実にうれしくない共通点だ。
「おふたりは、元気?」
「最近会ってないから知らないが、悪い話は聞かないから元気なんじゃないか?」
「それならよかったわ」
最近、あのふたりは忙しそうにしている。何をしているのかは知らないが。
「そういや、お前ら今夜はここに泊まるんだろ?」
「さすがに、こんなに暗いときに外に出たら危ないだろ」
「部屋、ふたり一緒? 別?」
カミラがワインをふきだした。エヴァンも思わず咳き込む。
「ユリシーズ」
アリシアがたしなめるように言う。
「部屋はいくらでもあるから、好きに使っていいわよ」
「あ、ああ。ありがとな」
なんとか、そう言う。
「疲れたでしょうし、ゆっくりしていきなさい」
ユリシーズが指をならすと、机の上から皿が消えた。
「へ?」
「俺の邪気で作ったからな。洗うのめんどくせえし」
「どうせあなたやらないじゃない」
どうやら、これがアリシアとユリシーズの日常らしい。
「お前も楽でいいだろ?」
「ありがたく思ってるわよ」
これ以上このふたりのやりとりを見ていたら、無駄に疲れそうだ。そう思い、エヴァンは席を立った。




