27. エピローグ
カミラと話していると、テントからアリシアとユリシーズが出てきた。なぜか、アリシアは黒い服を着ている。
「アリシア!」
カミラがかけよる。
「大丈夫?」
「大丈夫よ。ありがとう」
なにか、違和感がある。アリシアに近づき、じっと見る。
「どうしたの?」
「アリシア……。もしかして」
生きている人間には、気配がある。それが、ない。
「死んで……?」
アリシアはここにいる。死んでいるはずがない。だが、生きている感じがしない。
「生きてはいないわね」
「どういうことだ?」
「俺の邪気で操ってんだよ。体自体は、一回死んでる」
ユリシーズがなんてことないように言う。
「そう、か」
それ以外に、なんと反応すればいいのか。
「だから、あのローブじゃないの?」
アリシアの白いローブ。イマリナのダンジョンで邪気を受け入れるときに脱いでいたということは、あれは聖気と相性のいいものだったのだろう。
「それもあるけど、もう教会に戻るつもりはないから」
「俺の隣にいるんだったら、黒の方がいいだろ?」
その言葉でだいたいわかった。アリシアは、人として生きていく気はないのだ。だから、ローブも捨て、黒をまとった。
アリシアは軽く言っているが、これまでの人生で積み上げてきたもののすべてを捨てるというのは、どれだけの覚悟がいることなのだろう。アリシアだからこそ、できたことなのかもしれない。
「教会に戻る気はないってことは、どうするんだ?」
「悪いけど、死んだことにしてちょうだい。スタンピートで魔物にやられたって。スタンピートなら、死体が残らないこともおかしくないでしょう」
「わかった」
今回、ディアナが頑張ったからか、死人はいない。その功績に傷をつけるのは申し訳ないが、仕方がない。そうするより、他はない。
「城に戻るの?」
カミラが死の領地の方に目を向けて聞く。
「とりあえずは。あそこ以外に休める場所がねえし」
「私もこの体に慣れないといけないから、しばらくは動くつもりはないわ」
アリシアの体のどれくらいをユリシーズが操っているのかは知らないが、他人の体を操作するとなるとかなり難しそうだ。それを平然とやってのけるのだから、ユリシーズの器用さを思い知らされる。
「じゃあ、会いに行くから」
「今度は怪我なく来れるといいな、エヴァン?」
「うるせえ」
ニヤリと笑ったユリシーズの顔にいらつく。だが、いつもの調子に戻って、本当によかったと思う。あの不機嫌な様子だったら、国すらも滅ぼしかねない。
「活躍を聞くのを楽しみにしてるわよ」
「あんなところまで、うわさは届かないだろ」
「ユリシーズなら聞けるでしょう」
思わずつっこんだが、アリシアにあっさり返される。
「お前らの恥ずかしいできごとまで、全部知れるぜ」
「やめろ」
どう誇張されるかわかったものではない。
「まあ、俺も楽しみにしてる」
ユリシーズのことだから、どうでもいいとか言うと思っていた。だから、そのセリフがひどく意外だった。
それが顔に出ていたのか、ユリシーズがまたニヤリと笑う。
「おもしろい人間は好きだからな」
「おもしろい人間って、すごいバカにされてる気がするんだけど」
カミラが頬を膨らませる。
「つまらない人間よりはいいだろうよ」
やっぱり褒められている気はしないが、まあいい。そこをつっこんだところで、何にもならない。ユリシーズに褒められたいわけでもない。
「怪我してまであそこに来てほしいとは思わないもの。強くなって、会いに来てちょうだい」
城に「行く」のではなく、「来る」。アリシアの居場所は、あの城なのだ。
「そういや、アリシアの家ってどうするんだ?」
「教会が片づけてくれるわよ。ふたりの私物があるんだったら、早めに引き上げた方がいいわ。教会が片づけたら、もう返ってこないわよ」
私物は置いていない。だから、それは心配ない。
「それから、ディアナさんによろしく伝えておいてくれる? 口が軽い人じゃないから、生きてるって伝えてもいいわ」
「いいのか?」
「言いふらすような人じゃないでしょう。それに、悲しませたいわけでもないし」
「バーナードさんは?」
そう聞くと、アリシアがかすかに目を細めた。
「こういう会話をしていると、本当に死んだんだって思うわね」
「今さらだろ」
「わかってるわよ。文句が言いたいわけじゃないわ」
テントの中でどういう会話があったのかはわからない。だが、ユリシーズとアリシアがこうしてふつうに話しているのを見るのは初めてだった。打ち解けるような何かがあったのか、つっぱって言い合いをする必要がなくなったのか。
「エヴァンとカミラが話してもいいと思った人には話していいわよ。ふたりが言いふらすとは思っていないから、任せるわ」
「わかった」
そうやって信頼されると、命令される以上にいい加減なことはできないものだ。
「知られたところでかまわないのよ、別に。私がユリシーズに連れ去られたって思われるだけでしょう」
「俺は人間を敵にまわす気はねえよ」
「大丈夫よ。たぶん、根拠のないうわさとしか思われないわ」
おそらく、そうだろう。魔族が巫女を連れ去るなど、安っぽい劇ですら使われなさそうなネタだ。
「アリシアちゃん」
うしろから声が聞こえ、振り返る。ディアナとバーナードが来ていた。カミラがこめかみを押さえている。どうやらテレパシーで呼んだらしい。
「ディアナさん、大丈夫ですか?」
さっきよりは、顔色がいい。本調子とまではいかなさそうだが。
「大丈夫。ちょっと休んだからさ」
「ディアナさん。いろいろとありがとうございました」
アリシアが頭を下げる。
「顔上げな。いいんだよ。元気そうだね」
「はい」
バーナードがユリシーズを見て、
「こりゃ、かなわねえな」
とつぶやいた。
「俺にかなうやつなんていねえよ」
ユリシーズがそう返すのだから、失礼と言うべきか、なんと言うべきか。
「そろそろギルドの人がこっちにも回ってくる。見つからないようにしろよ」
スタンピートの片づけと後処理に、ギルドが来ているのだろう。ここは少し離れているが、時間的にそろそろ来てもおかしくない。
「じゃあ、行くか」
「またね。エヴァン、カミラ」
アリシアがそう言った直後、ユリシーズとアリシアが消えた。
「またねって、めずらしい」
カミラが、うれしそうに言う。たしかに、アリシアがそう言ったのは初めてかもしれない。アリシアは、会えなくなることを、いつだって覚悟していた。
「エヴァン。疲れてるところ悪いけど、壁壊すんだよ、ちゃんと」
「わかりました」
いつまでも、あんなところに壁を立てておくわけにはいかない。地面の土もかなり使ってしまった。今はいいかもしれないが、大雨が降ったら地盤が崩れかねない。
「カミラ。行くか」
「うん」
カミラがうなずき、エヴァンの手をつかむ。
これは、はぐれないため、そう心に言い訳しながら、その手を握り返した。
これで本編完結です。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
評価、コメントお待ちしています。
この後、番外編を三本載せる予定なので、そちらもよろしくお願いします。




