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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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20. リーン編

 スタンピートから、少し離れた森の中。


「よお」


 スタンピートの様子を眺める男の前に、黒い服の男が降り立つ。


「高みの見物とは、いいシュミしてんな」

「誰だ、お前」


 警戒する男に、秀麗な顔がおもしろそうに笑う。


「おや、まあ。もしかして、俺のことご存じない?」

「……知らねえよ、お前なんて」

「そいつは、ずいぶんな世間知らずもいたもんだな」


 あきれと、蔑み。


「なんだ、知られてねえことが悔しいのか? あいにくだな、てめえなんて知らねえよ」

「いや、知らないお前の頭を哀れんでるだけだ」


 淡々とした声。


「お前のご主人様は知ってるはずだぜ。呼んでやれば?」

「呼び出すまでもない。俺がお前を倒す」

「身の程知らずはかわいいとこもあるが、お前みたいなやつは願い下げだな」


 まわりの邪気が濃くなる。それに腰を抜かした男が叫ぶ。


「レナード!」

「いきなり呼び出すな。って、ユリシーズじゃねえか」


 魔族が男とユリシーズの間に現れる。


「もうちょっと強そうな魔族が来ると思ってたんだけどな」


 ユリシーズがつまらなそうに言う。


「なんだ、俺のこと知ってるのか?」


 レナードが、邪気を放つ。だが、ユリシーズが軽く手を振ると、霧散した。


「知る価値もねえよ。お前みたいな雑魚」

「帝王は健在だな」

「帝王?」


 腰を抜かしていた男がつぶやく。


「逆らう者には容赦なく、誰の味方になることもない。その圧倒的な残虐さと強さからついた名前が、帝王ユリシーズ」

「ほんと、恥ずかしいあだ名付けてくれるよな」


 レナードの解説に、うっとうしそうにユリシーズがうめく。


「もっとも、最近はぬるくなったみたいだけどな。ずいぶん、力も落ちたんじゃねえの?」


 ユリシーズは答えない。ただ、黙って腕を組んだ。


「帝王も落ちたもんだな」

「スタンピートを起こしたのはお前らだろ?」


 煽りにはのらず、ユリシーズが聞く。


「それが、どうかしたか? もしかして、人間を守りたいとか?」

「いや、人に興味はない」


 レナードがにやりと笑う。


「だったら、いいだろ? 魔族も魔物も殺されなくなるんだよ、人がいなければな。人間は魔族の怖さを忘れてる。それを思い出させてやれば、俺らが人を従えることもできる。それとも、人を殺すなんて怖くてできないか? 逆に倒されそうで?」

「人に殺される程度の弱っちいやつなんて、生きてる意味もないんじゃねえの」


 ユリシーズは、鼻で笑うことすらしない。


「人を操って俺のとこにけしかけたのもお前らだな?」

「ああ、そうだよ」

「それを考えたのは、そこの人間か」


 やっと腰を抜かした状態から立ち上がった男を、ユリシーズが指さす。


「なんで、そう思う?」

「魔族は、人とは比べ物にならないくらい強い。だから、ふつうは人に興味がねえんだよ。倒す価値すらないからな。まして、人を操るなんてまどろっこしいことをする意味もない。思いつきすらしねえだろうよ。それなのにやったってことは、入れ知恵したやつがいる。それが、こいつだろ?」

「ああ、そうだよ。従順な人間は便利だからな」


 ユリシーズが肩をすくめる。


「本音を言うと、お前は思いつかないんだよ、絶対に。魔族の知能は、その強さに比例するからな。お前程度の魔族が、そんなことを考えられるわけがない」

「バカにしてるのか」

「お前らなんて、バカにする価値もねえよ」


 ユリシーズにつかみかかろうとしたレナードが、邪気におさえこまれる。


「ただ、俺は優しいからな。事実を教えてやるよ。帝王直々の教えだ。よく聞いとけ」


 ユリシーズがスタンピートの方に指を向ける。その瞬間、人の里に近づいている魔物の大半が吹き飛んだ。


「人を倒さないといけない。そんなこと考えてる時点で弱いんだよ。わざわざそのへんを飛んでる羽虫を全部殺そうとするか? しないだろ。それと同じだ。人間なんて、倒す価値すらない。それが、俺が人に手を出さない理由だ。お前らとは、格が違うんだよ」


 口を開くことすら許されないほどの圧。


「ちなみに、俺からしたらお前らも羽虫同然だ。だから、何もしないうちは放っておこうと思ってたんだけどな」

「……なにを、する気だ」

「遠くを飛んでる羽虫を殺すことはしなくても、顔の近くを飛び回ってたら殺すだろ? それと同じこと」


 ユリシーズがレナードの顎に手をかけ、目を合わせる。


「少々おイタが過ぎるんじゃねえの? そういうやつには、しつけが必要だよなあ」


 妖艶なほほえみ。だが、目はまったく笑っていない。


「しつけって、何を……?」

「帝王のすることなんて、ひとつに決まってるだろ?」


 レナードの顔がこわばる。


「そういうことは、しないんじゃないのか、最近は」

「勘違いするなよ。俺に逆らうやつがいないから、殺しもしなかっただけだ。甘くなったつもりはねえよ」

「人間と仲良くしてるって聞いた。それが理由か?」


 かすかにユリシーズの手がゆるむ。そのすきにレナードが一歩下がり、笑う。


「なんだ、図星か?」

「お前さ、俺を怒らせてどうしたいわけ? ひどくされたいとか、そういう性癖?」


 ユリシーズの声が、一段と低くなる。


「昔の話をしてやろうか」


 ユリシーズが、半歩レナードに近づく。


「俺は昔、魔族も魔物も際限なく殺していた。俺に逆らったやつも、頭を下げたやつも、全部殺した。それこそ、帝王の名がふさわしいくらいにな」


 真っ黒な瞳は、何もうつさない。あるのは、底のない闇。


「死ねるのがうらやましかったんだよ。だから、殺した」

「どういう、意味だ」

「魔物も魔族も、生き物じゃない。だから、やろうと思えば死なないことも可能だ。だが、ふつうは他のやつに倒されて死ぬ」


 静かな、感情のない声が森に響く。


「じゃあ、倒されないほど強かったら、どうなる? 死なないんだよ。俺みたいにな。それこそ、永遠に生き続ける。お前なんかじゃ、想像もできないくらいの時間を」


 レナードが、一歩下がる。ユリシーズが、離れたのと同じだけの距離をつめる。


「その気持ちなんてわからないだろ? 死なないのがどういうことか、永遠を生きるのがどういうことか」


 わかってほしいとも思っていない話し方。


「それなのに、魔物も魔族も死にたくないって言う。死にたくないなんて、ぜいたくな願いだよな。永遠に生きる意味すらわからないくせに」

「……それで、殺したのか?」

「俺が死なないのに、そいつらは死ねるなんて、傲慢だろ? 俺に頭下げて、俺になんでもしますって言ったって、そいつは俺より先に死ぬ」


 ユリシーズが口角を上げた。すべての生き物が逃げだすような笑み。


「だったら、殺すしかないだろ? 生きるのが嫌になっても、俺は死なない。だったら、死ぬのが嫌なやつらは、死なないといけない。そうしないと、つりあいがとれない」


 ふたたび腰を抜かした男が、「狂ってる」とつぶやく。だが、ユリシーズもレナードも、そちらに見向きもしない。


「人も、いずれ死ぬだろ。殺そうとは思わないのか?」


 そう言うレナードの声は、かすかにふるえている。


「魔物と魔族は、死にたくないと言いながら、永遠に生きることを夢見ている。人は死にたくないと言いながら、いずれ必ず来る死におびえて生きている」


 ユリシーズが歌うようにそう言う。


「常に死におびえながら生きるのは、永遠に生きるのと近い何かを持っている。 だから、俺は人間は嫌いじゃない」

「だったら、俺は……」


 腰を抜かした男が立とうとする。だが、ユリシーズの邪気がそれを許さない。


「お前、もう人間じゃないだろ。心臓も、邪気で動かされてる」

「よくわかったな」


 レナードがつぶやく。


「そのくらい、見ればわかる」


 ユリシーズが笑う。凄絶な笑み。


「いいよなあ。お前らはこれから死ねるんだ。だけど、俺は死なない」


 ユリシーズの邪気が一気に濃くなる。レナードが膝をつく。


「だったら、殺すしかないだろ?」

「ふざ、けるな!」

「人を殺せば、永遠に生きられると思ったか?」


 邪気がどんどん強くなる。


「永遠の命を夢見た者に、帝王直々の罰だ。ありがたく食らっとけ」


 その瞬間、その場からすべてが消えた。レナードも男もユリシーズも、生い茂っていた木も。


 残ったのは、何もないむき出しの地面だけだった。

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