13. ハリトス編
ハリトスのダンジョンは小さい。少なくとも大人数が入るところではないし、A級のエヴァンからしたら、骨のある魔物もいない。だが、カミラの腕試しくらいならちょうどいい。
「小さいとはいえダンジョンあるのに、なんで冒険者がこんなにいないの?」
ハリトスは、冒険者がほとんどいない。
「宿の値段が高いだろ? 少なくともちゃんとした宿は。かといって治安悪い中で安い宿に泊まってまで、ハリトスにいる利点はないからな。それだったら、他の町の方がいい。ギアトーレとまではいかなくても、イマリナとか」
「懐かしいね、イマリナ」
ユリシーズを探す途中で入ったダンジョンだ。あのときの魔族のルイは、今どうしているのだろう。まだあのダンジョンにいるのだろうか。変なことはしないようにと脅してあるから、大丈夫だとは思うが。
「ダンジョン入るのって、いつぶりだっけ? ギアトーレ出てから、一回も潜ってないよね」
「そうだな」
「冒険者なのに、こんなに入らないって、なんかね」
アリシアが聖地に急いでいたのだから仕方がない。それに、毎日ダンジョンに潜って稼がないといけないほど、切羽詰まってはいない。むしろ、エヴァンは一生遊んで暮らせるくらいの金は持っている。
「腕が鈍ってないか心配」
「まあ、なんかあったら助けてやるから」
ダンジョンに入ると、一気に空気が冷える。カミラが弓を持ち直す。
「なんか、緊張する」
「そんな危険な魔物は出ないらしいから、大丈夫だろ」
かすかな音と、空気の流れ。エヴァンが気づいた少し後に、カミラが弓矢をかまえる。
近づいてきたゴブリンが、よろめいた。その瞬間、カミラが矢を放つ。
「お見事」
矢の腕よりも、カミラの表情にびっくりした。すっと細められた目。そこにあるのは、ただただ冷酷な光。魔物をしとめる、容赦のない瞳。
「うまくいった」
うれしそうに言うカミラの目から、さっきの冷たさは消えている。見間違いだったかと思うほど、きれいに。
「テレパシー使ったのか?」
「うん。あのゴブリンが私の視界を見たのかはわからないけど、あんだけバランス崩したってことは、たぶんそうでしょ? ありがとね、エヴァン」
「いや。そんなすぐできると思ってなかったから、カミラの実力だな」
できるんじゃないか、と提案したものの、こんな一回で成功するとは思っていなかった。昨夜、他人の視界を見ることに成功したことと言い、眠っている才能はまだまだ多いのかもしれない。それを少しでも目覚めさせられたことは、純粋にうれしい。
「コントロールもうまくなってるしな」
「やっと慣れてきたかな」
弓の構えも安定している。この調子なら、もっと上達するだろう。
気は抜かず、奥へ進む。
「来る」
カミラがつぶやき、あらたに矢を持って構える。
その目を見て、ぞっとした。恐怖ではない。興奮か、それとも。あの瞳で見られたら、きっと動けない。横から見ている今でも、こんなに心をつかまれるのに。
あれは、蹂躙する側の目。ほんの少しの反抗すら許さない、絶対的強者の瞳。
さっきのは、見間違えなんかではなかった。
「よし、成功」
いつの間にか、仕留め終わっていたらしい。カミラの目がもとに戻る。いつもの、明るい瞳。
「どうしたの? ボーっとして」
「いや、強くなったなあって」
エヴァンが戦うときに、圧倒的な高揚感に身を任せるように。カミラは、静かさと冷たさで、敵を射る。
「ほんと?」
「もっと強くなるな、絶対」
こういう目をしている人は、かならず強くなる。金のために魔物を殺すのではない。体の中のなにかに支配されるように、魔物を殺す。カミラはまだそれを自覚していないが、カミラにはあきらかに素質がある。冒険者としての素質が。
「これは、A級になるのも夢じゃねえな」
「なんか、今日はやけにほめるね?」
「いつもはほめてない、みたいな言い方するなよ」
カミラはごまかされてくれたみたいだが、あの目を見た瞬間の興奮は、まだ胸の中にくすぶっていた。
あの瞳と正面から向き合って、手合わせをしたい。それが、いつになるのかはわからない。それでも、いつかは。
カミラはうれしそうにギルドから出てきた。
「見て見て! これまでで最高金額!」
「おめでとう」
「しかも、今回は自分ひとりで稼いだんだから!」
カミラのテンションは、かなり高い。よほどうれしいのだろう。
「俺も一回手助けしなかったもんな」
「エヴァン、今日やけにボーっとしてたでしょ。大丈夫?」
「大丈夫だって。さっきも言っただろ」
カミラの目に魅入られていた。だが、それをカミラに話したところで理解できないだろう。
「それならいいけど」
歩き出したカミラが、いきなり足を止めた。
「どうした?」
「聖地って、二日連続までしか行っちゃいけないの?」
カミラの目線の先には、そう書かれた看板が書いてある。
「そう書いてあるってことは、そうなんだろうな。俺も知らなかったけど」
そんなことは、聞いたこともなかった。
「なんでだろう? 毎日でもお祈りしたい人とかいそうだけど」
「聖地に行く人が多くなりすぎないようにじゃないか? 毎日のように行かれたら、聖地が混みすぎるだろ?」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
カミラは納得していないらしい。
「なにか引っかかるか?」
「いや、教会は毎日行く人もけっこういるけど、聖地はダメなんだなあって」
カミラが首をかしげる。
「混みすぎるって言ったって、なんか儀式があるときしかそんなに混まないでしょ? 少なくとも、身動きとれないほどの人にはならないよね?」
「まあ、それはそうだろうな。俺らが昨日行ったときも、そこまで混んでなかったし」
「なのに、なんでダメなんだろう?」
エヴァンはそこまで気にならなかったが、カミラがやけに気にしているということは、何かおかしいことがあるのかもしれない。こういうときのカミラの勘は鋭い。少なくとも、まったく手がかりがないこの状況では、無視するのは得策ではない。
「バーナードさんに聞いてみるか? 信心深い人じゃないから詳しくはないだろうが」
バーナードは、たぶん神を信じていない。教会に行ったなんて話は聞いたことがない。
「でも、ここに住んでるってことは、何か知ってるかもしれないよね」
「だな。聞いてみるか」
聞くのはタダだ。




