9. ハリトス編
アリシアを探して聖地を一周したが、どこにもいなかった。そのまま聖地を観光する気分でもなく、一度ハリトスの宿に戻る。
エヴァンが自分の部屋に入ると、カミラがついてくる。もともと一人用の部屋に泊まっているエヴァンとは違い、カミラの泊まっている部屋は二人用だ。カミラひとりには、広すぎる。
「そりゃあさ、いつかはこうなる気もしてたよ。だけどさ、なにもこんないきなりじゃなくてよくない? 一方的に言われただけじゃん」
「あれでも、ちゃんと言ってくれただけましなんだろうけどな……」
「そうだけど」
もう会えないことをきちんと告げてくれた。これまでのアリシアなら、黙って消えそうだった。そう考えたら、まだよかったのかもしれない。それと納得できるかどうかは別問題だが。
「でもさ、なんかおかしくなかった?」
「何が?」
「だって、アリシアの顔色、すごい悪かったよ。表情はいつもと変わらなかったけど、アリシアなら表情くらいなんとでもできるだろうし」
言われてみれば、そうかもしれない。
「こんな言い方したらあれだけどさ、私たちに会えないってだけで、あんな顔色になるのかな」
「それは……たしかに」
アリシアの態度を思い出す。
「今考えてみると、あんなこと言った時点でおかしかったよな。二度と会えないみたいな言い方してた」
「聖地で働くから、二度と会えないんじゃないの?」
「聖地の巫女は、一生あそこにいるわけじゃない。よっぽどえらい人で、移動するには年を取りすぎてる聖職者以外は、数年に一回移動する」
そんな話を聞いたことがある。基本的に聖職者が働く場所は決まっている。アリシアがギアトーレの教会に所属しているように。だが、一生のうちに一回か二回、聖地で数年働く。聖職者はみんなそれにあこがれるのだと。
「でも、そうだとしたら、アリシアって何年か経ったらギアトーレに帰ってくるよね?」
「だから、おかしいんだ。数年で帰るって言えばよかった」
「今生の別れみたいな言い方してたもんね」
考えれば考えるほど、おかしい。
「ふたりして、ひっでえ顔してるな」
「ユリシーズ」
ユリシーズが現れる。もう突然出てくることに突っ込みはしない。
「アリシアが……」
「あ? 知ってるぜ、それくらい」
「なんで知ってるんだ?」
ユリシーズが腕を組んで壁にもたれる。
「この世の出来事、知ろうと思えば何でもわかるからな」
ついに神みたいなことを言い出した。
「なんか、おかしいって思わなかった?」
「べつに。興味もねえし」
返事はつれない。
「なんとも思わないの? アリシアが何かに巻き込まれてるかもしれないのに」
カミラがユリシーズに食って掛かる。だが、ユリシーズの目は涼しいままだ。真っ黒な瞳はこちらを映すだけで、なんの感情も読み取れない。
「アリシアがどうなるかわかんないのに」
「お前らねえ……」
ユリシーズが右手を出す。
「うわっ」
見えない力に押されたカミラが、エヴァンに寄り掛かる。
「何を勘違いしてんのか知らないから言ってやるけど、俺はあいつがどうなろうがどうでもいい。人にそこまで興味はねえよ」
冷たい声。ユリシーズから邪気が漏れ出す。心臓をわしづかみされているような感覚。
「少なくとも、この程度で死ぬような奴を、助ける理由もねえだろ」
肺を圧迫される。意識して呼吸しないと、パニックになりそうだ。
「アリシアが……どうなっても、いいと?」
声を絞り出す。
「勘違いすんな。俺は人の味方なわけじゃねえ。俺を味方につけたいなら、それなりの条件で取引をするんだな」
そこにあるのは、絶対王者の姿。
忘れていた。あまりに自然に話していたから。ユリシーズはこういう奴で、エヴァンごときでは逆らえないのだ。
「ふざ……けんな!」
呼吸が苦しい。死を覚悟するほどの恐怖。それでも、この程度に屈するほど弱くはない。だてに、何年もA級冒険者でいるわけではない。
「まだ、意識持ってんの。さすがだな」
腕の中のカミラはとうに気絶している。だが、それを気にかけてやる余裕はない。
「その状態でも俺に逆らおうとする心意気に免じて、ひとつだけ教えてやるよ」
ユリシーズが人差し指を立てる。
「禍々しい刀」
「……は?」
「それがわかれば、全部わかるぜ。あいつがお前らにわざわざ別れを告げた理由がな」
邪気が濃くなる。息が詰まる。
「ちなみに、あいつは今それを持ってない」
目の前が真っ暗になった。
自分の咳き込む音で目が覚めた。一瞬しか気絶しなかったらしい。ユリシーズはおらず、邪気はきれいさっぱり消えている。
「くっそ……」
意識して、大きく息を吐く。冷汗がひどい。
「カミラ、大丈夫か」
カミラはまだ腕の中でぐったりしている。息は荒い。
「カミラ、おい」
何度か揺さぶる。
「ん……苦し……」
薄目を開け、胸を押さえる。
「ゆっくり息吐け。大丈夫だから」
カミラの背中をさする。大きく波打っていた背中が、だんだん落ち着いてくる。
「……死ぬかと思った」
「まあ、あんだけの邪気だからな」
あれでも、ユリシーズの力のほんの一部なのだろう。
「絶対、寿命縮んだ」
「そうだな」
「よく大丈夫だったね」
カミラがベッドに腰掛け、そのまま体を仰向けに倒した。
「経験の差だな」
それでも、かなりきつかったが。今回ばかりは、エヴァンも死を覚悟した。
「なあ、禍々しい刀って何だと思う?」
「禍々しい刀? なにその、安っぽいネーミング」
「ユリシーズが言ってた。ひとつだけ教えてやるって」
それがなんなのか、まったくわからない。
「アリシアの銀の剣じゃないの? 邪気を持ってるユリシーズからしたら、禍々しいものだと思うけど」
「でも、ユリシーズってあの剣ふつうに触ってたぞ」
「触ってた? いつ? アリシアが触らせそうにないけど」
たしかに、アリシアはあの剣を触られたがらない。だが、ユリシーズは一回触っていた。
「ユリシーズの城で、アリシアが気絶したときに、剣も触ってた」
「運ぶとき? よく覚えてるね」
「触れるんだなあって思った記憶がある」
そのときは、べつにそこまで疑問を持ったりはしなかったが。
「それに、アリシアの本気の聖気でも全く効かないやつが、たかが銀の剣を禍々しいって言うとは思えないんだよな」
「それはたしかに」
カミラが起き上がり、こめかみを指でぐりぐりする。
「でも、アリシアってあれ以外に剣持ってないだろ? かといって、アリシアとまったく関係ないものだとしたら、あんまりヒントにならないから違うと思うんだよな」
剣をいくつも持っている巫女なんて、危なすぎる。
「……あれかなあ」
「何かあるのか?」
「アリシアさ、あれ持ってたんだよね。ヒヒイロカネ」
一瞬、頭の処理が追い付かない。
「ヒヒイロカネ?」
「そう。ヒヒイロカネ」
「見間違いとかじゃなくてか?」
「あんな紅い刀、見間違えるわけないでしょ。小刀だったけど」
ミスリルよりもオリハルコンよりも貴重な金属。紅のヒヒイロカネ。
「なんでそんなもんを巫女が持ってるんだ?」
冒険者でさえ、持っている人などひとりしか知らない。
「だから謎だったんだよね」
「いつ見たんだ? それは」
「誘拐されて助けてもらうときに。あのときのことはほとんど覚えてないし、今まで思い出しもしなかったんだけど」
エヴァンはそのときがれきの下だったため、それこそ何も覚えていない。だが、カミラにとってはつらい記憶だろう。その中に、ヒントが眠っていた。
「助けてくれるときに、ヒヒイロカネ使ってたんだよね。何かを切るときに」
アリシアの銀の剣は浄化のためであって、切るためのものではない。だから、ヒヒイロカネを出した。
「でも、普段見せないってことは、隠してるんだよね」
「そういうことになるな。巫女がそんな武器持ってるってなったら、いろいろ問題があるだろうし」
「ってことは、ますます怪しいよね」
知りたいことは何でもわかる。そう豪語していたユリシーズなら、ヒヒイロカネについて知っていてもおかしくはない。
「ただ、なんであれが禍々しいのかって話だよね。たしかに珍しいけど、邪気から見て嫌なものではないと思うんだけど」
「カミラは、ヒヒイロカネについて知ってるのか?」
カミラが首を横に振る。
「持った人じゃないとわからないんだって、お父さんに言われたから。でも、お父さんも知らないみたい。持てる人って、すごい限られてるんだってさ」
「そうか」
「ふつうじゃないらしいってことしか知らないんだよね。でも、これだけじゃどうしようもないよ」
落ち込むカミラの頭をポンポンをたたく。
「バーナードさん、いるかな……」
「バーナードさん?」
「A級の人。俺もけっこうお世話になってるんだけど、その人がヒヒイロカネ使ってるんだよな」
二つ名は華颯。紅い刀を風のように速く使うことからついた名だ。
「その人に話を聞くってこと?」
「家はハリトスにあるからな。ただ、依頼で飛び回ってるから、いるかどうか……」
「行くだけ行ってみたらいいんじゃない? 話聞けるといいけど」
大きな事件があったとか、A級が駆り出されるような魔物が出たとかいう話は、エヴァンの耳には入っていない。ハリトスにいる可能性が高い。
「じゃあ、明日の朝に行くか」
「うん」
少しでも、何かわかるといい。




