1-4 マーシランの暴動
バーナードが酒をあおり、音を立てて机に置いた。
「いつから、気づいてた?」
「それは、扇動されてるってことについて、かい?」
「ああ」
その口ぶりからして、やはりバーナードはずっと前から気づいていたのだろう。
「暴動の途中はあたしも頭に血がのぼってたからね、気づかなかったよ。けど、終わって落ち着いてから考えたら、すぐに気づいた。いくら冒険者がそれなりにいたところで、軍とあれだけ長い時間渡り合えたはずがないんだよ。軍は、暴動を起こしている人たちに食料とか武器が行かないようにしてたんだからね。それなのにあれだけ長い時間耐えたってことは、誰かが秘密裏に物資を運んでたってことになるだろう? それで、暴動が終わらないようにしてた」
「そこで気づいたのか」
「あんたは、いつ気づいたんだい?」
バーナードとは、こういう話をしたことはなかった。お互い、触れないようにしていた。
「戦ってるときに、おかしいって思った。俺がヒヒイロカネ使って、ふつう以上の力を使ってるからか知らねえけど、わかるんだよ。使ってる力が、体に合ってなかった。どう考えても、何かで底上げしてた」
「それがポーションってことかい?」
「ああ。あのとき、すでにポーションは違法だった。なのにマーシランの人たちが持ってたってことは、誰かが違法にポーションを作って渡してたってことだ」
ポーションは、材料さえそろえば作ることは難しくないらしい。ただ、材料はかなり貴重だが。
「あのポーション、かなりの粗悪品だったらしくてな。子どもなんか、飲んだだけで死んだやつもいたらしい。あとから少し聞いた話だけどな」
「かわいそうに」
そんなことで死んでいなければ、今ごろ立派になっていただろう。
「あのとき、国が暴動起こしてる人と取引しようとしてただろ。覚えてるか?」
「そりゃ、さすがにね」
一言一句とはいかないが、内容は覚えている。
「食料の支給、領主の変更、あとは、しばらく無税」
「そうだ。あの領主は国が派遣した奴じゃないからな。国の監督不足とはいえ、そこまで責任を取る必要はねえんだよ」
「たしかに、破格の条件だね。けど、マーシランの人たちは見向きもしなかった」
バーナードがうなずく。
「それもポーションのせいなんじゃねえかって話もある。何回も飲むと判断力が鈍って、攻撃的になるらしい。あいつらも、自分がなんで戦ってんのかわからなくなってたかもしれないな、最後の方は」
「それで、暴動を長引かせてたってことかい。嫌な話だね」
人の命を、何だと思っているのだろう。
「そいつらが、領主の不正もばらしたのかい?」
ずっと、不思議に思っていた。農民には文字が読めない、計算ができない人が多い。だから、税が不正に徴収されていたとしても、気づけるはずがないのだ。
つまり、不正の事実を知らせた人がいる。それも、思い切りマーシランの人たちの怒りをあおる方法で。
「たぶんな。誰がばらしたのかまでは知らねえけど」
「そうかい」
バーナードが知らないのなら、きっと一生わかることはないのだろう。
「でもねえ、知ってたんなら、なんであたしに教えてくれなかったんだい? あんたひとりで抱え込むことじゃないだろう」
「俺らの間でマーシランの話はご法度だった。それだけの話だ」
「そりゃ、思い出すのも嫌だけどね。けど、そういうことを言われて受け止められないほどガキじゃあないよ、あたしは」
お互い、この話題には触れないようにしていた。でも、バーナードといるときはいつだってマーシランのことを思い出したし、それはバーナードにとっても同じことだろう。ただ、それを口に出すことを恐れていただけで。
「お前はマーシランに住んでた人たちを、今でも支援してるだろ」
「どれくらい力になれているのかはわからないし、あたしの自己満足に過ぎないけどね」
「自己満足じゃないだろ。お前のおかげで、助かってる」
それは下手な慰めか、本心か。
「自己満足だよ。あの人たちは、あたしに助けてほしいなんて思ってないだろうからね」
「だから、顔も名前も見せてないのか」
ディアナは、誰かわからないようにして支援をしている。
「当たり前だろう? あたしもあんたも、マーシランの人にとったら化け物でしかないんだからさ」
「まあな」
バーナードは、否定しない。
「お前はちゃんとした方法でマーシランの人を助けてる。けど、俺は違法賭場に行って、あおった犯人とかを捜してた。違法な方に、お前を引きずり込みたくなかったんだよ」
「バカだねえ。あんたひとりで背負うもんじゃないだろう」
エヴァンといい、バーナードといい、バカな男ばっかりだ。
「お前がお前なりに背負ってるのを知ってるから、言えなかったんじゃねえか」
「まあ、他人の荷なんて、どうあがいても背負えないからね」
それを背負えるような関係ではない。
「で、これまでマーシランのマの字も出さなかったのに、なんで今日はその話をしようとした?」
「酔っちまってるってのもあるけどね」
嘘だ。たしかにかなりの量を飲んでいるが、この程度では酔わない。それでも、酔ったと言い訳しないと、こんなことは言えない。
「スタンピートで思い出したんだよ。こうやって飛び回って人を助けて、でも助けられなかったって」
そうして思い出さなかったら、カミラに話そうとも思わなかっただろう。
「助けるたびに、間に合ってよかったって思うんだよ。だけど、間に合わなかったらどうしようって思う。だから、アリシアちゃんが倒れたとき、ほんとに怖かった。また助けられなかったってね」
「でも、誰も死ななかった。お前は頑張った」
バーナードがディアナの頭をなでる。
「子ども扱いするんじゃないよ」
だが、その手を振り払えない。
「俺も、酔ってきたな」
それが嘘なのは、顔色を見ればわかる。だが、それには気づかないことをするのが、お約束。
「マンティコアいただろ」
「ああ、あの顔が人みたいなやつだっけ」
「あれ斬ると、思い出すんだよ。生きてる人斬った感覚も、その瞬間の顔も」
バーナードが吐き捨てるように言った。
「こういう夜は、マーシランが夢に出る」
ディアナは、何杯目かわからぬ酒をあおった。
「でもね、見殺しにしなくていいから。あんただって、斬ったのは魔物だ」
ここは、マーシランではない。
「お前は、人を助けられる」
こんなに苦しそうに酒を飲むバーナードは、初めて見た。
「俺は、斬ることしかできねえんだよ。斬って、殺すことしか」
「バカなこと言うんじゃないよ。あたしが、あんたに何回助けられたと思ってるんだい」
両手では、数え切れぬほど。
「あんたが冒険者続けてるおかげで、どれだけ助かってると思ってるんだい。今回のスタンピートだって、あんたがいなかったら、もっと大変だったよ」
バーナードにじっと見られ、ごまかすようにコップをかたむける。
「かなり酔っちまったね」
「……そうだな」
お互い、ほとんど酔っていないことはわかっている。それでも、酔ったふりをする。そして、明日の朝にはすべて忘れたふりをするのだ。
そうやって、傷をなめあうことしかできない。支えるとか、そんなかっこいいものではない。互いに傷をえぐって、互いに傷をなめあって、そして、目を背けあう。
素直になれなかった代償か。こうやってしか、本音など言えやしない。




