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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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17 リーン編

 ディアナがいなくなった後、アリシアは首からかけていた魔石を取り出した。それを握りしめ、聖気を放つ。


 手の中から魔石が消えると同時に、目の前に人が現れる。


「お前に呼ばれるときがあるとは、思ってなかったな」

「使えるものは、なんでも使うわよ」


 その魔石に魔術か聖気を流したら、一度だけ話をしに呼ばれてやる。それが、ユリシーズが言ったこと。


「何の用だ?」

「スタンピートが起きることは、知ってるわね?」


 アリシアが腕を組み、ユリシーズを見据える。ユリシーズは、その瞳を真っ向から受け止めた。


「知ってる」

「それを、おさえてくれないかしら」

「それが用件なら、俺は帰るぜ」


 ユリシーズから邪気が放たれる。


「俺がお前の言うことを聞く理由はない。前にエヴァンとカミラを助けたのも、話をするって言っちまったからってだけの話だ。なんで俺がスタンピートをおさえないといけない?」


 ユリシーズがゆるりと笑う。目はどこまでも冷たいまま。


「それに、強い者とは相いれないんだろ? その相いれない者に一時的に助けてもらったら、どうなる? 魔族が人間を助けたってなってみろ。面倒じゃねえか」

「わかってるわよ。それくらい。だけど、あなたなら悟られずに何とかすることもできるでしょう」


 アリシアの瞳は、揺るがない。


「こっちに押し寄せてくるのを倒せとは言わないわよ。これ以上増えないようにしてほしいの」

「それは、お願いか?」

「今回のスタンピートは、自然に起きたものじゃないわ。起こされたものよ」


 ユリシーズの目がかすかに大きく開く。


「根拠は?」

「邪気に操られていた人を覚えているでしょう? それと同じ感じがするのよ。死の領地の邪気でも、魔物がふつうに持っている邪気でもない。なにか、違和感があるの」

「なるほど。それで?」


 アリシアが強気に口角を上げる。


「ここはあなたの縄張りなんでしょう? あなたのあずかり知らぬところでスタンピートを起こされるなんて、あなたのプライド的にはどうなのかしら?」


 ユリシーズは、縄張りを荒らされることを良しとしない。だから、操られた人の現れたギアトーレまで来たくらいだ。


「それで俺が勝手してるやつらを倒すとしても、それが今である必要はない。お前らを助けてやることと、関係ねえよ」

「まあ、そう言うでしょうね」


 ユリシーズがパチンと指を鳴らした。


「時間は気にしなくていい。ゆっくりしゃべろうぜ」

「何をしたの?」

「ここだけ時間の流れを遅くした」


 あきれたように、アリシアがため息をつく。


「何でもありね」

「わかってたことだろ。それで?」

「あなたが言うことを聞いてくれるのなら、なんでもするわ」


 アリシアらしくない捨て身の交渉に、ユリシーズが眉を寄せる。


「そこまで言う理由は? 自分を犠牲にしてでも他人を助けたい、なんてたちじゃねえだろ」

「ひどい言いざまね」

「ごまかすな」


 嘘偽りの許されない、鋭い空気。


「教会に捨てられたのよ。戻れないわ」

「捨てられた?」

「聖地にいるよう言われていたのは知っているでしょう。だけど、それですまなかったのよ。ふつう、浄化の巫女はスタンピートに駆り出されることはないわ。それなのに私が駆り出されたのは、捨てられたからよ。このスタンピートで死んで来いってこと」


 アリシアの声に、感情はない。


「だから、俺に命かけてもいいと? お前らしくねえな。こんなずさんなこと」

「あなたに命はあげるわよ。好きにしていいわ」

「死んでもいい、か?」


 その問いに、アリシアが笑う。


「あなたは私を殺さない。そうでしょう?」

「根拠は?」

「せっかくのおもちゃを殺すなんてこと、あなたはしないわ」


 おもちゃがきえちまうのはさみしい。そう言ったのは、ユリシーズだ。


「それでも、俺に好きにされていいと?」

「教会にいられないし、人の世にもいられないもの。社会的に殺されたようなものだわ」

「死にたくはないんだな」

「死にたがりだと思っていたの?」


 ユリシーズが、木にもたれる。


「俺の城で、死ぬ気で襲ってきたじゃねえか」

「まあ、あのときは死ぬ気だったわね。生きてる意味がなかったもの」

「ふうん?」


 アリシアが目を閉じ、また開ける。


「教会でも利用されるだけ。それで死ぬような任務に生かされたら、生きる気もなくなるわよ」

「今回も、同じような状況だろ?」

「あのふたりを残しては死ねないわよ」


 あのふたり。エヴァンとカミラ。


「へえ。そんなに大事になったんだな」

「初めて、私とふつうに話してくれたのよ。どんなことしても、離れようとしなかった。私ともう会えなくなるって聞いただけで、泣くくらい思われてるのよ。少しくらいうぬぼれてもいいじゃない。私に生きてほしいって、打算もなく純粋に思われてるって」


 アリシアの瞳は、強い。


「まあ、あのふたりを人質にとられて、おとなしく聖地に行くくらいだもんな」

「教会の権力は、あのふたりが思っているより、ずっと大きいわ。エヴァンは無理でも、カミラをとらえるくらいはできる。でも、そんなことさせないわよ。あのふたりは、ああやって自由に生きていくのが似合っているわよ」

「とはいえ、ずっとあそこでおとなしくしてるつもりもなかったんだろ?」


 ユリシーズの、試すような声。


「何年かかけて、教会のトップに上り詰めるつもりだったのよ。それで、根本から教会を何とかしてやろうって。べつに、国のためなんて理由でするわけじゃないわよ。顔も知らない人のために命を懸けられるような人間じゃないもの、私は。だけど、私が生きやすいように、自分でしたかったの」


 少しの自嘲。だが、それ以上にあるのは、強い誇り。


「少し失敗して、こうやって捨てられたけど」

「国のためとか言って、カミラが誘拐されたときも、あいつらのために動いてたのか」

「ええ、そうよ。タルアが滅びようが、知った話ではないもの。でも、あのふたりは守りたかった。あのふたりの隣は、楽しかったのよ」

「あいつらに今の言葉聞かせたら、喜ぶんじゃねえの?」


 アリシアは、それに返事をしない。


「出世が面倒とか言ってたこともあったくせにな」

「出世に興味はないわよ。でも、教会の下っ端でいるつもりもなかったわ」

「矛盾してるな」

「してるかしら?」


 アリシアが、ゆるりと笑う。ユリシーズに仕返しするように。


「自分の実力に見合うだけの価値がある人生を送りたいだけよ。そのためには、自分の実力を自分で把握するだけじゃなくて、それを他人に見せないといけないじゃない。私からしたら、実力を把握してない人は厄介だけど、実力を隠そうとしてる人も意味がわからないわね」

「きっつい言い方だな」

「下っ端だったら、エヴァンとカミラと一緒にいることはなかった。グリフィン商会だって、軍に操られたままだったかもしれない。そう考えたら、出世も悪いものじゃないわよ」


 達観した言い方。


「俺に会えたことは、そこに入らねえの?」

「……よくも悪くも、影響が大きかったのは事実ね」


 その答えは、ユリシーズを満足させたのか、否か。


「まあ、いいぜ。好きにしていいって言うのなら、好きにさせてもらうか」

「そう。要求は?」

「といっても、べつに何をしたいわけでもないからな。ただ、人に助けてもらうんだ。お前も本気出せ」


 ユリシーズがアリシアの懐を指さす。


「それ抜け。とりあえず、それが条件だ」

「……いいわよ。それだけ?」

「他は、カミラにテレパシーで伝える。それでいいだろ」


 アリシアがうなずく。


「じゃあな」


 ユリシーズが右手を軽く振る。アリシアの体を、浮遊感が襲った。

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