7. ギアトーレ編
アリシアとカミラが向かい合って座る。
「何か話があるの?」
カミラはうなずき、アリシアを真っ直ぐ見据える。
「監視ってどういうこと? エヴァンを疑ってるの?」
アリシアは黙っている。
「エヴァンは人を殺すような人じゃない。あのとき眼帯をとったのだって、そっちが襲ってきたからでしょう。エヴァンは、危険な人じゃない」
拳を強く握る。
「確かにあの力は危ないものだけど、だからといってエヴァンが危険な人とはならないでしょう。だいたい、誰だって人を殺そうと思えば殺せるんだから、エヴァンだけ監視するのもおかしくない? 冒険者なんて、誰だってそれくらいの力は持ってるんだから」
カミラは自身を落ち着かせるように、深呼吸をする。その呼吸が震えていることは否定しない。
「危険だって言うなら、いきなり斬りかかってきたアリシアの方がよっぽど危険でしょう。ねえ、黙ってないで何とか言ってよ」
「言いたいことはそれで全部?」
アリシアの声のトーンは変わらない。
「とりあえず、答えて」
「答えるけれど、その代わり私が言い終わるまでは反論しないで聞いてくれる? 質問には答えるけれど、反論されたら話が進まないから。良いわね?」
口調は優しいが、有無を言わせぬ圧がある。
「わかった」
「エヴァンを監視するのは事実だけど、それはあなたが思っているような理由からじゃないわ。たかが一日だけど、見ていたら分かるわよ。エヴァンは人を殺すような人じゃない。私もそう思ってるわ」
「じゃあ、何で……?」
言いかけたカミラは、アリシアの目に制されて黙る。
「エヴァンの力は制御不能よ。それが問題なの。あの力に、エヴァンの意思は関係ない」
「でも、眼帯を外さなければいいんでしょ? それはエヴァンの意思なんじゃないの?」
「今は、そうね」
アリシアは、今は、と強調して言った。
「もしあの眼帯でおさえられなくなったら? もし左目以外からもあれだけの邪気が放出されるようになったら? 制御できないってことは、いつそういうことが起きてもおかしくないのよ」
そこに、エヴァンの意思は関係ない。
「エヴァンの力は強大よ。もしそうなったら、周りの人が巻き込まれて死ぬわ。一人二人ですめばまだいいけど、もっとひどいことになるかもしれない。そこははっきり言ってわからないのよ」
アリシアの眼が鋭くなる。カミラが思わずひるんでしまうほど。
「そうなったとき、あなた、エヴァンを止められる?」
「それは……」
「止めるには、殺すしかないわ」
淡々と、事実を述べる口調。
「それも、エヴァンの邪気に殺される前に。あなたにそれが出来る?」
カミラは唇をかみしめた。エヴァンが言っていた通りだ。アリシアは言い方はきつくとも、言っていることはすべて正しいのだ。
「エヴァンを……殺す?」
「そうするしかないわ。あれは人に止められるものじゃないもの。エヴァンの命を奪ってしまうしかない」
「アリシアには、それが出来るの……?」
アリシアがためらいなくうなずく。
「一瞬なら、邪気から身を守れる。そのときに、殺すわ」
「エヴァンが悪い人じゃないってわかってるのに、殺せるわけ?」
「本当のところは、そのときにならないとわからないわね。もしかしたらためらって殺せないかもしれない。そうならないとは言い切れないわ。だけど、今は覚悟を決めているわ。私は、巫女だもの」
「巫女なら、殺さないように出来ないの?」
すがるような声。それでも、言わずにはいられない。
「いざとなったら、それしかできないわ」
「だからって、何でエヴァンを殺せるの?」
「言ったでしょう。私は巫女だからって」
アリシアの声が諭すようなものに変わる。
「誰に対しても平等に救いの手を差し伸べるのが巫女なの」
「じゃあ、エヴァンも救えないの?」
「殺す以外にエヴァンを止めるすべはない。それをためらって多くの人を傷つけて死なせてしまったら、それは救ったことにはならないじゃない。エヴァンを特別扱いするわけにはいかないの。できないのよ」
それが、神の使いとしての矜持。アリシアの巫女らしさを、カミラは改めて感じた。それでも、黙って引き下がれるわけではない。
「だけど、エヴァンがかわいそう」
「カミラさん、あなた、二つ勘違いしてるわよ」
アリシアの声が冷たいものに戻る。人差し指を立てる。
「本当にその危険性を考えるのなら、今すぐにでもエヴァンを殺してしまうのが一番いいのよ。それが一番簡単で、安全なの。それでもそうしないで監視をするっていうのは、かなりの譲歩なのよ」
「譲歩……」
「エヴァンが元に戻れるように魔族を探すって言うから、私もそれにかけたの。これでも、エヴァンの望みをかなり聞いているのよ。それがひとつ目の勘違い」
アリシアが中指も立てる。
「ふたつ目に、たとえ殺さずに済んだとして、エヴァンが周りの人を殺してしまったのだとしたら、それをどうやって慰めるの? 慰めるって言い方はおかしいわね。でも、エヴァンは相当傷つくはずよ。他人の心のことだから勝手なことは言えないけれど、それじゃエヴァンは救われないと思うわ。生きていさえいればいい、なんて言葉もよく聞くけど、それが常に正しいとは限らないわ」
胸もとの羽に触れる。
「一生、その重荷を背負って生きさせるの?」
「それは……」
いつの間にかうつむいていたカミラが顔を上げ、ためらいながら口を開く。
「でも、それでも生きることを望むかもしれない。エヴァンは死を望むような人じゃない」
「それはわからないわよ」
「だけど、それは殺していい理由にはならない」
アリシアが小さく微笑んだ。
「そこまで言えるなら大丈夫かもしれないわね」
「何が?」
「あなたがそこまで思っているのなら、エヴァンも大丈夫かもね、と言っただけよ」
たとえ、罪を背負ってしまったとしても。
「私も殺したいわけではないから、他に方法があるならそうするわよ。今はないだけで。だから、早く元に戻らないといけないわね。そのためには、できる限りの協力はするわよ」
「……私も、エヴァンを止められるくらい強くならないと」
「私が一緒に行くことに関しては問題ないわね?」
話の始まりはそこだった。
「うん」
「じゃあ、これからよろしくね。カミラさん」
「カミラでいい。私の方が年下だし」
アリシアがうなずく。
「アリシアっていくつ?」
「二十四よ」
「じゃあ、エヴァンより年上なんだ」
ならこれは、年相応の落ち着きなのだろうか。
「ねえ、アリシア。私はまだエヴァンに守られてるかもしれないけど、いつか絶対に横に並んでやるんだから」
「別に、私はカミラに能力がないとは思ってないわよ」
「そういうことを言ってるんじゃないって。宣言してるだけ」
人に言えば、その望みは形になりやすい。
「そう。じゃあ、がんばりなさい。神の祝福があることを願っているわ」
アリシアの顔がゆるむ。
「ところで、カミラは何の魔術が使えるの? 言ってなかったわよね?」
「風と、血術ふたつ。テレパシーと空間収納」
「血術ふたつ? 初めて見たわ、そんな人」
エヴァンと同じような反応をする。
「だけど、やっと納得がいったわ」
「何が?」
「二人とも不自然に黙り込むときがあったし、家の方が広いのにテントに泊まっているし。あげく私までテントに泊まれるって言うんだもの。何かあるとは思っていたけれど」
アリシアは不自然さに気づいた上で何も言わなかった。これが処世術だろうか。
「もうエヴァン呼んでいい?」
「ええ。私はいつでも」
殺すとか殺さないとかいう話をしていたら、エヴァンの顔が見たくなってしまった。カミラはテレパシーで呼び出す。
『エヴァン? 終わったから入ってきて』
『平和に終わったか?』
『だから、そこまで子どもじゃないってば』
アリシアに比べたら、かなり子どもかもしれないが。