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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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14. ハリトス編

 バーナードに聞くと、不思議そうな顔をされた。


「そういや、そんな決まりもあったな。それがどうかしたか?」

「理由を知りませんか?」

「聖地が混みすぎないようにって考えるのが一番ふつうだな」


 バーナードが首のうしろを触る。


「ただ、そんな決まり作らなきゃいけねえほど混むかっつったら、そこまで混まねえな、普段は。そりゃなんか行事あるときはすげえけど、そうじゃねえときはべつになあ」

「そうですか」


 カミラの言っていたことは、正しかった。やはり、理由はそれだけではない気がする。


「三日以上いたら神の声が聞けちまうとかだったら、おもしろいけどな。聖地だし」

「ふつうの人が神の声を聞かないように制限してるってことですか?」

「まじめにとるなよ。冗談だ」

「ん?」


 カミラが首を傾げた。指で眉間をぐりぐりしている。


「どうした?」

「なんか……なんかわかりそう」


 思考の邪魔をするのは申し訳ない。しばらく黙っていると、カミラが両手を叩いた。


「わかった、かも」


 そう言って。エヴァンの袖を引く。


「聞かれたくないことなんだったら、部屋行ってこい」


 バーナードに言われ、エヴァンは立ち上がった。




 部屋の椅子に座る。


「それで、何がわかったんだ?」

「バーナードさんがさ、三日以上いたら神の声が聞けるんじゃないかって言ったじゃん」

「冗談だったらしいけどな」


 カミラがうなずく。


「それで思ったんだけどさ。三日以上っていうか長い時間聖地にいると、なにかまずいことがあるんじゃないかって」

「それを阻止するために、二日までって条件を付けてるってことか。だとしたら、まずいことって?」

「前にユリシーズが言ってたよね。聖気は本来人が持つものじゃないんだって」


 アリシアがユリシーズに挑んで倒れたとき。たしかに、ユリシーズはそう言っていた。


「アリシアも何回か言ってたよな。神の力を使うから疲れるんだ、みたいなこと」

「そう、で、ユリシーズも言ってたでしょ? 人が持つものじゃない力を使いすぎたから倒れたんだって」


 それに、うなずく。


「それで?」

「だからさ、思ったんだよね。もしかして、聖気は人にとって害のあるものなんじゃないかって」

「……どういうことだ?」


 アリシアがそういうふうに言ったことは、一度もなかった。


「邪気は害だけど、聖気は違うだろ?」

「でもさ、聖気って邪気と同じようなものなんでしょ? で、少しの邪気は問題なくても、邪気が多すぎると人の体には悪い」


 だんだん、カミラが何を言いたいのかわかってくる。


「つまり、聖気も多すぎると人には害だ、ってことか?」

「そういうこと。邪気よりは平気なのかもしれないけど、多すぎたら体に悪いんじゃないかな。だって、本来人が持たないはずの、神の力、だよ? よくわかんないけど、神の力なんて、ふつうは人の身に余るものじゃない?」

「どんな薬も多すぎると毒になるしな。そう考えたら、聖気も多すぎたらまずいのかもしれない」


 やっと、話がつながった。


「つまり、ふつうの人が聖気に触れすぎないように、二日連続までって決まってるってことか」

「それなら、筋は通るんじゃない? 聖地だったら、聖気の濃さは他の場所とは比べ物にならないくらい濃いだろうし」

「そう考えたら、聖職者が聖地に固定されないのもわかるな。たとえ聖職者でも、強すぎる聖気は毒になる」


 だから、数年で聖地から離れる。


「ちょっと待て。ってことは……」

「アリシアが一生、聖地にいるんだとしたら、アリシアが危ない」

「どれくらい毒なのかはわかんないが、下手すりゃ早死にか」


 だとしたら、あのときの言葉は、アリシアにとっては本気で今生の別れだったのだ。


「でも、聖地にずっといる人もいるんでしょ?」

「それは移動できるような体力のない聖職者だけだ。言い方は悪いが、死を待つだけの存在」

「じゃあ、アリシアは……」


 頭を必死で回転させる。


「ヒヒイロカネがわかんねえんだ。そこだ。ユリシーズがわざわざ言い残したんだから、かなり関係してるはずだ」

「ユリシーズはそれ以外になにか言ってなかったの?」

「今は持ってないって言ってた」


 アリシアは今、ヒヒイロカネを持っていない。それは純粋に、聖地に入ったから武器を手放しただけだと思っていた。だが、きっとそれ以上の意味がある。


「聖気と邪気は、人が持つものじゃないんだよな」

「そうだね」

「神の力だかなんだか知らないが、人以外の動物も持ってない」

「うん」


 何かが、頭に引っかかる。


「で、ユリシーズは生き物ではない」

「少なくとも、死ぬとかいう概念はないね」


 何かがわかりそうだ。これまでにないほど、頭を回転させる。


「……ヒヒイロカネは動物的な……、そういうことか?」

「なに?」

「合ってるかはわかんないが」


 自信はない。だが、思いついた考えが頭から離れない。


「いいよ。言ってから考えれば」

「ヒヒイロカネを使ってると、動物的な本能が引きずり出されるみたいなこと言ってただろ?」

「言ってたね。そんな感じのこと。それで?」

「で、邪気とか聖気は動物が持つものじゃないって考えたら、動物的な本能からは最も離れたものってことになる」


 魔物にせよ魔族にせよ、生き物の形はとっているが、生きてはいない。魔物を殺すと言っているが、あれだって死ぬのではなく消えるだけだ。死体も残らず、残るのは魔石だけ。


 あれは、生き物ではない。


「そう、だね。そうも考えられるか」

「聖気を使うのに、ヒヒイロカネを持ってる。アリシアは、両極端のふたつを、同時に持ってた。ってことは、打ち消すこともできたんじゃないか?」

「打ち消すって、どういうこと? 聖気をヒヒイロカネで打ち消すってこと?」


 言葉の選び方が悪かった。


「そうじゃなくて、聖気が人に害だとして、それは人が持ってないからだろ? ってことは、聖気に触れすぎたり使いすぎたりしたら、人から離れていくんじゃないか? 人からって言うより、動物からって言った方が近いか」

「ああ、たしかにそうかも」

「で、逆にヒヒイロカネは動物的な本能を引き出す。そのふたつがあれば、聖気を大量に使っても、人から離れにくくなるんじゃないか?」


 カミラがゆっくりうなずく。


「そういえば、自分より強い聖職者はいるにはいるけど、みたいなこと言ってたよね。ってことは、アリシアは相当強い聖気を使える」

「それが、ヒヒイロカネを持ってるからって可能性は、考えられないか?」

「考えられる……っていうか、そうなんじゃないかな。矛盾してるようには感じないし」


 矛盾はない。


「そう考えたら、ユリシーズが禍々しいって言ったのもわかるかも。聖気も邪気も似たようなものなら、ヒヒイロカネは邪気とも反対の性質ってことになるもんね」


 邪気も、生き物とはかけ離れたもの。そういう意味では、ヒヒイロカネとは真逆だ。


「で、アリシアが今ヒヒイロカネを持ってないんだっけ?」

「ユリシーズはそう言ってた」

「ってことは、アリシアは今、強い聖気に触れたらどんどん人から離れて行っちゃうってこと? これまでは大丈夫だったのに?」

「そうなるな」


 ならば、アリシアを助けるには、ヒヒイロカネを渡すか、そもそも聖地から出してしまうしかない。


「教会には手を出せないからな」

「だよね……」


 教会と冒険ギルドは、組織が違う。だから、互いに干渉できない。下手に関係をいじったら、国自体がくるってしまう可能性もある。その危険性は、前にカミラが誘拐されたあとに、アリシアが言っていた。


 エヴァンとカミラに隠し事をしてでも、アリシアは教会を守り、タルアを守ろうとした。そのアリシアを助けるために国をめちゃくちゃにするわけにはいかない。


「ユリシーズは全部わかってるってこと?」

「あんなヒントを出したってことは、わかってたんだろうな」

「わかってて、なんでほっとけるかな……ほんと、わかんない」


 ユリシーズは、少なからずアリシアに思うところがあるのだと思っていた。だから、少しくらいは力を貸してくれると。だが、ユリシーズはそんなに簡単な存在ではなかった。


「わかったところでどうしようもないってのは、嫌だね」

「……スタンピート」

「なに?」


 こんなこと、願ってはいけない。だが、頭に浮かぶ。


「スタンピートが起きたあと、冒険ギルドと教会は話し合いをする。まあ、けが人の報告やらなんやらしないといけないからな。そのときに、うまくいったら会えるかもしれない」


 だが、スタンピートが起きるということは、それだけ大量にけが人が、下手したら死人が出るということ。


「リーンで起こるかも、だっけ?」

「それを期待するわけにはいかないけどな」


 それでも、案のひとつとして頭に入れておけるだけ、いいのかもしれない。

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