1-3 マーシランの暴動
薄暗い賭場に、女性がひとり入る。
「何考えてんだ、ディアナ」
「べつに、あたしがここに来たっていいだろう?」
咎めるように声をかけたバーナードを軽くあしらい、バーナードのいるテーブルのひとつ奥に座る。
「賭けなんて、しないだろ」
「今日はやりたい気分なんだよ。あんたに言われることじゃないね」
「おい、バーナード。次行くぞ」
話しかけられたバーナードがディアナに背を向ける。ディアナも、座ったテーブルで始まるゲームに参加した。
ディアナが相手に硬貨をすべらせる。
「やれやれ、全敗かい。どうにもついてないねえ」
頬杖をついて、うめく。
「まだやるか?」
相手の男の質問に、ディアナが顔をしかめる。
「やりたいけど、もう有り金使っちまったからね」
そして、ニヤリと笑う。
「あたしを一晩かける。どうだい? その代わり、勝ったらこれまでの賭け金、全部もらうよ」
「へえ、おもしろい」
男がそう言うと、同じテーブルに座っている他の男もうなずく。
「ディアナ」
男がカードを配ろうとしたが、それをバーナードの声が制止した。立ち上がり、ディアナのいるテーブルに来る。
「おい、賭けの邪魔は感心しないぞ」
咎められるが、気にしない様子でバーナードがディアナを指さす。
「こいつを賭けて、俺がやる。それなら文句ないだろ」
「いいのか? あんた、さっきからずっと負けてるだろ?」
「ああ」
バーナードがディアナを立たせ、空いた椅子に座る。
カードが配られる。手札がよければ勝ち。ルールは単純だが、そこで繰り広げられるのは高度な頭脳戦。
「バーナード」
「ゲーム中だ。黙っとけ」
バーナードがディアナの声を鋭く止める。
やがて、全員が場にカードを広げた。
「俺の勝ちだな」
バーナードの出した手札は、誰よりも強かった。
「こいつはもらってく。あとは、賭け金を全部だったか?」
「……もともとそこの女がしかけた勝負だろ」
バーナードが代わって勝っても、意味がない。そう言おうとする男を、バーナードが冷めた目で一瞥する。
「賭けが終わった後に言っても、かっこわるいだけだからやめとけ。賭けが始まった時点で、文句は言えないんだよ」
ディアナに向き直る。
「ほら、帰るぞ」
「……わかったよ」
ディアナがため息とともにうなずいた。
外は、もう暗い。お祭り騒ぎだった昨夜とは違い、静かな夜だ。
「お前は、何を考えてるんだ。賭けに来ただけならまだしも、一晩賭けるって、何がしたいんだ?」
「バーナード」
ディアナは、明らかに怒っているバーナードを見上げた。
「飲みに行かないかい?」
「昨日あんだけ飲んだだろ」
「昨日は昨日。今日は今日。いいだろう?」
昨日の酒が体に残るほど、酒に弱くはない。
「本音は?」
「酒なしで寝られる気がしないんだよ。付き合ってくれるかい?」
バーナードが頭をガリガリかく。
「なんで、自分を賭けた? なんで、そこまでして賭けをしたかった?」
ディアナは賭けがしたいわけではない。むしろ、あんなことで金を損するのはばからしいと思っている。それでも、今夜はあそこに行った。
「だって、そうじゃないとあんたと飲めないだろう?」
「……あのなあ」
「あんたとふたりきりで飲んだのなんて、数えるくらいしかないからね、あれ以来は」
バーナードがため息をつく。
「ふつうに誘いに来い。断らねえよ」
「それができないから、こうしてるんじゃないか」
「素直じゃねえな」
バーナードがディアナの頭に手をのせる。他の人よりも大きな手。
「行くぞ」
外は暗い。だが、酒場の中は、まだ明るい。
バーナードが店員に金を握らせ、他の客から離れたカウンターの端に座る。話がありそうなディアナへの配慮か、それともただ落ち着いて飲みたいだけか。きっと、両方だろう。
「悪いね。金出させちまって」
「さっきもらった賭け金だからな。気にすんな」
バーナードとディアナの前に置かれたのは、一杯目に飲むにはきつすぎる酒。
「乾杯」
ディアナが軽くコップを上げると、バーナードがそれに合わせる。口元に戻した酒を、ディアナは一気に飲んだ。きつい酒が喉を焼く。
「バーナード。あんた、ほんとはめちゃくちゃギャンブル強いだろう?」
「いつも負けまくってる俺に何を言ってんだ、お前は」
あきれた声。たしかに、バーナードの勝負をディアナが見ているときは、基本的にバーナードはすべて負ける。
「だって、さっきは勝っただろう」
ディアナが、自分を賭けようとしたとき。
「あれは、たまたまだ」
「そんなんで、このあたしをごまかせると思ってるのかい?」
「何が言いたい?」
バーナードが酒をあおり、聞いてくる。
「あんたが渡してきたポーション、かなりちゃんとしてた。混ぜ物とかが入ってる感じはなかったからね」
悪質なポーションを二本飲んだら、気持ち悪いなどというものではすまなかっただろう。
「あんないいやつ、違法の賭場でもそんなに出回ってないだろう? あれを二本も手に入れるには、相当な回数、賭けに勝たないといけなかったんじゃないかい? なにせ、あのポーションの持ち主が金じゃなくてポーションを賭けるくらい切羽つまった状態を作らないといけないからね」
賭け事については詳しくなくても、それくらいはわかる。
「……まあな」
「もうごまかさないのかい?」
追加で持ってこられた酒を、バーナードが注ぐ。
「お前をごまかせるとは思ってねえよ。どうしても隠したかったわけでもないしな。お前が何も言ってこないから、言わなかっただけだ」
「勝ちたいところで勝てるのなら、それこそ本物のギャンブラーだね」
それで勝負が楽しいのかは知らないが。
「相手の顔の動きとかで、なんとなくはわかるからな。確実に勝てるってわけじゃねえが」
「確実に、なんて言ったら、そりゃもう神様の領域だろうよ」
そんなことは、ありえない。
「あんたが、ここまで賭けをするようになったのは、いつからだったけね」
「ギャンブラーってあだ名がつくぐらいだ。A級になる前からだな」
あだ名がつけられるのは、A級になったとき。バーナードの方が先にA級になったから、つけられた瞬間のことは知らない。だが、そんなあだ名をつけられるということは、そのときにはかなり賭け事をしていたのだろう。だが、言いたいのはそういうことではない。
「そうじゃなくてさ。違法の賭場にまで行くようになったのは、その後だろう?」
酒を一口飲む。喉が慣れたからか、焼ける感覚はない。
「あんたは、正規の賭場にしか行ってなかった。だから、ギャンブラーなんてあだ名をつけてからかえたんだろう? 違法なところにまで入り浸ってたら、からかうことなんてできやしないさ」
「今日はずいぶんまどろっこしい話し方するな」
その指摘には、反応しない。その代わり、直球に言いたいことを告げてやる。
「あんたが違法な賭場にまで出入りするようになったのは、マーシランの暴動の後だ」
マーシランの暴動。その言葉を聞いたバーナードの顔がこわばる。だが、もう引き下がることはできない。
「あんたも気づいてたんだろう? あの暴動は一部の奴らに扇動されたものだって。だから、その犯人を捜して、違法賭場に行ったんだ」
今度こそ、バーナードが顔をしかめた。




