21. リーン編
少しだけ残っていた魔物を魔術で倒す。
「これで、終わりか」
ディアナが言っていたほどは魔物は多くなかった。ユリシーズが何かをしたのかもしれない。
「疲れた……」
思わず座り込む。下腹が少し熱い。オーバーヒートを起こしかけている。これ以上魔物が増えていたら、ポーションを飲む羽目になっていただろう。
『エヴァン、大丈夫?』
『大丈夫だ。そっちは?』
カミラの姿は見えない。
『私は大丈夫。けど、アリシアが……』
『怪我か?』
怪我だけなら、巫女に治してもらえる。だが、それにしてはカミラの様子がおかしい。
『怪我はしてないんだけど、意識がなくて。とりあえず、こっち来られる? 下の私のテントにいるから』
『わかった』
『ディアナさん呼んだ方がいい? 壁から降りられる?』
カミラがどれだけ混乱しているのかがわかった気がする。
『壁作ったのは俺だ。降りられる。すぐ行くから、じっとしてろ』
土魔術で階段を作ってもいいが、そんなに余力は残っていない。
「飛び降りるか」
そうつぶやき、壁から飛び降りる。着地の寸前に上向きに風を起こし、勢いを殺す。
「っと、あぶね」
バランスはくずしたが、怪我なく着地はできた。
目の前には、治療のための大きなテントがある。そこから奥に目をうつすと、カミラのテントがあった。
テントの中に入る。
「エヴァン。こっち来て」
ベッドの横の椅子に座っていたカミラに手招きされる。
「アリシアは?」
カミラの指の先には、アリシアがベッドに横たわっていた。外傷はなさそうだが、意識はない。
「気絶してるだけか?」
それにしては顔色は悪いし、息も荒い。
「わかんない。でも熱があるし、どうしたらいいかわかんなくて」
「倒れたのはいつだ?」
「ディアナさんがアリシア拾いに行ったら、その瞬間に倒れたって。ディアナさんは、緊張が切れただけだろうから、寝かせておけばいいって言ってたんだけど、でもなんか苦しそうだから……」
疲れて倒れただけならまだいい。休めばなおる。
「カミラ。バーナードさんとつなげるか?」
「できるけど。なんか聞くの?」
「ヒヒイロカネが、持ち主の能力を超えて操ることがあるか聞いてくれ」
カミラが首を傾げ、こめかみを押さえる。
そして、うなずいた。
「あるってさ」
「じゃあ、それで怪我したとか、筋肉痛になったとかは?」
また黙ったカミラが、今度は首を横に振る。
「それはないって。無茶な動きしても、疲れないし痛みもないみたい」
「わかった。ありがとう」
こめかみから手をはなし、カミラがエヴァンと目を合わせる。
「何が知りたかったの?」
「ヒヒイロカネは持ち主を操るだろ? で、もし持ち主の能力を超えた動きをヒヒイロカネが持ち主にさせたとき、どうなるのか知りたかったんだよ」
アリシアを見る。
「もし、無理な動きをさせられて怪我をしたり痛めたりするんだったら、アリシアがこうなるのもわかる。使ったことのない小刀で戦ったら普段と体の使い方も違うから、かなり疲れるだろうし、筋肉も傷ついたりする」
「でも、ヒヒイロカネを使ったら疲れないし、痛めたりすることもない。ってことは、そのせいでアリシアが倒れたってことはない、か」
カミラが、アリシアの額の汗をぬぐう。
「巫女にみせたのか?」
「ううん。アリシアが教会でどう思われてるかわかんないから、あんまり信頼できないし」
「それもそうか」
アリシアがずっと聖地にいることになったのは、いやがらせかもしれない。それにどれだけの人がかかわっているのかは知らないが、それでも教会の人間を信用はできない。
「アリシアが倒れたのって、二回目だよな……?」
「そうだよ」
なにかが頭に引っかかる。アリシアが前に倒れたのは、いつだったか。
「前は、ユリシーズとやりあった後か」
「聖気の使いすぎだって、ユリシーズは言ってたけど」
あのとき、アリシアはユリシーズと戦って倒れた。そして、今回は魔物と戦って。
「邪気って意味では、ユリシーズも魔物も一緒なんだよな」
ユリシーズも、魔物も、邪気の塊にすぎない。強さは違えど、聖気を使うアリシアから見たら、おそらく同じようなものだ。
「じゃあ、アリシアは聖気を使いすぎたってこと?」
「アリシアは、小刀で魔物を倒した。ってことは、かなり至近距離で魔物の邪気を浴びているはずだ」
魔物が邪気の塊なら、その魔物を倒したらその邪気は空気中に戻る。
「それから身を守るためにそうとう聖気を使ったんじゃないか?」
「あとは、邪気にあてられた、とか?」
カミラがつぶやく。
「防御しきれないだけの邪気をあびたら、そりゃアリシアに悪いよね。アリシアは聖気に近いんだから」
「だけど、イマリナのダンジョンのとき、アリシアは邪気を受け入れてただろ?」
あのとき、アリシアは邪気を受け入れ、ルイに幻覚を見せられた。少し顔色は悪かったものの、倒れるほどではなかった。
「あれはさ、幻覚を見せるためだけのものでしょ? だから、頭にしか影響受けなかったんじゃない? それに、あれって邪気の濃さはそんなでもなかったんでしょ。今回の方が邪気が濃かったんだったら、アリシアにめちゃくちゃ悪影響が出てもおかしくなくない?」
「その可能性はあるか」
どちらにせよ、邪気のせいには違いない。
「だとしたら、浄化してもらえばいいか」
「でも、浄化できる巫女ってほとんどいないんだよ。それに、浄化できる中でもアリシアって強いんだよね。そのアリシアが倒れたのを、なんとかできる人なんている?」
「だって、他にできることもないだろ?」
様子を見ていてもいいが、こんなアリシアは見ていられない。
「あとは……」
そのとき、アリシアの喉が短く鳴った。
「アリシア?」
あきらかに、さっきよりも呼吸が浅い。触れると、尋常ではない熱さを感じる。
「まずくねえか、これ」
「どうしよう……」
ひとつだけ、方法はある。だが、うまくいくとは限らない。
「ユリシーズに頼るか?」
それしか思いつかない。アリシアの細かい状態はわからないが、ユリシーズならなんとかできるだろう。問題は、ユリシーズに言うことを聞かせられるかどうか。
「……無理だよ」
「カミラ?」
カミラがそう言うのは、めずらしい。
「助けてくれるかもしれないだろ」
「だから、無理なんだって。気づいてなかったの?」
いらだった声。
「なんで、ユリシーズがわざわざ『じゃあな』なんて伝言残したと思ってるの? ユリシーズは、もうアリシアに会う気はないんだよ。だから、アリシアもあんな反応したんでしょ」
ユリシーズの伝言を聞いたとき、アリシアは「上等じゃない」と言った。考えてみれば、そうだ。ただの別れのあいさつに「上等だ」と返す人はいない。アリシアは、二度と会わないという言葉に「上等じゃない」と返したのだ。
「それが、どうした」
ユリシーズの言うことをおとなしく聞いてやる義理はない。
「会いに行けばいい。だろ?」
「……うん」
カミラが顔を上げる。
「カミラ。ディアナさん呼んでくれ」
「わかった」
その直後、テントの外で音がした。
「どうしたんだい?」
ディアナが入ってくる。
「ディアナさん。俺らをユリシーズのところまで飛ばしてくれませんか?」
「場所は?」
それが問題だ。ユリシーズの居場所がわからない。城のような気はするが、そうでなかったらどうしようもない。ただでさえスタンピートで疲れているであろうディアナに、何回も瞬間移動してもらうわけにもいかない。
「カミラちゃん。バーナード呼びな。たぶん近くにいるから」
「わかりました」
少しすると、バーナードが入ってくる。
「どうした?」
「バーナード。ユリシーズの居場所、探せるね?」
「ユリシーズって、魔族のか? 探してどうする?」
理由を話す時間はない。
「どうしてもなんです。お願いします」
「……探してやるから、生きて帰ってこい」
バーナードが背中の大剣を手に持ちかえる。
「ちょっと黙ってろよ」
バーナードが目を閉じる。かすかに殺気が広がる。
『バーナードさん、なにしてんの?』
『たぶん、殺気で強いやつを探してる』
ヒヒイロカネは、動物的な本能を引き出す。それを思い切り使えば、強い敵のありかもわかるのだろう。
やがて、バーナードが目を開けた。
「死の領地の真ん中らへんに、邪気がかなり濃いところがある。そこに、いる。それだけわかればいけるか?」
「はい。ありがとうございます」
ユリシーズがいるのは、城だ。
「エヴァン、ポーション使ったかい?」
「使ってません」
「じゃあ、もらっていいね」
手を出したディアナの肩をバーナードが引く。
「二本飲んだらどうなるか、わかってんのか?」
「わかってるさ。けど、今から死の領地にふたりも飛ばせるほど体力残ってないんだよ。エヴァンとは、もとの使える魔術の量が違う」
エヴァンは、他人に比べて圧倒的に使える魔力が多い。つまり、オーバーヒートを起こしにくい。それに比べて少ないディアナは、スタンピートでかなり消耗している。
エヴァンからビンを受け取ると、ディアナがそれを喉に流し込んだ。
「すみません」
「なに言ってんだい」
ディアナが笑う。
「後輩のわがまま聞いてやるのが、先輩ってもんだからね。ほら、行くよ」
「バーナードさん、アリシアを頼みます」
「おう」
ディアナがエヴァンとカミラの手をつかむ。その瞬間、浮遊感に襲われた。




