18. リーン編
カミラに袖を引かれる。
「私、どうしたらいいの?」
「ディアナさんが何とかしてくれる。それを聞けばいい」
緊張しているらしいカミラの頭をなでる。
「なんか、ディアナさんって、すごいかっこいい人だね」
「そりゃ、あだ名がお姉さまだからな」
「それ初めて聞いたときはすごいあだ名だなって思ったけど、実際見たら納得できた」
あの迫力には、逆らえない。
「矢は大量に持ってるんだろ?」
「うん。それなりに」
「そしたら、この壁の上から苦戦してそうなところを援助できるか? 奥は俺がやるからたぶん問題ない。だから、手前の援助してくれ」
カミラがうなずく。
「わかった」
「あと、空から来たら俺に伝えるか、撃ち落とすかしてくれ。たぶん、上まで見る余裕がない」
「空からも来るの?」
顔をしかめたくなる気持ちはわかる。空から飛んでこられたら、この壁もなんの役にも立たない。
「飛んできたら、頼む。地上の冒険者にそこまでの余裕はないし、俺も自分で気づける自信がない」
「飛んでくるんだったら、視界送ったらかなり効きそうだね」
上空にいたはずなのに、視界がいきなり地面からのものになる。それは、かなり混乱するだろう。うまくいけば、地面に墜落するかもしれない。
「エヴァンは、どこにいるの?」
「俺も壁の上にいる。長距離の魔術を使うなら、見晴らしがいいところの方が使いやすい」
下手に地面におりたら、他の人を巻き込む。
「ディアナさんは?」
「ディアナさんも壁の上。瞬間移動できるから、怪我した人の救助をやってくれる。余裕があったら援護もしてくれるけど、たぶんそこまでは無理だな」
怪我をしたら、高く魔術を打ち上げるように言われている。それが、ディアナに助けを求める合図。
「バーナードさんも壁の上?」
「いや、下。剣で戦うからな、下にいないと意味がない。左を受け持つって言ってたから、そこがバーナードさんの場所だな」
「場所って、どういうこと?」
説明が悪かった。そう思い、言葉を付け足す。
「バーナードさんも、ずば抜けて強いからな。まわりに人がいると、巻き込まないように意識するから、力が出し切れない。だから、手前の左はバーナードさんだけ。で、奥全体は俺の攻撃範囲」
四方八方を敵に囲まれるというのは、一見絶望的な状況だ。だが、ある意味戦いやすい。
バーナードは強い。それも、エヴァンやディアナとは、強さの意味が違う。
エヴァンは、複数の魔術を同時に使うという、普通はできないことができる。それが、エヴァンの一番の強みだ。そして、ディアナは、瞬間移動という血術。だが、バーナードは違う。ヒヒイロカネを持っているとはいえ、戦い方は剣一本。他の冒険者と変わらないか、魔術を使わないぶんむしろ手札は少ない。それでも、A級なのだ。
その計り知れない強さを存分に出せるのは、まわりが敵のみのとき。
「ってことは、リーンの冒険者がいるのは手前の真ん中と右だけ?」
「そういうことだ。まあ、状況によっては変わるかもしれないが」
その辺は、今考えても仕方がない。
「ディアナさんから多少の指示は出るかもしれないけどな」
しきりに周りを見渡すカミラの頭に手を置く。
「そんな緊張するなって」
「だって、だって初めてなんだよ」
「それを言うなら、俺だってスタンピートは初めてだけど」
魔物と戦ったことは、数えきれないくらいある。それでも、スタンピートは初めてだ。
「でも、そのわりにリラックスしてるね」
「魔物を倒すってことに変わりはないからな。数が多くても、俺の魔術だったら関係ないし」
「まあ、一気に全部吹っ飛ばすもんね」
一体ずつ倒すわけではないから、数は問題ではない。
「時間が長くなるとオーバーヒートになりそうだから、それだけは心配だけどな」
「エヴァンがオーバーヒートになるときには、私はぶっ倒れてそうだけどね」
「まあ、大丈夫だろ。A級が三人いるし」
バーナードもディアナも強い。しかも、エヴァンとは踏んでる場数が違う。
「私もいるわよ」
「アリシア!」
カミラが叫ぶ。
「なんなのよ、いきなりいなくなったと思ったら、いきなり戻ってきて」
「いきなり戻ってきたことについては、ユリシーズに言ってちょうだい」
「ユリシーズはなんて?」
ユリシーズが敵にまわらないだけでも御の字だが。
「これ以上魔物が増えないようにはしてくれるわよ」
「ほんとに?」
「こんなところで、嘘はつかないわ」
カミラは純粋に驚いて、喜んでいる。だが、エヴァンの胸に不安がよぎる。
「条件は? ただじゃないだろ?」
ユリシーズが、ただで手を貸すわけがない。アリシアは切り札を使うと言っていたが、それでも何らかの負担をアリシアに強いるはずだ。
ユリシーズは、取引という形でしか接さない。その理由がわからないわけではないし、それを超えた関係になりたいとも思わない。だが、ときどき思う。その取引の結果、エヴァンやカミラ、アリシアが死んだら、ユリシーズはどういう反応をするのだろう。
「私がこれを使うこと」
アリシアが懐から小刀を取り出し、鞘を払う。
「うわ、ほんとにヒヒイロカネだ」
紅に輝く剣。
「小刀、使えるのか?」
アリシアは、長剣は使える。だが、それと小刀は使い方がまったく違う。
「ヒヒイロカネが教えてくれるわよ。そういう剣だもの」
人が剣を使うのではない。剣が人を操る。
「こういうふうに使ったことはないけど、わかるのよ。何とかなるわ」
「ならいいが」
慣れない武器を持つくらいなら、素手の方がいい。正しく扱えない武器は、むしろ自分を傷つける。冒険者になると、よくそう言われる。初めのころはかっこつけて武器を使おうとするが、やがてその事実を理解する。
だから、エヴァンも剣は魔術の補助としてミスリルを使う程度でしか使わない。うまく扱えないことを、誰よりもわかっているから。
「ねえ、アリシア。ずっと聖地にっていうのは……」
「カミラ」
アリシアが続きを制す。
「気になるのはわかるし、含みを持たせた私も悪かったけれど、詮索はしないのよ。あなたは冒険者なんだから」
絶対的な壁。アリシアが巫女であるかぎり、その差が埋まることはない。エヴァンとカミラが歩み寄ろうとしても、アリシアはその一線だけは絶対に許さない。どれだけ距離が近くなろうと、それだけは。
「だったら、なんでずっと一緒にいたの? そうそうに離れてくれたら、こんなに思わなかったのに」
泣きそうな声のカミラに、アリシアが大きく息を吐く。憂鬱そうなため息ではない。何かをおさえるような。
「……あなたがそうしたんでしょう。聖地までついて来ようとしたのはあなただし、死の領地から戻った後に私のところに顔を出したのもカミラよ」
アリシアはいつだって正しい。その正しさの奥には、踏み込ませてくれない。アリシアは、きっとそれをわかっている。正しいことを言われたら、それ以上に何も言えないことを。わかって、正論を言っている。
「それは、そうだけど」
アリシアが何かを言おうと口を開きかける。だが、カミラの肩がびくっとしたことで、止まる。
「どうしたの?」
「あの……ユリシーズが……」
言いにくそうなカミラを、アリシアが促す。
「無茶な要求?」
「いや、あの……」
やがて、意を決したようにカミラが言う。
「じゃあな。だってさ」
アリシアが目を開く。
「上等じゃない」
かすかに上ずる声。その顔は、光の加減か、見えなかった。




