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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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22. リーン編

 目を開けると、ユリシーズの城の目の前にいた。


「あたしはリーンに戻ってるけど、なんかあったらカミラちゃんから。こっち飛んでくるから」

「ありがとうございます」


 ディアナの顔色はよくない。それでも平気そうに笑うのだから、本当に強いと思う。


「じゃ、行くか」


 ユリシーズの城の扉を、蹴破る勢いで開ける。


「ユリシーズ!」

「何か、用か?」


 ユリシーズが眼前に現れ、一言ずつ区切るように言う。その瞬間、全身から冷汗が出た。


 ユリシーズの様子を一言でいうならば、不機嫌。これまで、へらへらしていても目が笑っていないことはよくあった。というか、本心から笑っているところなど見たことがないが。だが、それとは次元が違う。いつも以上に低い声と、全身からあふれる不機嫌なオーラ。それはもう、視線だけで殺されてしまいそうなほど。


「用がないなら、俺は消えるが」


 ひるんでいる場合ではない。


「アリシアが、倒れた」


 ユリシーズの表情は変わらない。空は青いのだと聞いても、同じ反応をするだろう。


「それで? それを俺に言う理由は?」


 城の邪気が前よりずっと濃い。立っているだけで、息がつまりそうなほどに。


 ユリシーズが意識して邪気を出していないのはわかっている。ユリシーズは、そこまでエヴァンとカミラに意識を向けていない。だから、この邪気は無意識。


 普段ユリシーズがどれだけ邪気を正確に制御しているのかが、わかった。こんな邪気を垂れ流していたら、弱い魔物は一瞬で消えるだろう。


 腹に力をこめて、息を吐く。ユリシーズの邪気は何度も経験している。少しは、耐えられる。


「そうなること、わかってたんだろ?」

「根拠は?」

「ヒヒイロカネを抜いたアリシアは、魔物と近接戦をするはめになる。邪気にあてられて倒れることくらい、お前なら予想ついたんじゃねえの?」


 本当は、こうしてゆっくり話している時間はない。だが、直球に頼んだところで、ユリシーズは動かない。


 希望がないわけではない。邪気の制御ができないくらい、ユリシーズの精神は不安定だ。それが何によるものなのかは知らない。だが、うまくいけば、ユリシーズを動かせるかもしれない。


「俺は、スタンピートをおさえた。アリシアひとりを対価に、何人を助けたことになる? お前らに、文句を言われる筋合いはない」


 軽い口調ではない。これが、ユリシーズの本性。


「まどろっこしい話して、どうするつもりだ? 俺相手に、通用するとは思ってないんだろ?」


 ユリシーズには、全部読まれている。そして、今回はその茶番に乗ってくれる様子はない。


「アリシアを助けて」


 カミラが言った。邪気のせいか顔色は悪く、膝もかすかにふるえている。だが、声はまっすぐだ。


「あんたの、せいでしょう。アリシアを助けて。なんとかして」


 これ以上ない、直球の願い。だが、ユリシーズはピクリとも動かない。


「俺は取引に乗っただけだ。倒れたのは、あいつの自業自得。たとえ死のうが、俺の知った話じゃない」

「ふざけるな!」


 頭で、なにかがキレた。


「アリシアが、なんでお前に取引を持ち掛けたと思ってる? お前なら、なんとかしてくれるって思ったからだろうが!」

「だから、それに俺は関係ない」

「スタンピートを押さえた? そんな取引、アリシアの持ってるものでできるわけないって、アリシアが気づかないはずないだろ。多少不公平だろうが、お前なら受けてくれるって思ったから、あんなことしたんだよ」


 ユリシーズは、基本的に人に興味はない。だから、たとえアリシアが命をさしだそうが、ユリシーズがスタンピートをおさえる理由にはならない。アリシアが何をしても、ユリシーズと公平な取引をすることは不可能だった。


 エヴァンがわかるくらいなのだ。アリシアがわかっていなかったはずがない。それでも、ユリシーズと取引をした。


「一方的な信頼を押し付けられても迷惑だ」


 ユリシーズの声にいら立ちがまざる。


「その一方的な信頼にこたえたのは、お前だろうが。ヒヒイロカネを抜くことが条件? それでアリシアが死んだところで、お前に利はない。だろ? 今ここで平然としてるくらいだからな」


 邪気のせいか興奮のせいか、息が上がる。


「なのに、お前は取引にのった。お前に得はなかったのに、だ。アリシアだったから、のったんじゃねえの?」


 ユリシーズは、いつだってアリシアには甘い。エヴァンやカミラに甘いように見えても、取引に一番関わっているのは、アリシアだった。


「前にここでアリシアが倒れたときも、お前は取引って言ってアリシアを助けた。だけど、そのときの俺への対価は庭を戻すことだった。どう考えても、釣り合わないだろ」


 そのときだけではない。


「カミラと俺が誘拐されたとき、お前は俺を助けた。アリシアに言い負かされて。だけど、あんなん負けじゃねえだろうが。話すって約束したが、その前に俺がくたばった。それだけの話だった。なのに、お前はアリシアに言い負かされたって言って、俺を助けた」


 あのときは気づかなかった。だが、少し考えればわかったことだ。


「お前は、アリシアには甘い。大事なんだろ? アリシアが」


 それ以外に、理由は思いつかない。


「勝手に人の心情を決めつけるのは、失礼じゃないか?」

「俺とカミラと話してるとき、お前はいつもへらへらしてた。べつに、楽しくはなかったんだろ? おもしろいとか言っておきながら」


 それがわからないほど鈍くなったつもりはない。


「だけど、アリシアと話すとき、お前は楽しそうだった。自分でもわかってんだろ」


 くだらないやりとりをしていたアリシアとユリシーズは、楽しそうだった。


 ユリシーズに一歩近づこうと、足を踏み出す。これ以上聞き分けないなら、胸倉をつかんでやろう、と。


「近寄るな」


 ユリシーズが右手をエヴァンに向かって振る。


「は?」


 一瞬、理解が追い付かない。


「ぐっ……!」


 わき腹が焼けるように熱い。体のバランスがたもてず、膝をつく。


 左のわき腹に、黒い長いものが刺さっている。完全に、貫通している。


「エヴァン!」


 カミラにこたえようと口を開く。だが、出たのは言葉ではなく、血だった。口を押さえた手が、真っ赤に染まっている。


 肉が傷ついただけならまだいい。凶器が傷をふさいでいるから、すぐ死ぬような出血ではない。


 だが、血を吐いたとなると、内臓まで傷がいっている。長くは、持たないだろう。


「噛んで!」


 カミラが布を投げてよこす。エヴァンはそれを歯で噛んだ。これで、うっかり舌を噛むことはない。


 頭がショートしたのか、痛みをどこか遠くに感じる。


 暴走しそうな魔術を押さえる。今魔術が暴走したら、確実に自爆する。


「ああ、もう!」


 カミラが叫び、ユリシーズにつめよる。


「信じられないんだけど。何がしたいの!?」

「お前らが勝手にここに来たんだろ」


 ユリシーズが、変わらない瞳でエヴァンを一瞥する。


 だが、確実にユリシーズは動揺している。エヴァンに刺さった瞬間、ユリシーズは一瞬だけ驚いたような顔をした。当てるつもりはなかったのか、そもそも出す気がなかったのか。どちらにせよ、ユリシーズが力の制御ができないほど不安定なのは、間違いない。


「アリシアはね、無駄な時間が嫌いなんだよ。なのに、ユリシーズとの言い合いはしてたわけ。その意味がわかんないほどバカじゃないでしょ!」


 カミラがユリシーズの胸倉をつかむ。だが、ユリシーズは抵抗しない。


「アリシアは、あんたといるときが一番楽しそうだった」


 泣きそうな、それでも揺らがない声。


「私は、ユリシーズが血も涙もないやつだとは思ってない。アリシアを助けたいんじゃないの? そうじゃなかったら、本気でどうでもいいんだったら、私たちの用件を聞いた時点で追い返してるでしょ!」


 カミラの肩が震えた。顔をしかめ、ユリシーズから手を放す。


「アリシアの息が弱くなってるって。私たちは、帰る」


 バーナードかディアナからテレパシーが来たのだろう。ディアナが迎えにくるのなら、ここで倒れているわけにもいかない。


 刺さっている棒が動かないように押さえ、痛みをこらえて立ち上がる。


「もしこれでアリシアが死んだら、一生恨んでやる!」


 カミラの頬を、涙が一筋つたう。


「ほんと、お前らアホだよな」


 ユリシーズが言う。


「まあ、そういうやつは嫌いじゃない」


 ユリシーズが指を鳴らすと、また浮遊感に襲われた。

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