1-2 マーシランの暴動
カミラが目を開けると、目の前に石碑があった。そこに刻まれているのは、大量の名前。そのまわりは、何もない草原だ。
「どこですか? ここ」
「マーシラン」
ディアナが短く答え、草の上に座る。カミラはその隣に座った。
「昔は人が住んでたんだけどね、今は誰もいなくて、この有様さ」
「そうなんですか」
なぜディアナがカミラをここに連れてきたのかが、わからない。ダンジョンがあるわけでもなさそうだ。
「マーシランの暴動って、聞いたことあるかい?」
「……ありません」
「そうかい。まあ、王都からは遠いし、子どもにするような話でもないからね」
ディアナが大きく息を吐いた。
「六年前に暴動が起きたんだよ、ここで。そのときは、このあたりじゃまったく雨が降らなくて、ひどい飢饉だった。それなのに、ここの領主が国の言った以上に税を取っててね」
「ひどいですね」
ただでさえ飢えているのに、せっかくの収穫も奪われてしまう。
「それで、農民が反乱を起こした。それだけならまだよかったんだよ。だけど、それに冒険者が加わった。近隣の村の人とか冒険者がみんなここに集まってね。おまけに、商人まで武器を配りだした」
武器を持っていいのは、軍人と冒険者、あとは特別に許可を得た者のみ。それが、この国を安定に保つための決まり。
「軍がおさえようとしたんだけど、なにせ冒険者が多くてね。そんな簡単におさえられるもんじゃなかった。ひどい飢饉はここだけだったけど、国全体もあんまり収穫がよくなくてね。他の場所で反乱がおこらないように、あんまり軍を呼び寄せることもできなかった」
「じゃあ……」
「それで、あたしとバーナードが鎮圧に加わったんだよ。六年前だから、二十四歳のときにね。エヴァンから、A級の義務のことは聞いてるんだろう?」
戦争や反乱が起きたとき、軍に命令されたら手伝わなければならない。そのときは人を殺しても罪には問われない。
「A級がふたり。人間相手には、あきらかに過剰戦力だ。けど、命令に逆らえるもんでもないからね。あたしは、怪我した軍人をテントに運んだり、足りない物資を運んだりした。だから、直接戦場には立ってない。だけど、バーナードは前線で大量に殺した」
ディアナがちらりと石碑に目をやる。
「結局鎮圧されてね。この石碑は、そのときに亡くなった人だ。もちろん、全員が亡くなったわけじゃない。でも、ここに住んでて生き残った人はみんなここから出て行った。だから、今は誰もいないんだよ」
今は草原だけさ、とつぶやく。
「あたしは軍人は助けたけど、その目の前で死にそうになってるマーシランの人は助けなかった。助けられた人を、見殺しにしたんだよ。それに、あたしが武器を供給しなかったら、あんなにマーシランの人は死ななかったかもしれない。で、バーナードはあの剣で、大量に殺した。今でも思い出すんだよ。あたしとバーナードを化け物を見るみたいな目で見てきた人を。それから、助けられなかった人の夢とかね」
化け物のように強い。それは、魔物を相手にしたときの冒険者に対しては誉め言葉だ。だが、その相手が人になったとき、意味が変わる。
「あたしは直接殺さなかったから、バーナードよりはましだったのかもしれない。だけど、お互いなぐさめる余裕もなくてね。何も言わないで、同じテントで、寝ないで夜を何度も明かした。何か言うことすらできなかったんだよ。そんな余裕すらなかった。話したら泣くか八つ当たりするかしそうでね」
ディアナがカミラをここに連れてきた理由が、わかるような気がした。
「だけど、いてくれるだけでよかった。近くにあいつの体温があるだけで、あたしには十分だったんだよ。支えるとか支えられるとか、そんなこと考えてなかったけどね」
なんと言ったらいいかわからず、ただ黙ってうなずく。
「あたしとバーナードにもプライドはあるからね、詳しいことは話さないよ。だけど、あたしもバーナードがいなかったら、今こうしてないだろうね。どうしてたかはわかんないけどさ」
バーナードがカミラに言ったのと同じセリフ。
「カミラちゃんも、エヴァンを支えたいって言うけどね、隣にいて安心できる存在だったら、それでいいんだよ。安心ってのは、片方だけがするもんじゃない。あんたがエヴァンの隣で安心できるのなら、それはエヴァンにとっても同じことだからね」
バーナードとディアナが互いに安心できるように。
「私は、エヴァンの隣に、立てているんでしょうか」
「勘違いすんじゃないよ。戦闘のときに守られるから隣に立ててないって考えるのは、間違ってる」
「そうですか?」
カミラは、いつだってそう考えてきた。
「あたしだって、どっちかって言うと、バーナードに守られることが多い。目の前に強い魔物がいたら、どうしたってバーナードが戦うことになる。瞬間移動ができても、強い魔物を倒すだけの威力はあたしには出せないからね」
エヴァンがリヴァイアサンと戦うときに言っていた。A級のひとりは剣を使うから水上では戦えない。もうひとりはリヴァイアサンを倒すには火力が足りない、と。
「だけど、あたしがバーナードに守られてる、あたしの方が下だって、思わないだろう?」
「はい」
そうはまったく思わない。
「強い魔物に手が出さないなら、あたしは他の魔物がバーナードの邪魔をできないようにすればいい。スタンピートの前にも言ったけど、あいつが気持ちよく戦って勝てるような舞台を作るんだよ。それが、あたしとかカミラちゃんみたいなサポートの仕事」
ディアナからは、その仕事に対する誇りが感じられる。
「あいつが前線で戦って負けないことを知ってるから、あたしはサポートに専念できる。あたしがサポートでミスしないことを知ってるから、あいつは自分の戦闘だけに集中できる。それが隣に立つってことだって、あたしは思うよ」
ディアナが、かっこよく見えた。堂々と、迷いなくそう言えるディアナが。
「今はあんまり一緒に戦わないけどね。でも、一緒にやると思うんだよ。あいつと組むのが一番やりやすいってね」
「私は、エヴァンにそう思われてるんでしょうか」
「その自信がついたら、A級になりに来な。応援してるからさ」
ディアナがからりと笑う。
「はい」
やはり話を聞けてよかったと思う。
「じゃあ、戻ろうか。ずっとここにいるわけにもいかないからね」
差し出されたディアナの手を強く握った。




