10. ハリトス編
翌朝。カミラにたたき起こされて目が覚める。
「ねえ、行こうよ」
「こんな時間に行っても寝てる。昼くらいに行かねえと」
よっぽどアリシアが心配なのだろう。
「むうう」
「そういう人なんだよ」
規則正しい生活、なんて言葉からかなり遠い人だ。いや、ある意味非常に規則正しく生活をしている。健康的ではないだけで。
「バーナードさん、だっけ? どんな人?」
そう聞かれると、なんて説明したらいいか悩む、
「めちゃくちゃ強い。戦うためだけに生まれたってくらいには、動物的に強い」
「動物的にって、どういうこと?」
「策をめぐらして勝つんじゃないんだよ。勘が鋭いんだ。攻撃がどこに来るのか、相手のどこをいつ狙えばいいか。そういうのが、全部感覚でわかってる」
そして、それ通りに動けるのだから、とんでもなく強いのだ。
「エヴァンとどっちが強いの?」
「俺とバーナードさんだと戦い方が全く違うから、何とも言えないな。まあ、近接戦闘なら間違いなく俺が負ける。それなりに距離があったら俺が勝てるだろうけど」
間合いの中にいたら、魔術を発動する間もなく負ける。届かない距離にいれば、エヴァンの魔術の方が強い。
「バーナードさんって、いくつ?」
「たぶん二十八。だから、どうあがいても経験の差は埋められないんだよな」
そういうことを総合したら、間違いなくバーナードの方が上だ。
「魔術はあんまり得意じゃないらしいから、ほとんど使わないけど」
「でも、剣一本で戦えるって逆にすごくない? ふつう、それなりに魔術で補助するよね」
土魔術で足場を崩したり、風魔術で切れ味を増したり。
「だから、すごいんだよ、あの人は」
剣で魔物を斬る姿は、それこそ舞っているようだ。思わず見惚れてしまうほど、荒々しくて美しい。
「怖い人じゃないから、心配すんな」
緊張していそうなカミラの肩を軽くたたく。
「べつに怖がってないもん」
そっぽを向かれてしまった。
バーナードは小さな一戸建てに住んでいる。お金は持っているのだからもっといい家に住めばいいのにと思うが、それは家を持ってすらいないエヴァンが言えることではない。
「バーナードさん」
ドアをガンガンたたく。カミラが心配そうな顔をするが、気にせずガンガンたたく。
「うるせえ」
ドアが開いた。
「んな早くからなんの用……」
もう昼だというのに眠そうに、迷惑そうに言ったバーナードが目を見開く。
「エヴァンじゃねえか!」
「お久しぶりです」
「おう、あがれあがれ。んで、そっちは?」
バーナードがカミラを見る。
「あ、あの……」
おどおどするカミラを見て何を思ったのか、バーナードが手をたたく。
「そうか、知らないうちに結婚してたのか、お前は。おめでとう」
「違いますよ!」
今水が口に入っていたら、間違いなくふきだしていただろう。それくらいの衝撃だった。カミラも咳き込んでいる。
「俺のバディのカミラです」
「カミラです。すみません、突然来て」
「そうか。俺はバーナードだ。まあ、なんか話があるんだろ? 入れ」
ドアが大きく開かれた。
入った部屋の壁に、カミラの身長くらいはありそうな刀が立てかけてある。毛皮でくるまれているが、あれがヒヒイロカネだ。
「で、エヴァン。何か俺に言うことは?」
「……言うこと、ですか?」
とくに言わなければいけないことは思いつかない。
「何かありましたっけ?」
「お前なあ」
デコピンをされる。力が強いからか、かなり痛い。
「死の領地の方に依頼で行ったと思ったら、帰ってこず。行方不明になってると思ったら、いきなりA級に復帰し。一回くらい、挨拶しに来いよ。事情があったんだろうが、心配したんだぞ」
冒険者が行方不明となったら、それは死んだと考えるのが普通だ。それなのにまたA級になったとなれば、驚かれるのも当たり前だ。それに、死んだと思わせてしまったのは、本当に申し訳ない。
「すみません」
「まあ、元気そうでよかった」
水が三人分出される。
「その様子じゃ、どうせディアナにも何も言ってねえんだろ。あいつもかなり心配してたし、一回くらいちゃんと顔見せとけ」
「ディアナさん、元気ですか?」
「最近会ってねえからな。でも、依頼で飛び回ってるんだろ」
カミラを見ると、首をかしげている。
「ディアナさんもA級?」
「ああ。俺がお世話になった人」
二つ名は、ファントム。
「そういや、そのディアナから伝言だ。リーンがおかしいかもってさ」
「おかしい? リーンがですか?」
「最悪、近いうちにスタンピートが起こるから、そのつもりでいろ。だそうだ」
リーンは、前にエヴァンがドラゴンを倒しに行ったところだ。そこでユリシーズに会い、左目があんなことになった。あまり、いい思い出はない土地だ。
「リーンって、前にも起きてませんでしたっけ?」
「ああ。五年前な。あんときも俺とディアナは駆り出されたけど。今回はお前もA級だから、行かされるぞ」
「わかりました」
魔物の大量発生。それから町を守るために、A級は必ず駆り出される。
「で、これまで一回もここに来なかったくせに今来たってことは、よほどの用があるんだろ?」
「……はい」
顔を見せに来なかったことを、よっぽど根にもたれているらしい。まあ、粘着質な人でもないし、あと二・三回文句を言ったら、もう言わなくなるだろうが。
「ヒヒイロカネを見せてほしいんです」
「あ? べつにいいけど、んなもん見てもなんにもなんねえぞ」
そう言いながら、壁に立てかけてあった剣を取り、毛皮をはずす。
「ほれ」
紅の、大剣。何度見ても、いい獲物だと思う。
「うわあ、初めて見た」
カミラが近づく。
「触ってもいいですか?」
「いいぜ」
バーナードと目が合う。
「んで、これがどうかしたか?」
「ヒヒイロカネって、ふつうの剣じゃないんですよね?」
「まあな」
その話をバーナードから聞いたことはなかった。
「どう違うのか、教えてくれませんか」
首のうしろを掻き、やがてバーナードがうなずいた。
「エヴァン、これ持ってみろ」
「いいんですか?」
自分の武器を他人に触らせたがらない人は多い。
「いいって言ってんだよ」
片手で差し出された剣を、両手で受け取る。その瞬間両腕にかかる、ものすごい重さ。
「重っ。……よく持てますね」
「そのまま、振ってみろ」
持っているだけでも精いっぱいだが、そう言われたらやるしかない。大きく息を吸い、吐きながら体に力を入れて構える。ふらつきそうになるがなんとか耐え、振り下ろした。
「おわっ」
床に食い込みそうになるのを、かろうじて止める。
「こんなのいつも振り回してたんですか……」
「お前とは鍛え方が違うんだよ」
まあ、そもそもエヴァンとバーナードでは体つきが違う。魔術をメインに戦うエヴァンは、冒険者として最低限くらいの筋肉しか持っていない。一方のバーナードは、これだけの剣を振り回す分、がっしりとしていて、かなり筋肉がついている。冒険者としても、かなり大柄な方だろう。
「ほら、返せ」
エヴァンがなんとか両手で支えていた剣を、バーナードは片手でひょいと受け取る。わかってはいたことだが、少しへこみそうだ。
「で、どうだった?」
「どうって、何がですか?」
「振ってみた感じだ」
「重かったです」
それだけじゃない。感じたのは、
「使いにくかったです」
「重かったからじゃなくてってこと?」
カミラが横から聞いてくる。試してみるか、と言いたいところだが、カミラの細腕では持ち上げることすら厳しいだろう。身長の問題もかなり大きい。
「そりゃ重かったけど、それだけじゃない。なんか、俺には向いてない。俺が使っていい剣じゃない」
振ったときの感覚を思い出す。何に違和感があったのか。
「……少し、右にそれますね、これ。歪んでますか?」
「そこまでわかりゃ、上出来だ」
バーナードが笑った。




