8. ギアトーレ編
カミラの顔はどこかすっきりしていた。何を話していたのかは知らないが、納得がいったらしい。とりあえず修羅場になっていないことに、エヴァンは安堵する。
「とりあえず、いつここから動くかを決めないといけないけれど、どうする? 私も教会に言っておかないといけないから」
「なるべく早い方がいい?」
カミラに聞かれ、エヴァンは首を横に振る。
「何があるかわからないから、カミラがもうちょっと鍛えてからの方がいい。せめてまともに弓矢を使えるようになるまでは、あのダンジョンで鍛えた方がいいな。勝手のわかるダンジョンの方がやりやすい」
「そうね。わかったわ」
「う。……頑張ります」
カミラはやっと止まった的に当たるようになってきたくらいなのだ。まだ動いている魔物に当てるのは難しい。
「エヴァンってお金は持ってるんだよね?」
「さっき言ったろ」
「じゃあ、その剣もうちょっとましなものにした方がいいと思うんだけど。さすがに安物過ぎるよ、それ」
人の剣にひどい言い草だ。
「まあ、わかってて使ってるからな」
「魔術使えないってことは、剣で戦うことになるんでしょ? さすがに変えた方がいいって」
「そう言うなら。しかし、よくわかったな。俺の剣なんてほとんど見てないだろ。少し見せたくらいか?」
確か、剣を教えてくれと言われたときに抜いた一回だけのような気がする。
「見たらわかる」
「そこまで安物か? 一応普通に斬れはするんだが」
ほとんど使わないが、斬ったことがないわけではない。
「昔からそんなもの使ってるわけ?」
「いや。それまではミスリルを使ってた。ユリシーズに負けた後、俺のその剣が見つからなくてな」
「ミスリルって……さすがA級。でもエヴァンとは相性いいのか。魔術をまとわせられるもんね」
ミスリルは、硬くて美しい。そして何よりの特徴は魔術をまとわせられること。だから、魔術をメインに戦う者とは相性がいい。
「よく知ってんな」
「これくらいは、知ってるよ」
「基本的な教義も知らなかったのにね」
カミラがそっぽをむく。
「うるさい」
「誰だって、得意不得意はあるわよ。気にしないで」
「そっちからからかってきたくせに」
カミラとアリシアはかなり打ち解けたらしい。ぎすぎすした空気は少しもない。今は、じゃれあっているだけだ。
「それで、剣を買いに行くなら、一応一緒に行かせてもらうわよ」
「じゃあ、行くか。金はギルドからいつでもおろせるし」
カミラにあれほど安物と言われてしまったら、変えるしかない。
カミラの弓矢を買った武器屋に行く。
「私はここで待ってるわ」
「入らないの?」
「殺生をしない巫女が武器屋に入ったらおかしいでしょう。何かあったらすぐ呼んでちょうだい」
だが、カミラは剣を下げている。
「その剣は違うのか?」
「これは教会からもらったものよ。そこらで買ったものじゃないわ。それに、これは浄化のための道具であって、斬るためのものじゃないわよ」
「いや、でもそれでエヴァンに斬りかかってたし、私の首にもやってたよね? 斬れないの?」
アリシアが剣の鞘に触れる。
「これは銀でできているのよ。銀は聖気と相性がいいから。エヴァンのことだって最初は浄化しようとしたわけだし。銀は柔らかいから、斬るためじゃないわよ。一応刃はあるけどね。だから、首の皮を斬るくらいならできたけれど」
「ああ。銀じゃ首ごと落とすのは無理だな」
「じゃあ、なんかあったら呼ぶから」
いつまでも冒険者と巫女が武器屋の前で話していてもおかしい。カミラとエヴァンは中に入った。
「お、この前のお嬢ちゃん。もしかして、また矢かい?」
「いや、今回は剣で」
「どんな剣がいいんだ?」
「オリハルコン」
カミラがあっさり答える。エヴァンに何の相談もなしに。
オリハルコンは、剣士が愛用する剣だ。切れ味がよく、使いやすい。だが物凄く高価で、簡単に買えるものではない。だから、剣を主に戦う人で、さらにかなり強い人しか使わないのだ。
『そこまでいいやつじゃなくていいんだが』
『この武器屋さん、結構いいものそろえてそうだから、ここで買っちゃった方がいいと思う。どうせお金はあるんでしょ?』
確かに、それくらいは変える。ギルドでかなりの額をおろしてきた。
「オリハルコンなあ。この店ん中から見つけられたらいいぜ。わからん奴が使っても、十分に使えないだけだからな。試し斬りしたいなら、木を貸してやる」
エヴァンが顔をしかめる。
「いくつかに絞ったら声かけてな、お嬢ちゃん。丸太出すから」
『これは……、お前の剣だと思われてるのか?』
『そうみたいだね。まあ、好都合じゃない?』
『お前、わかるのか?』
カミラが一本剣を持ち上げる。
『でも、エヴァンはわからないでしょ?』
『まあ、な』
今は、エヴァンの剣が安物だと見抜いたカミラの目に期待するしかない。
『大丈夫だよ』
『いや、別に俺はオリハルコンじゃなくていいんだが』
カミラからの返事はない。おまけにテレパシーまで切られた。
カミラは真剣な顔で、一本ずつ取り出して触ったり顔に近づけたりしている。
「うん、わかった」
すべての剣を確認した後、そう言う。
「振らなくていいのかい? お嬢ちゃん」
「振る必要もないですね。この中に、オリハルコンの剣は、ありません」
おじさんが目を見開いたあと、笑い出した。
「いや、すげえな。正解だ。この中にはねえよ」
「でも、店にはあるんでしょう?」
「奥にある。ついてこい」
カウンターの横のドアをくぐり、階段を下りる。地下の壁には、ずらりと剣がかけられている。
おじさんはそのうちの三本をとり、鞘から抜いて机の上に置いた。鞘をその横に置く。
「この三本から合うやつ選べ。特徴を言い当てられたら、安くしてやる」
『楽しんでんな、このおじさん』
『まあ、この三本はちゃんとオリハルコンみたいだし』
カミラはあっさり答える。
「なあ、カミラ。何であそこにないってわかったんだ?」
「輝きが違うし、軽かったから」
「軽い?」
いくつか試しに持ってみたが、そんなに軽い剣はなかったが。
「オリハルコンは一番重い金属だから、オリハルコンの剣は見た目より重い。あそこにある剣は、オリハルコンだとしたら軽すぎる。あと、オリハルコンは光をすごくはじくから、見たらわかる。そういうのがなかったから」
「よく知ってんな」
何で、剣に関してここまで詳しいのだろうか。ろくに戦えないくせに。
「まあね」
カミラが一本ずつ剣をとる。刀身をなで、光に当て、顔を近づける。
「うん。使うならこれかな」
カミラは、左の剣を指差した。
「ほお。理由は?」
「まず、これは絶対にない」
そう言って真ん中の剣を差す。
「これはこの中だと一番軽い。というか、軽すぎる。だから、これは表面だけオリハルコンでおおわれてる。鞘とかの装飾はきれいだから、これは飾るため。冒険者が使うには全く向いてない。高そうだしね」
次に、右の剣を差す。
「これは、左のやつよりも、重い。だから、オリハルコンの純度は一番高い」
「じゃあ、何でそれじゃないんだ?」
オリハルコンにこだわるなら、それでいいような気がするが。
「ただし、普通に使うには重すぎる。少なくとも、私には」
『エヴァンのことだからね』
そう。このおじさんは勘違いしているのだった。
「こんなのを使ってたらすぐに疲れちゃう。だから、左の剣が一番いい」
『エヴァンが前に使ってたミスリルの剣も、こんな感じの形なんでしょ?』
『ああ。細身の長剣だったが』
魔術をまとわせたいのなら、大剣である必要はない。それに、エヴァンはそこまで鍛えていない。持ち運ぶには、細身の長剣がちょうどよかったのだ。今も、安物だが同じような形のものを使っている。
『たぶん、この剣はミスリルの剣と同じくらいの重さだと思う。だから、使いやすいんじゃないかな』
「よく見てるな、お嬢ちゃん。気に入った。半額でいいぜ」
「いいの?」
「その代わり、ひいきにしてくれよ」
言われた金額は五千タリー。ということは、本来は一万タリーというわけだ。さすがは、オリハルコン。高い。それくらいは払えるが。
「ありがとう」
階段を上がり、店に戻る。そこには違う客が来ていた。
その客と話し始めたおじさんをじゃましないよう、店を出る。
アリシアは、店から少し離れたところにいた。
「ええ。あなたに神の祝福があらんことを」
その声は、ひどく柔らかかった。本性を知っているエヴァンからしたら、嘘臭さ満載である。
「ずいぶん時間かかってたわね」
「誰としゃべってたの?」
「信者の方よ」
なるほど。外ではちゃんとした巫女らしい。
「ちゃんと買えたみたいね」
「カミラがすごかった」
カミラが嬉しそうに笑う。
「目利きは得意なんだよね」
「目利き? すごいのね」
アリシアが、カミラの腰の剣を見る。
「カミラは買わなくてよかったのね?」
「これは結構いい剣だから。オリハルコンとかじゃないけど、軽いんだよね。だから、私には使いやすい」
「そう。銀は重いから、ちょっとうらやましいわ」
そう言って苦笑する。確かに、銀は重い。オリハルコンと金の次に重かったはずだ。そんなものを常に持ち歩いているのだから、アリシアは意外と筋肉があるのかもしれない。
「この剣はどうする?」
「私の家に置いてくれて構わないわよ」
「私持っていようか? 空間収納なら、重さもなくなるし」
そういえば、カミラはいつも軽々荷物を持っている。
「え? でも空間収納って、その中に入ってるのは確かなんだろ? 何で重さが無くなるんだ?」
「入ってるっていうか、このかばんの中に別の空間があるみたいな感じだから。テントの中もそうなってるし」
「すげえな」
思っていた以上に便利な能力だ。
「で、これからどうするの? 買うものがないならダンジョン行く?」
カミラがそう聞く。
「いや、行くったって、アリシアはダンジョン入れるのか?」
巫女がダンジョンに入るなど、聞いたこともない。
「入れるわよ」
アリシアはあっさりそう言った。




