23. リーン編
気が付くと、テントの前にいた。リーンに飛ばされたのだろう。
「エヴァン! 傷は?」
「傷?」
痛みは感じない。痛すぎて痛覚が狂ったかと思ってわき腹をみると、傷はあとかたもなく消えていた。
「大丈夫じゃないよね。治療しないと……」
「落ち着け。もうないから」
服は穴が開いているし血だらけだが。
「……傷もつかなくなったの? 人じゃなくなった?」
「だから、落ち着けって」
そういう反応をされるとは思わなかった。
「ユリシーズが治したんだろ」
それしか考えられない。
「ユリシーズって、治療できないんじゃないの? だから、エヴァンの左目も見えないんでしょ?」
「完全にだめになってた左目は無理でも、できたばかりの傷をふさぐくらいならできるんじゃないか?」
治療には向いていない。いやしの方向には使えない。ユリシーズはそう言っていた。
だが、治療するのが無理なら、その部分を作ればいい。なにも存在しないところから武器を一瞬で作ってエヴァンを刺したくらいだ。生物の肉をつくるくらいできるだろう。
「戻ってきてたのか」
声の方を見ると、バーナードとディアナが立っていた。
「中にいたんじゃないんですか?」
「気づいたら、ここにいた」
「転移させられたみたいだねえ」
ディアナがテントを見る。
「で、説得はできたのかい?」
「……おそらく」
自信はない。だが、最後のユリシーズのセリフ。あれは、そういう意味ではないだろうか。
「ディアナ、大丈夫か」
バランスを崩したディアナを、バーナードが片手で支える。
「きもちわるい」
ディアナがバーナードの肩に顔をうずめ、うめく。
「ディアナさん、大丈夫ですか?」
「ポーションの副作用だろ。休めば治る」
国に禁止されるほどの副作用のあるものを、短時間で二本も飲んだのだ。気持ち悪くもなるだろう。
「気が抜けたんだろ、お前は。いつも最後まで持たねえんだから」
「……うるさい」
バーナードがディアナの背をさすりながら、視線をエヴァンにうつす。
「他人の心配してる場合か、エヴァン。血まみれじゃねえか」
「傷はふさがってるんで、大丈夫です」
「そのわりに、顔色は悪いな。無理しないで休めよ」
バーナードが、ディアナをかつぐ。ディアナはかなり背の高い女性だというのに、それを軽々と。しかも、気持ち悪いというディアナを刺激しないためか、揺らさないで。
「こいつ休ませてくる。なんかあったら呼べ」
「ありがとうございます」
バーナードが離れる。
「ねえ、エヴァン」
「なんだ?」
うしろにいたカミラに話しかけられ、振り向こうとする。だが、視界がゆがんで思わず座り込んだ。心臓が妙に激しく脈打っている。
「大丈夫? やっぱり傷治ってないんじゃないの?」
「……血がたりねえ」
バーナードに顔色が悪いと言われるのも当たり前だ。完全に、血がたりていない。
「どういうこと?」
「たいしたことないから、大丈夫だ」
傷は治してくれても、流れた血は戻してくれなかったらしい。おかげで、指先はひどい色をしている。血の気がなさすぎる。
「で、何を言いかけた?」
「ユリシーズ、なんとかしてくれるかな」
「たぶん、な」
アリシアが心配でも、テントには入れない。ユリシーズが、邪気で結界をはっている。だから、ディアナとバーナードも外に放り出されたのだ。
「あそこにいることは間違いない。少なくとも、死にそうなやつをほっとけるような奴じゃねえよ」
なんだかんだ、優しいのだ。あの魔族は。冗談のようにやってのけるから、やさしさには見えないだけで。
「信じるしかないってのも、もどかしいよね」
カミラが、エヴァンの横に座る。
「なんか、今さら腰が抜けちゃった」
あのユリシーズは、怖かった。邪気が濃いとか、そういう身体的な恐怖ではなく、もっと精神的な恐怖。
エヴァンが踏み込もうとしなかった、ユリシーズの深淵。それを、無理やり覗き見たような気がした。あれをユリシーズはどんな思いで抱えていたのだろう。そして、おそらくアリシアがあれを受け止める羽目になる。
「まあ、大丈夫だろ」
くだらないことを言い合うくらいには、あのふたりは仲がいい。本人が聞いたら、怒りそうだが。
そして、アリシアも強い。あれくらい、簡単に受け止めそうだ。
「何が?」
「あ、いや。独り言」
考えているだけのつもりだったが、口に出していたらしい。
「ふうん」
カミラが、大きく腕を伸ばす。
「さっさと素直になればいいのに、あのふたりも」
「お前が言うか、それを」
「ちょっと、それどういう意味?」
エヴァンとカミラの関係は、なんなのだろう。ふと、そう思った。冒険のパートナー、相棒。そのひとことで終わらせられるようなものではない気がする。かといって、友達という言葉もしっくりこない。
ただ、カミラに笑っていてほしい。そう思うだけだ。カミラの未来に自分が必要なくなったときにどうするか、と聞かれたら、それは困るが。
「なあ、カミラ」
「なに?」
ユリシーズにあんなことを叫んだ、そのうちのいくつかは自分に返ってきたようだ。
「俺のこと、どう思う?」
「……へ?」
たっぷり五秒間はたってから、カミラが間抜けな声をもらした。
「どうしたの? いきなり」
「なんとなく」
これだけでごまかされるような女ではないが、ここでしつこく詮索するような女でもない。実際のところ、きちんとした理由などない。
ただ、しいて言うなら死にさらされたからだろうか。
「どうって言われても……」
カミラが顔をそむける。だが、その耳はかすかに赤い。
「いや、やっぱいいや」
「なんなの? 人が真剣に考えてたのに」
素直じゃないのはお互いさま。はなから、答えなんて聞く気はないのだ。




