16. リーン編
何もできることはないとしても、何かあったときには動けるようにしたい。そんな理由で、ギアトーレに帰ることなく、ハリトスにとどまる。
しばらくここにいる、と言うと、バーナードはあっさりうなずいてくれた。何日でも泊まればいい、と。気になっているだろうに、何も事情を聞こうとしないのはありがたかった。
バーナードの家に来てから十日目。朝早くに、ドアがガンガン叩かれる。エヴァンがバーナードの家のドアを叩いたときのように、いや、それ以上に遠慮のない叩き方。
「バーナードさん寝てるけど、どうする?」
「たぶん知り合いだから、出てくる」
こんなことをする人は、一人しか思い当たらない。
ドアを開ける。
「はい」
「なんだ、あんたもここにいたのかい。探しに行く手間がなくなったね」
大柄で、勝気な目をした女性。
「お久しぶりです。ディアナさん」
「あんたねえ、一回くらい顔見せに来なさいな。どんだけ心配したと思ってんのさ」
「すみません」
ディアナが中に入ってくる。
「バーナードは寝てんの?」
「おそらく」
「起きてる」
バーナードが部屋から出てくる。
「何かあったか?」
「今すぐ準備しな。リーンに飛ばすよ」
「スタンピートか」
リーンでスタンピートが起きるかもしれない。そのディアナの予想は当たった。
「エヴァン、あんたも。で、その子は?」
「カミラです」
カミラが頭を下げる。
「カミラって言ったら、血術持ってる子だったかい?」
「よく知ってますね」
「あたしも血術持ってるからさ。気になったんだよ。一緒に来るなら、準備しな」
エヴァンとカミラは、準備がない。すべての荷物はカミラが持っている。
部屋から戻ってきたバーナードが、ヒヒイロカネの大剣を肩に担ぐ。
「あんたは後でいいね? バーナード」
「ああ。どうせすぐだろ?」
「まあね」
ディアナがエヴァンとカミラに向き直り、両手を出す。
「しっかりつかみな。リーンまで飛ぶよ」
「飛ぶ?」
カミラが手をつかみながら、首をかしげる。
「あたしの血術は、瞬間移動なんだよ。いくよ。目閉じな」
ディアナの手を握り、目を閉じる。
体が宙に投げ出されたような感覚。その直後、足に固いものを感じる。リーンの、町から少し山の方に行ったところ。
「じゃ、あたしはバーナード連れてくるから」
「ありがとうございます」
ディアナが消える。
「え? ……ここ、リーン?」
「瞬間移動だからな。それでついた二つ名が、ファントム」
誰も。その速さにはかなわない。それこそ、お化けのように一瞬で現れ、消える。
「あら、久しぶりね、ふたりとも」
「アリシア!?」
ずっと心配していた、その声が聞こえる。
「そんな死んだ人を見たみたいな反応しないでちょうだい」
アリシアが近づいてくる。
「元気そうでよかったわ」
「それはこっちのセリフだよ。なんで、ここに?」
「治療の巫女だけだろ? ここに来るのは」
スタンピートのときは、けが人が大量に出る。その治療のためにいちいち教会に行く暇はない。だから、治療のできる巫女がテントを張って、近くにひかえる。だが、アリシアができるのは治療ではなく、浄化。
「浄化でも、少しは役に立つでしょう? 教会に指示されたのよ」
「なんだ、そこは知り合いだったのかい?」
ディアナがいきなり現れる。その右には、バーナード。
「ああ、手伝いか」
「アリシアと申します」
バーナードがまわりを見渡す。
「ゆっくり話してる暇はねえ。ディアナ、状況は?」
「まだ遠い。だけど、昼には来る」
「数は?」
「かなり多いね。これから増えてくるって考えたら、かなりの規模だ」
バーナードが舌打ちする。
「来る場所はここで間違いねえな?」
「ないね。それは間違いない」
バーナードと目が合う。朝寝坊するときでも、賭けをしているときでもない。A級冒険者としての顔。
「エヴァン。ここに壁立てろ。高さは、お前の好きでいい。何があっても、町に魔物が入らねえくらいの壁。いけるな?」
できない、という答えは許されない。
「はい」
深呼吸をし、地面に両手をつく。
「下がっててください」
近くに人がいないことを確認し、両手に力をこめる。
目の前の土が盛り上がる。地盤が弱くならないように、壁が倒れたり崩れたりしないように、意識しながら高さを上げる。一気に体から力が抜ける。当たり前だ。こんな広範囲に土魔術を使うなど、初めてだ。
「こんなもんでいいですか?」
これ以上高くすると、倒れる。
「よし」
バーナードがうなずく。
「エヴァン、階段」
ディアナの短い指示。その通りに、壁に階段をつける。
「じゃ、とりあえず上行くか」
スタンピートが、始まる。
上につくと、バーナードが大きく息を吐いた。
「エヴァン、どっからどこまで行く?」
「奥の方全体で。手前は、他で何とかしてもらった方がいいかと」
「だな。じゃ、俺が左やるから、お前は奥。手前はリーンの冒険者に任せる」
エヴァンの魔術の威力は大きい、近くに味方がいると、むしろ力を発揮できない。だから、エヴァンの攻撃する範囲を最初に決め、そこに人が入らないようにする。それなら、エヴァンは遠慮なく力をふるえる。
「ディアナはいつも通り、救助。いいな?」
「誰に聞いてんのさ」
ディアナが強気に笑う。疑問形さえ気に入らない、というように。
「あんたはどうする?」
聞かれたカミラがエヴァンを見る。
「ディアナさん、カミラ任せていいですか」
カミラの血術は、テレパシーと空間収納。どう使えばいいかはわからないが、補助の方が向いている。
「任せな」
A級の中で、補助に秀でているのはディアナだ。エヴァンとバーナードは、自分が前線に出る方が向いている。
「ディアナ。これで抑えられると思うか?」
「正直、微妙だね。あたしが見たときから増えてないなら問題ないけど、増えてたらきつい。ここでおさえられないかもしれない」
「お前がそう言うってことは、相当だな」
ディアナが弱気なことを言うのは珍しい。
「とりあえず、お前とエヴァンにやる」
そう言って渡されたのは小さなビン。
「ポーションじゃないか」
「ポーション? どこで手に入れたんですか?」
オーバーヒートを起こしにくくするポーション。興奮作用もあるが、副作用も大きく、効果が切れたあとはかなり気分が悪くなる。だから、出回らないように軍が監視をしているはずだ。
「賭けでちょっとな」
さすがは、ギャンブラーだ。
「きつくなったら飲め。飲まないに越したことはねえけどな」
「ディアナさん」
ずっと黙っていたアリシアが、声を出す。
「なんだい?」
「私を、あの辺まで飛ばしてくれませんか」
「なにをする気だい?」
アリシアが胸元を押さえる。その動作だけで、何をしたいのかわかってしまった。
「アリシア、本気か?」
「ええ。これが一番でしょう」
「あいつが、言うこと聞くとは限らない。むしろ、聞かない可能性の方が高いだろ」
そんなこと、アリシアもわかっているはずだ。
「それでも、味方になったときに一番強いでしょう。それに、言うことを聞かせられる切り札を持ってるのは、私しかいないわ」
アリシアがこう言い出したら、絶対に引かない。何を言っても無駄だ。
「よくわかんないが、あそこに飛ばせばいいんだね?」
「はい」
「スタンピートが来たら、あの辺は魔物だらけになる。それまでに、絶対に戻ってきな」
「わかってます。大丈夫です」
ディアナが出した手を、アリシアがつかむ。
「カミラちゃんは、テレパシーが使えるね?」
「はい。それと空間収納」
「じゃあ、何かあったらカミラちゃんを通して連絡しな」
アリシアがうなずく。
次の瞬間、アリシアとディアナが消えた。
「アリシアに、なにも聞けなかった」
カミラがつぶやく。
「後で聞けばいい。会えたから、とりあえずよかった」
ディアナが戻ってくる。
「さてと、あたしらはあたしらで、やれることやんないとね」
町を守るのが、冒険者の責務。




