1-5 マーシランの暴動
ディアナは、大きく息を吐きだした。
「カミラちゃんがね。A級になりたいんだってさ」
「エヴァンと一緒にいたいからか」
「そういうこと。かわいいよね」
自分たちにもあの素直さがあれば、少しは変わっていただろうか。
「スタンピートのとき、いい目してたからな。なれるんじゃねえの」
「なんだ。見てたのかい」
覚悟を決めた目。あれは、強くなる。
「あたしはさ、ずっと笑っててほしいんだよ。エヴァンにもカミラちゃんにも」
あの純粋で楽しそうな笑顔を。
「あたしらみたいな思いを、してほしくない」
あんな思いをするのは、自分たちだけで十分だ。
「冒険者でいてほしいんだよ。人を守るために魔物と戦う冒険者で。人と戦うことなんて、知ってほしくない」
「そうだな」
バーナードが長く息を吐く。
「俺らはA級だ」
「どうしたんだい、いきなり」
「冒険ギルドの長と交渉することくらいはできる」
話が読めない。
「まあ、できるだろうね。あたしらなら」
「俺は違法賭場に出入りしてるから、裏で動いてるようなやつらとも、取引できる」
「ああ、そういうことかい」
やっと、わかった。
「で、あたしはいろんな場所の依頼を受けてるから、領主とかと取引ができるわけだね」
「そういうことだ。それだけつながりがあれば、何とかすることもできるんじゃねえの?」
バーナードは、すべてを変えようとしているのだ。
「時間はかかるだろうな。けど、できないことはないだろ。ああやって内乱が起こらないようにすればいい」
「簡単に言うけどねえ、そんな簡単じゃないだろうよ。だって、政治のことなんて、何も知らないじゃないか。それに、飢饉が起きたら、あたしたちだけでなんとかできるもんでもない」
「ずいぶん、弱気だな」
またバーナードに頭を撫でられる。
「仲裁することくらいできるだろ。俺らに逆らうには、かなりの軍つれてこないとならねえんだから、軍を抑えることもできる」
「まさか、軍と教会と冒険者とべつに、新しい勢力になるとか言うつもりかい?」
「それもいいんじゃねえの。うまくいくならな」
思わず、大きく息を吐いた。
「ほんと、ときどきあんたが恐ろしくなるよ」
軽い調子で言っている、その内容はかなりのものだ。
「お前も、手伝ってくれるか?」
「誰にもの言ってんだい」
まったく。これだから、この男はおもしろい。
「あたしが手伝うんじゃなくて、一緒にやるんだろう?」
バーナードが、ニヤリと笑った。
「それでこそ、お姉さま」
「からかうんじゃないよ」
バーナードのあだ名はギャンブラー。エヴァンは爆発狂。そして、ディアナはお姉さま。どう考えても、ディアナのあだ名だけ異質だ。今さら、それに文句を言ったりはしないが。
「あのふたりも、幸せになれるといいけどな」
「あのふたりって、アリシアちゃんとユリシーズかい?」
「それ以外にいないだろ」
スタンピートのあとの、アリシアとユリシーズの様子を思い出す。
「大丈夫なんじゃないかい? ふたりとも、幸せそうな顔してたよ。しばらくはとまどうとしても、うまくいくだろうさ」
「まだ若いし、先は長いからな」
その言葉に他意がないのはわかっている。だが、少し口をとがらせた。
「まるであたしは若くないみたいな言い方を」
「あいつらよりは、な。先も長くないだろうし」
それでも、女にそういうことを言うんじゃないよ。そう言おうとしたが、バーナードの目に射抜かれてやめた。
「だから、できることをやるんだろうが」
「まあ、そうだね」
それが、先輩の役目。
「そろそろ出るか」
バーナードに言われ、立ち上がる。だが、ふらりとよろめき、机をつかんだ。
「やれやれ、意外と酔っちまってたね」
自覚はなかった。だが、さすがに連日飲みすぎたらしい。
「送ってやるよ」
金を支払ったバーナードが戻ってくる。
「何言ってんだい。あたしの血術は瞬間移動だよ」
送ってもらわなくとも、一瞬で家に帰れる。
「お前なあ、忘れたとは言わせねえぞ」
バーナードのあきれた声。
「酔った状態で瞬間移動して、場所狂ったあげくに俺のところに転がり込んできたじゃねえか」
「ああ、そんなこともあったね」
今日みたいな夜に、ひとりで飲んでいた。そして酔っている自覚もなく、家まで瞬間移動をしようとした。そしたら、なぜかバーナードの家に移動してしまったのだ。
「しかも酔ってる状態で瞬間移動なんてしたせいで気持ち悪くなって、俺が看病したんだぞ」
「あの浮遊感がね。ふだんは平気だってのに」
なぜあのときバーナードの家に飛んでしまったのかはわからない。だが、きっと会いたかったのだろう。だから、無意識にそこを移動先に選んでしまった。
詳しいことは覚えていない。だが、あきれたように背中をなでる手の体温に、なぜか安心したのだ。
「また変なところに飛ばれても困る。送ってやるから、宿教えろ」
「バカだねえ」
思わず、小さくつぶやいた。
「あんたのところ以外に、酔って行く場所なんてないよ」
「なんか言ったか?」
「いや、なにも」
まだ、言ってやらない。
「幻聴が聞こえるなんて、あんたも酔ってるんじゃないかい?」
「かもしれないな」
店を出る。涼しい風が、ほてった頭に気持ちいい。
「お前の宿、部屋あいてるか?」
「あいてたと思うけど」
「じゃあ、今夜はそこで寝るか。酔ってるからな」
バーナードの顔がかすかに赤い理由が酔っているせいなのか、それとも別の理由か。それを聞いたら、きっと両方の理由で赤くなっている自分がからかわれるだけだ。
「そうかい」
だから、そう短く答えた。
番外編1つ目完結です。
本編第三部に入れられなかった、バーナードとディアナのエピソードでした。




