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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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16. リーン編

 何もできることはないとしても、何かあったときには動けるようにしたい。そんな理由で、ギアトーレに帰ることなく、ハリトスにとどまる。


 しばらくここにいる、と言うと、バーナードはあっさりうなずいてくれた。何日でも泊まればいい、と。気になっているだろうに、何も事情を聞こうとしないのはありがたかった。




 バーナードの家に来てから十日目。朝早くに、ドアがガンガン叩かれる。エヴァンがバーナードの家のドアを叩いたときのように、いや、それ以上に遠慮のない叩き方。


「バーナードさん寝てるけど、どうする?」

「たぶん知り合いだから、出てくる」


 こんなことをする人は、一人しか思い当たらない。


 ドアを開ける。


「はい」

「なんだ、あんたもここにいたのかい。探しに行く手間がなくなったね」


 大柄で、勝気な目をした女性。


「お久しぶりです。ディアナさん」

「あんたねえ、一回くらい顔見せに来なさいな。どんだけ心配したと思ってんのさ」

「すみません」


 ディアナが中に入ってくる。


「バーナードは寝てんの?」

「おそらく」

「起きてる」


 バーナードが部屋から出てくる。


「何かあったか?」

「今すぐ準備しな。リーンに飛ばすよ」

「スタンピートか」


 リーンでスタンピートが起きるかもしれない。そのディアナの予想は当たった。


「エヴァン、あんたも。で、その子は?」

「カミラです」


 カミラが頭を下げる。


「カミラって言ったら、血術持ってる子だったかい?」

「よく知ってますね」

「あたしも血術持ってるからさ。気になったんだよ。一緒に来るなら、準備しな」


 エヴァンとカミラは、準備がない。すべての荷物はカミラが持っている。


 部屋から戻ってきたバーナードが、ヒヒイロカネの大剣を肩に担ぐ。


「あんたは後でいいね? バーナード」

「ああ。どうせすぐだろ?」

「まあね」


 ディアナがエヴァンとカミラに向き直り、両手を出す。


「しっかりつかみな。リーンまで飛ぶよ」

「飛ぶ?」


 カミラが手をつかみながら、首をかしげる。


「あたしの血術は、瞬間移動なんだよ。いくよ。目閉じな」


 ディアナの手を握り、目を閉じる。




 体が宙に投げ出されたような感覚。その直後、足に固いものを感じる。リーンの、町から少し山の方に行ったところ。


「じゃ、あたしはバーナード連れてくるから」

「ありがとうございます」


 ディアナが消える。


「え? ……ここ、リーン?」

「瞬間移動だからな。それでついた二つ名が、ファントム」


 誰も。その速さにはかなわない。それこそ、お化けのように一瞬で現れ、消える。


「あら、久しぶりね、ふたりとも」

「アリシア!?」


 ずっと心配していた、その声が聞こえる。


「そんな死んだ人を見たみたいな反応しないでちょうだい」


 アリシアが近づいてくる。


「元気そうでよかったわ」

「それはこっちのセリフだよ。なんで、ここに?」

「治療の巫女だけだろ? ここに来るのは」


 スタンピートのときは、けが人が大量に出る。その治療のためにいちいち教会に行く暇はない。だから、治療のできる巫女がテントを張って、近くにひかえる。だが、アリシアができるのは治療ではなく、浄化。


「浄化でも、少しは役に立つでしょう? 教会に指示されたのよ」

「なんだ、そこは知り合いだったのかい?」


 ディアナがいきなり現れる。その右には、バーナード。


「ああ、手伝いか」

「アリシアと申します」


 バーナードがまわりを見渡す。


「ゆっくり話してる暇はねえ。ディアナ、状況は?」

「まだ遠い。だけど、昼には来る」

「数は?」

「かなり多いね。これから増えてくるって考えたら、かなりの規模だ」


 バーナードが舌打ちする。


「来る場所はここで間違いねえな?」

「ないね。それは間違いない」


 バーナードと目が合う。朝寝坊するときでも、賭けをしているときでもない。A級冒険者としての顔。


「エヴァン。ここに壁立てろ。高さは、お前の好きでいい。何があっても、町に魔物が入らねえくらいの壁。いけるな?」


 できない、という答えは許されない。


「はい」


 深呼吸をし、地面に両手をつく。


「下がっててください」


 近くに人がいないことを確認し、両手に力をこめる。


 目の前の土が盛り上がる。地盤が弱くならないように、壁が倒れたり崩れたりしないように、意識しながら高さを上げる。一気に体から力が抜ける。当たり前だ。こんな広範囲に土魔術を使うなど、初めてだ。


「こんなもんでいいですか?」


 これ以上高くすると、倒れる。


「よし」


 バーナードがうなずく。


「エヴァン、階段」


 ディアナの短い指示。その通りに、壁に階段をつける。


「じゃ、とりあえず上行くか」


 スタンピートが、始まる。




 上につくと、バーナードが大きく息を吐いた。


「エヴァン、どっからどこまで行く?」

「奥の方全体で。手前は、他で何とかしてもらった方がいいかと」

「だな。じゃ、俺が左やるから、お前は奥。手前はリーンの冒険者に任せる」


 エヴァンの魔術の威力は大きい、近くに味方がいると、むしろ力を発揮できない。だから、エヴァンの攻撃する範囲を最初に決め、そこに人が入らないようにする。それなら、エヴァンは遠慮なく力をふるえる。


「ディアナはいつも通り、救助。いいな?」

「誰に聞いてんのさ」


 ディアナが強気に笑う。疑問形さえ気に入らない、というように。


「あんたはどうする?」


 聞かれたカミラがエヴァンを見る。


「ディアナさん、カミラ任せていいですか」


 カミラの血術は、テレパシーと空間収納。どう使えばいいかはわからないが、補助の方が向いている。


「任せな」


 A級の中で、補助に秀でているのはディアナだ。エヴァンとバーナードは、自分が前線に出る方が向いている。


「ディアナ。これで抑えられると思うか?」

「正直、微妙だね。あたしが見たときから増えてないなら問題ないけど、増えてたらきつい。ここでおさえられないかもしれない」

「お前がそう言うってことは、相当だな」


 ディアナが弱気なことを言うのは珍しい。


「とりあえず、お前とエヴァンにやる」


 そう言って渡されたのは小さなビン。


「ポーションじゃないか」

「ポーション? どこで手に入れたんですか?」


 オーバーヒートを起こしにくくするポーション。興奮作用もあるが、副作用も大きく、効果が切れたあとはかなり気分が悪くなる。だから、出回らないように軍が監視をしているはずだ。


「賭けでちょっとな」


 さすがは、ギャンブラーだ。


「きつくなったら飲め。飲まないに越したことはねえけどな」

「ディアナさん」


 ずっと黙っていたアリシアが、声を出す。


「なんだい?」

「私を、あの辺まで飛ばしてくれませんか」

「なにをする気だい?」


 アリシアが胸元を押さえる。その動作だけで、何をしたいのかわかってしまった。


「アリシア、本気か?」

「ええ。これが一番でしょう」

「あいつが、言うこと聞くとは限らない。むしろ、聞かない可能性の方が高いだろ」


 そんなこと、アリシアもわかっているはずだ。


「それでも、味方になったときに一番強いでしょう。それに、言うことを聞かせられる切り札を持ってるのは、私しかいないわ」


 アリシアがこう言い出したら、絶対に引かない。何を言っても無駄だ。


「よくわかんないが、あそこに飛ばせばいいんだね?」

「はい」

「スタンピートが来たら、あの辺は魔物だらけになる。それまでに、絶対に戻ってきな」

「わかってます。大丈夫です」


 ディアナが出した手を、アリシアがつかむ。


「カミラちゃんは、テレパシーが使えるね?」

「はい。それと空間収納」

「じゃあ、何かあったらカミラちゃんを通して連絡しな」


 アリシアがうなずく。

 次の瞬間、アリシアとディアナが消えた。


「アリシアに、なにも聞けなかった」


 カミラがつぶやく。


「後で聞けばいい。会えたから、とりあえずよかった」


 ディアナが戻ってくる。


「さてと、あたしらはあたしらで、やれることやんないとね」


 町を守るのが、冒険者の責務。

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