11. ハリトス編
椅子に座ったバーナードが、剣をなでる。
「ヒヒイロカネは、特別だ。人が剣を選ぶんじゃなくて、剣が人を選ぶんだよ。この剣は俺以外には、使えない」
「剣が、人を、ですか?」
「たしかに、こいつは少し歪んでる。俺の癖にちょうど合ってるんだ。だけど、これくらいの歪みだったら、細かいことを気にしなければ使える。それだけじゃねえんだよ」
まったく歪んでいない剣を探す方が難しい。安物の剣は、特にきれいではない。だから、そのくらいなら、エヴァンとてそこまで変に感じなかったはずだ。
「俺には向いてない、俺が使っていい剣じゃないって言っただろ? それが正しいんだよ。ヒヒイロカネってのは、剣が選んだひとり以外が持ったらそうなるんだ。どうしても、使えない。うまく戦えない。これを使うくらいなら安物の剣でも使った方がましだっていうくらいにな」
「もし合わないまま使い続けたら、どうなるんですか?」
「死ぬ」
ぞっとした。人が剣を選ぶのではなく、剣が人を選ぶ。そして、選ばれないまま使えば、そこに待つのは死のみ。
「ま、当たり前だよな。うまく使えない武器なんて、ない方がましだ。そんなもん持ってたら、死ぬ。冒険者はそこまで甘い仕事じゃねえ」
バーナードは、エヴァンの何倍も死を見ている。だからこそ、その言葉は重い。
「逆に、俺は持った瞬間わかった。ああ、こいつは俺の剣だってな」
「持った瞬間に、ですか?」
「ああ。うまく説明できねえけど、でもわかるんだよ。俺のための剣なんだって。血が騒ぐような感じだな」
バーナードは剣に選ばれたのだ。
「そこの武器屋のおっちゃんが、ヒヒイロカネについて知っててな。それで、本当に合致したやつにしか売らねえって言ってたんだ。だから、ただで譲ってもらった。武器売ってるくらいだから、本当に合ってんのかくらい、見ればわかったんだろうな。ああいう人がヒヒイロカネ持ってたのは、ほんとによかったと思うぜ」
それで、剣はバーナードの手に渡った。
「ちなみに、俺が剣をもらったとき、俺はB級だった」
「Aじゃなかったんですか?」
ずっとA級のように感じていたが、考えて見れば当たり前だ。エヴァンだって、B級からスタートしたのだ。いくら強くとも、A級ではない時期くらい存在する。
「そもそも俺はC級からだ。お前みたいに、最初からめちゃくちゃ強かったわけじゃねえ」
「そうだったんですか」
「ふつうの剣で冒険者やってた時は、それなりに強かった。まあ、B級になるくらいだからな。だが、A級になるほどは強くなかった。わかってるだろうが、B級とA級の差ってのは、他の級の差よりもずっとでかい。俺は、そこまでは強くなかった」
A級はタルアに三人しかいない。それは、それだけ高い壁があるということ。
「で、ヒヒイロカネを手に入れた。そのあと、A級になったんだ」
「それだけヒヒイロカネが使いやすかったんですか?」
「使いやすいなんてもんじゃねえよ」
バーナードが、また剣をなでる。
「俺がこいつを使ってるんじゃねえ。俺が、こいつに使われてるんだ」
「……どういう意味ですか?」
「俺が剣を動かしてるんじゃねえんだよ。剣が動きたいように動くんだ。その動かす動力として、俺は使われてるだけだ。俺の体が、こいつに操られるんだよ」
意味は分かった。だが、感覚的には理解できない。そういうふうに感じたことは、一度もない。
だからこそ、ヒヒイロカネは特別なのだろう。
「剣が好きに動くんだ。そりゃ、強くもなる。でもな、それだけじゃねえんだ」
伝えるのが難しいのだろう。言葉を選びながら話す。
「動物としての本能が引っ張り出されるんだよ。戦いたい、相手に勝たないといけない。勝たないと殺される。そういう本能って、誰だって少しは持ってるけど、そんなんじゃねえんだ。それしか考えられなくなる。人としての理性とかが消えて、ただただ動物的な本能に身を任せる感じだ」
エヴァンはカミラにバーナードについて話すとき、動物的に強いと言った。それは、あながち間違っていなかった、というわけだ。
「剣を使ってる間は、何も考えてない。正しい剣の振り方も、相手の動きから攻撃を推測したりもしねえ。ただ、剣と体が勝手に判断して、勝手に動く。そりゃもう、人とはかけ離れた強さになるだろ? それで、A級になったんだ」
「ひとつ、聞いてもいいですか?」
黙って聞いていたカミラが、手を挙げる。
「どうした?」
「剣が人を選ぶんだとして、そもそもその剣ってどうやってできたんですか?」
言われてみれば、たしかにそうだ。そういう剣を人が作ったのなら、ヒヒイロカネに限らずその人が作った剣にはそういう性質があることになる。だが、誰が作ろうがヒヒイロカネにそういう性質があるとなれば、そこが疑問になる。
「昔の文献に少し書いてあっただけだけどな、刀鍛冶も操られるんだとさ。どこを叩いて、どれくらい火を入れるのか。そういうのが、勝手にわかるらしい。ヒヒイロカネ自体が、あるべき剣の姿をもともと持ってるんじゃねえかって、俺は思ってる」
剣が人を操る。使う人も、作る人も。それは恐ろしいはずなのに、バーナードは平然と話す。
「操られるって、怖くないんですか?」
思わずそう聞くと、バーナードが笑った。
「斬ってるのが魔物だからな。人を斬ってるわけじゃねえし、怖くはねえよ。むしろ、使ってる間は気持ちいいくらいだな」
さらに付け加える。
「戦ってる間って、なんか高揚感あるだろ? それと同じ感じだ」
それならわかる。エヴァンも、かなり高ぶるたちだ。
バーナードが、エヴァンに何か食べ物を買ってこいと言う。カミラは一緒に行こうとしたが、なぜか引き留められた。
「エヴァンのバディって、本当か?」
「はい」
バーナードが何を聞きたいのかがわからず、少し緊張する。
「俺から言うのも変な話だけどな、もしよかったら、これからも一緒にいてやってくれ」
予想外の言葉に、思わず聞き返す。
「どういう、ことですか?」
「聞いてねえか。あいつ、これまでパーティ組んだこともなくて、ずっとソロだったんだよ。よっぽどのときに俺とかディアナと協力したとき以外はな」
「一回もなかったんですか?」
初めて会ったときはソロだったが、それはあんな事情があったからだと思っていた。
「そ。一回もなかった。だから、あいつがあんたを連れてきたとき、本気で驚いた。誰かと組んでるなんて、考えもしなかったんでな」
「だから結婚したのか、なんて言ったんですか」
「混乱してたんだよ」
あれには、驚いた。思わず咳き込むくらいには、衝撃が大きかった。
「なんで、エヴァンはずっとソロだったんですか?」
「直接聞いたことがあるわけじゃねえから、これは俺の推測でしかねえけど」
そう前置きし、バーナードが話す。
「誰かと組むには強すぎるんだよ、あいつは。一緒にいる人が、どうしてもあいつの足を引っ張っちまうだろ? それに、あいつはそいつを守らないといけない。エヴァンからしたら、あまりにも利がない」
それは、いつも感じていたことだ。だから、ひどく胸に刺さる。
「しかも、あいつの攻撃方法が、あの魔術だろ。かなり気を使わないと、味方まで巻き込む。だから、あいつはずっとソロだった」
「私がいない方が、エヴァンにはいいんでしょうか……?」
「そういう意味で言ったんじゃねえよ。悪いな。どうにも口が悪くて」
バーナードが、言葉を加える。
「それでずっとひとりを貫いてたあいつが、一緒にいたいって思えるような人ができたのならよかったってことだ。冒険者は楽じゃねえ。親しい人が死ぬことなんてよくあるし、そうじゃなくても、怪我くらいはしょっちゅうだ。そういうときに、心を許して話せるやつが近くにいると、ほんとに楽になるんだよ。わかるだろ?」
エヴァンには、何度も助けられてきた。物理的にも守られてきたし、精神的にも、何度も支えられた。だから、そういう相手の必要性はよくわかる。
「バーナードさんにも、そういう方はいるんですか?」
「まあな。そいつがいなかったら、俺はここまでやってこれなかったと思うぜ」
一瞬、いとおしそうな目をする。
「私も、エヴァンを支えられるんでしょうか」
「そう思ってるから、エヴァンも一緒にいるんだろ。あいつの見る目を信じてやれ」
自分がエヴァンにどう思われているのか。それを不安に思う気持ちもある。だがそれ以上に、エヴァンの隣にいられることがうれしかった。
「そうですね」
いつか隣に立つと、本人の前で誓ったのだから、こんなところで悩んでいる場合ではない。




