19. リーン編
カミラに詳しく聞こうとしたとき、ディアナが目の前に現れた。
「来るよ。準備しな」
「わかりました」
耳をすますと、地響きのような音が聞こえる。それに呼応するように、心臓の鼓動が速く、大きくなっていく。
「あんたはどうすんだい?」
ディアナがアリシアを見る。
「私は、下に降ります」
エヴァンが作った、壁の下に。
「大丈夫なんだね?」
「はい」
それは、魔物の間近で戦うということ。
「じゃあ、連れてくから、つかまりな」
「ありがとうございます」
アリシアとディアナが消える。
もう、戻れない。
「カミラ。ディアナさんが戻ってきたら、俺から離れてディアナさんの近くに」
「エヴァンの近くにはいない方がいい?」
「長距離の攻撃を放てる魔物もいる。その攻撃を俺に集めるから、近くにいない方がいい」
エヴァンが大量に攻撃することで、魔物のヘイトを集める。エヴァンの防御を破れるような魔物はいないはずだが、カミラを守る余裕があるかどうかはわからない。
「怪我したら、怒るからね」
「カミラもな」
戻ってきたディアナが、エヴァンの前に立つ。
「エヴァン。下にいるやつらに言いたいことある?」
「俺の攻撃範囲に入ったら死ぬって伝えてください」
「了解。じゃあ、カミラちゃんはこっち」
カミラに軽く手を上げると、カミラが手を上げ返す。
音がどんどん大きくなっている。エヴァンは、口角を上げた。
「ひさびさに、やりがいがありそうだな」
血がわき踊る。
魔物の姿が見えた。その直後に聞こえた爆発音に、カミラは思わず耳をふさいだ。
「始まったね」
ディアナがつぶやく。
「なんで、あんなに……?」
魔物はまだ多くない。あんな大爆発を起こす必要はなかったはずだ。それなのに、エヴァンはあれだけの爆発を起こした。
魔術の無駄遣いは、オーバーヒートを起こす。エヴァンにテレパシーで言った方がいいだろうか、と思ったとき、ディアナに肩をたたかれた。
「あれでいいんだよ。エヴァンだって、配分がわからないほどばかじゃない」
「ですが……」
「あれは、士気を上げてるんだよ。炎も、爆発音も、興奮させるからさ」
それに、とつけくわえる。
「後ろにエヴァンがいるから大丈夫だって、思えるだろう? あんだけの力を見せられたら」
それはたしかにそうだ。あの安心感は、大きい。
「スタンピート初めてのくせに、なかなかやるよ、ほんとに。本能なのか、策なのか知らないけどさ」
エヴァンのことだ。きっと、そんな難しいことは考えていないのだろう。それでも、背中を押される。
自分も、なにかしなければならない。
「私、何をしたらいいですか?」
「今はなんもしなくていい。温存してな」
カミラの不安に気づいたのか、ディアナが笑う。
「しばらくはエヴァンひとりでもおさえられる。そのあとも、下の冒険者だけでできることはやってもらう。あたしらの仕事はサポートだからね。今戦ってるやつらが疲れたときに、頑張らないといけないんだよ。だから、それまでは温存」
カミラは、大きく息を吐いた。言われた通り、今焦っても仕方がない。
「怖いかい?」
「怖いっていうか……」
説明できない。だが、何かすっきりしない。
「エヴァンの目、見てみな」
大魔術をガンガン使っているエヴァンを見る。その目を見て、ぞわっとした。
エヴァンが戦っているところを見たことがないわけではない。こんなに近くで見たことはなかったが、顔を見たことがないわけでもなかった。ダンジョンで戦っているときとはまったく違う。
いつも優しい目には、灼熱の炎が宿っている。目が合うだけで身がすくみそうな、らんらんと輝く強い瞳。
口もとには、敵を食いちぎりそうな笑みが浮かんでいる。
絶対的な強者の目。あんな目で見られたら、動けないだろう。勝てる未来が見えない。あのまま燃やされてしまいそうだ。
「すごいだろう?」
「……はい」
呆然と、うなずいた。
あの目に恐怖を感じないわけではない。だが、それ以上に、あの目と真っ向から向き合いたい。
「バーナードもそんな目をするんだよ。だから、あたしは負ける気がしない」
ディアナが押し寄せる魔物を見据える。
「あいつらが気持ちよく戦えるような舞台を整えるんだよ。それが、あたしらの仕事」
カミラはそれにうなずいた。体のもやもやは消えている。代わりにあるのは高揚感と、どこか胸の底にある冷静さ。
「いい目になったね」
そう言うディアナの目は、どこまでも鋭い。
「なんだ、以外と楽しそうじゃないか」
「……エヴァンに任されたので」
それが高揚感の原因だとわかっている。
これまで、ずっと後ろで守られていた。危ないところには、立たせてもらえなかった。これまでだったら、スタンピートがあるとなったら、リーンまで来ることをダメだと言われただろう。そこまででなくても、ここにはいさせてもらえなかったはずだ。
何が、エヴァンの認識を変えたのかわからない。だが、エヴァンが自分を対等に見ているような気がして、それが純粋にうれしかった。
「そうかい。じゃあ、それにこたえないとね」
下から高く魔術が上がった。けが人の合図。
ディアナが下に消える。カミラは、まわりを見渡した。エヴァンとバーナードの攻撃範囲は心配ない。カミラが手助けをしなければならないほど弱くない。下の冒険者も、今はまだ余裕がありそうだ。ならば、まだ動かなくていい。
紅の小刀が光をはじく。
「アリシア」
思わずそうつぶやいた。同じヒヒイロカネでも、バーナードとアリシアは戦い方がまったく違う。バーナードは、豪快で荒々しい。それに対して、アリシアは最低限の動きで魔物を倒している。繊細で、なのに大胆な動き。
あんな動きをするところは見たことがなかった。というより、アリシアが武力で制するところを見たことがなかった。前もって問題を片づけるか、聖気で消すか。だから、ヒヒイロカネを使うアリシアを見て、不安になる。ここまでやらなければいけない状況に。
だが、不安になっても何も変わらない。できることをやるしかない。
エヴァンに任されたのだ。ならば、期待を超える成果をだしてやろうではないか。




