24. リーン編
テントの中にいた二人を外に転移させ、誰も入れないように邪気を調整する。
「ひっでえ顔色」
ユリシーズは近くにある椅子をアリシアの横たわるベッドに近づけ、腰掛けた。
「お前も、死ぬんだな」
アリシアの息は浅く、弱い。放っておいたら、勝手に死ぬだろう。
アリシアがひどい顔色をしているときなど、何回も見た。むしろ、健康的な色をしているときがほとんどないくらいだ。
だが、これまでのアリシアはどんなに顔色が悪くとも、生命力はあった。それが今は消えかけている。
「死ぬ気はなかったんじゃねえのか?」
答えはない。あるはずもない。聞こえてすらいないだろう。
ヒヒイロカネで戦えば、アリシアが倒れることくらい予想がついていただろう。エヴァンは、そういった。実際、倒れることは予想していた。だが、倒れてまで魔物を倒したとなれば、アリシアは英雄だ。教会も、邪険に扱うことはできない。聖地に長くいさせることもしないだろう。アリシア目当てに聖地に来る人が増え、聖気にあてられて体調を崩す人が出たら問題だからだ。
「死にかけるから、俺がここまでくる羽目になったじゃねえか」
アリシアが倒れることは予想していた。倒れて、他の巫女に助けられると思っていた。そして、教会で守られる立場となり、ふつうに巫女として生きていくだろうと思っていた。だから、「じゃあな」なんていう伝言を残したのだ。魔族のことなど忘れて、ふつうに生きろ、と。
死にかけたところで、他の聖職者に助けてもらえばよかったのだ。それなのに、エヴァンとカミラが頼った先が、なぜかユリシーズだった。
「変に頭は回るからな、あいつら」
教会がアリシアをよく思っていないことに、気づいたのだろう。たしかに、気づくようなことを言ったのはユリシーズだ。だからといって、なぜユリシーズに助けを求めるのか。
アリシアの胸元に手をあてる。弱いが、まだ心臓は脈打っている。生きている者の証。この心臓の拍動が、全身に血液をまわしている。これが止まったら、アリシアは死ぬ。
ユリシーズは、思わず乾いた笑いをもらした。
「血も涙もないやつとは思ってない、なあ」
ユリシーズは邪気の塊だ。物理的に、血も涙もない。血や涙を作ろうと思えば作れるだろう。ただ、それは体に必要なものではない。人とは違う。
それでも、エヴァンもカミラも、ユリシーズをただの邪気の塊だとは思っていないらしい。意思を持った、人と同じようなものだと、本気で思っている。それが、ひどく滑稽だった。
アリシアは、どう思っていたのだろう。ふつうに接しているその目には、いつだって恐れがあった。
「どうなんだか」
カミラとエヴァンは、ユリシーズの力を正しく把握していない。自分より強い、という程度にしか考えていないだろう。それも当然だ。冒険者にとっては自分がかなう相手かどうかが重要であって、どれくらいの差があるかはさしたる問題ではないだろう。それに、自分より弱い者は番付できても、強い者はどれくらい強いのかわからないものだ。
おまけに、味方だと思い込んでいるからか、エヴァンもカミラもユリシーズを怖がる様子はない。
だが、アリシアは違う。かなりの聖気を持っているアリシアは、ユリシーズの邪気の強さを正確に把握している。どれくらい差があるのかを、わかっている。ユリシーズが本気を出せば、アリシアひとりのことでは済まないことも。
そして、その邪気の強さを常に感じている。だから、アリシアの目にはいつもユリシーズに対する恐れもある。それでもふつうに接する、その精神力はどうなっているのか。
「ほんと、大した女だよ」
強気な女は嫌いではない。だが、それをアリシアに言うのはあまり正しくない。アリシアは、強気なのではない。強気なのではなく、強いのだ。
その強さは、今は感じられない。
恐れと冷たさと、いろんな感情をはらんだ人間らしい瞳も、今はまぶたの下だ。
「あいつらをアホって言う権利もねえなあ」
アリシアが今苦しい思いをしているのかはわからない。この手に少し邪気をこめれば、アリシアは死ぬ。苦しんでいるのなら、一瞬で楽にしてやることができる。
それでも、自分で手をくだす気にはならない。だから、手を動かせないまま止まっているのだ。
死にゆく人間をじっと見ているのは、初めてだった。人を殺したことがないわけではない。それこそ、帝王と呼ばれるようになったころには、人のこともかなり殺していた。魔物や魔族と違って肉体が残るのは好きではなかったが、逆らってくる者を生かしてやる気もなかった。
エヴァンのことも、生かす気はなかった。たまたまユリシーズがとどめをささず、たまたまエヴァンの生命力がえげつないほどに強かっただけだ。死ななかったというだけでも驚いたのに、自分を探しているという。だから、おもしろいと思って目を治した。それだけだった。
ならば、なぜアリシアを殺さなかったのか。エヴァンに言われた言葉が、いやにひっかかる。いつものように「気まぐれ」の一言で、なぜか済ませられない。
だんだんと弱くなっていく鼓動を、手のひらで感じる。命が止まっていく。死とはこういうことなのだと、初めて実感した気がする。
「死ぬのを怖がる気持ちもわかる気がするんだけどな」
消えていく。そして、忘れられていく。それが自分の身に起こりうることなら、怖いだろう。起こりえないから、ユリシーズは怖いと思わないだけだ。
「しゃあねえな」
ユリシーズは、大きく息を吐いた。
いつまでも、こうしていても仕方がない。
「なんとかする、ってのがお望みだからな」
どうせ死ぬのなら、自分で手をかけなければおもしろくない。
「悪いな。アリシア」
右手から、邪気を放つ。ユリシーズからしたらたいしたことのない邪気。だが、体の中で邪気と聖気がまざってしまい弱っているアリシアには、強すぎる。
アリシアがかすかに痙攣する。
そして、心臓が止まった。




