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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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9. ハリトス編

 アリシアを探して聖地を一周したが、どこにもいなかった。そのまま聖地を観光する気分でもなく、一度ハリトスの宿に戻る。


 エヴァンが自分の部屋に入ると、カミラがついてくる。もともと一人用の部屋に泊まっているエヴァンとは違い、カミラの泊まっている部屋は二人用だ。カミラひとりには、広すぎる。


「そりゃあさ、いつかはこうなる気もしてたよ。だけどさ、なにもこんないきなりじゃなくてよくない? 一方的に言われただけじゃん」

「あれでも、ちゃんと言ってくれただけましなんだろうけどな……」

「そうだけど」


 もう会えないことをきちんと告げてくれた。これまでのアリシアなら、黙って消えそうだった。そう考えたら、まだよかったのかもしれない。それと納得できるかどうかは別問題だが。


「でもさ、なんかおかしくなかった?」

「何が?」

「だって、アリシアの顔色、すごい悪かったよ。表情はいつもと変わらなかったけど、アリシアなら表情くらいなんとでもできるだろうし」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「こんな言い方したらあれだけどさ、私たちに会えないってだけで、あんな顔色になるのかな」

「それは……たしかに」


 アリシアの態度を思い出す。


「今考えてみると、あんなこと言った時点でおかしかったよな。二度と会えないみたいな言い方してた」

「聖地で働くから、二度と会えないんじゃないの?」

「聖地の巫女は、一生あそこにいるわけじゃない。よっぽどえらい人で、移動するには年を取りすぎてる聖職者以外は、数年に一回移動する」


 そんな話を聞いたことがある。基本的に聖職者が働く場所は決まっている。アリシアがギアトーレの教会に所属しているように。だが、一生のうちに一回か二回、聖地で数年働く。聖職者はみんなそれにあこがれるのだと。


「でも、そうだとしたら、アリシアって何年か経ったらギアトーレに帰ってくるよね?」

「だから、おかしいんだ。数年で帰るって言えばよかった」

「今生の別れみたいな言い方してたもんね」


 考えれば考えるほど、おかしい。


「ふたりして、ひっでえ顔してるな」

「ユリシーズ」


 ユリシーズが現れる。もう突然出てくることに突っ込みはしない。


「アリシアが……」

「あ? 知ってるぜ、それくらい」

「なんで知ってるんだ?」


 ユリシーズが腕を組んで壁にもたれる。


「この世の出来事、知ろうと思えば何でもわかるからな」


 ついに神みたいなことを言い出した。


「なんか、おかしいって思わなかった?」

「べつに。興味もねえし」


 返事はつれない。


「なんとも思わないの? アリシアが何かに巻き込まれてるかもしれないのに」


カミラがユリシーズに食って掛かる。だが、ユリシーズの目は涼しいままだ。真っ黒な瞳はこちらを映すだけで、なんの感情も読み取れない。


「アリシアがどうなるかわかんないのに」

「お前らねえ……」


 ユリシーズが右手を出す。


「うわっ」


 見えない力に押されたカミラが、エヴァンに寄り掛かる。


「何を勘違いしてんのか知らないから言ってやるけど、俺はあいつがどうなろうがどうでもいい。人にそこまで興味はねえよ」


 冷たい声。ユリシーズから邪気が漏れ出す。心臓をわしづかみされているような感覚。


「少なくとも、この程度で死ぬような奴を、助ける理由もねえだろ」


 肺を圧迫される。意識して呼吸しないと、パニックになりそうだ。


「アリシアが……どうなっても、いいと?」


 声を絞り出す。


「勘違いすんな。俺は人の味方なわけじゃねえ。俺を味方につけたいなら、それなりの条件で取引をするんだな」


 そこにあるのは、絶対王者の姿。


 忘れていた。あまりに自然に話していたから。ユリシーズはこういう奴で、エヴァンごときでは逆らえないのだ。


「ふざ……けんな!」


 呼吸が苦しい。死を覚悟するほどの恐怖。それでも、この程度に屈するほど弱くはない。だてに、何年もA級冒険者でいるわけではない。


「まだ、意識持ってんの。さすがだな」


 腕の中のカミラはとうに気絶している。だが、それを気にかけてやる余裕はない。


「その状態でも俺に逆らおうとする心意気に免じて、ひとつだけ教えてやるよ」


 ユリシーズが人差し指を立てる。


「禍々しい刀」

「……は?」

「それがわかれば、全部わかるぜ。あいつがお前らにわざわざ別れを告げた理由がな」


 邪気が濃くなる。息が詰まる。


「ちなみに、あいつは今それを持ってない」


 目の前が真っ暗になった。




 自分の咳き込む音で目が覚めた。一瞬しか気絶しなかったらしい。ユリシーズはおらず、邪気はきれいさっぱり消えている。


「くっそ……」


 意識して、大きく息を吐く。冷汗がひどい。


「カミラ、大丈夫か」


 カミラはまだ腕の中でぐったりしている。息は荒い。


「カミラ、おい」


 何度か揺さぶる。


「ん……苦し……」


 薄目を開け、胸を押さえる。


「ゆっくり息吐け。大丈夫だから」


 カミラの背中をさする。大きく波打っていた背中が、だんだん落ち着いてくる。


「……死ぬかと思った」

「まあ、あんだけの邪気だからな」


 あれでも、ユリシーズの力のほんの一部なのだろう。


「絶対、寿命縮んだ」

「そうだな」

「よく大丈夫だったね」


 カミラがベッドに腰掛け、そのまま体を仰向けに倒した。


「経験の差だな」


 それでも、かなりきつかったが。今回ばかりは、エヴァンも死を覚悟した。


「なあ、禍々しい刀って何だと思う?」

「禍々しい刀? なにその、安っぽいネーミング」

「ユリシーズが言ってた。ひとつだけ教えてやるって」


 それがなんなのか、まったくわからない。


「アリシアの銀の剣じゃないの? 邪気を持ってるユリシーズからしたら、禍々しいものだと思うけど」

「でも、ユリシーズってあの剣ふつうに触ってたぞ」

「触ってた? いつ? アリシアが触らせそうにないけど」


 たしかに、アリシアはあの剣を触られたがらない。だが、ユリシーズは一回触っていた。


「ユリシーズの城で、アリシアが気絶したときに、剣も触ってた」

「運ぶとき? よく覚えてるね」

「触れるんだなあって思った記憶がある」


 そのときは、べつにそこまで疑問を持ったりはしなかったが。


「それに、アリシアの本気の聖気でも全く効かないやつが、たかが銀の剣を禍々しいって言うとは思えないんだよな」

「それはたしかに」


 カミラが起き上がり、こめかみを指でぐりぐりする。


「でも、アリシアってあれ以外に剣持ってないだろ? かといって、アリシアとまったく関係ないものだとしたら、あんまりヒントにならないから違うと思うんだよな」


 剣をいくつも持っている巫女なんて、危なすぎる。


「……あれかなあ」

「何かあるのか?」

「アリシアさ、あれ持ってたんだよね。ヒヒイロカネ」


 一瞬、頭の処理が追い付かない。


「ヒヒイロカネ?」

「そう。ヒヒイロカネ」

「見間違いとかじゃなくてか?」

「あんな紅い刀、見間違えるわけないでしょ。小刀だったけど」


 ミスリルよりもオリハルコンよりも貴重な金属。紅のヒヒイロカネ。


「なんでそんなもんを巫女が持ってるんだ?」


 冒険者でさえ、持っている人などひとりしか知らない。


「だから謎だったんだよね」

「いつ見たんだ? それは」

「誘拐されて助けてもらうときに。あのときのことはほとんど覚えてないし、今まで思い出しもしなかったんだけど」


 エヴァンはそのときがれきの下だったため、それこそ何も覚えていない。だが、カミラにとってはつらい記憶だろう。その中に、ヒントが眠っていた。


「助けてくれるときに、ヒヒイロカネ使ってたんだよね。何かを切るときに」


 アリシアの銀の剣は浄化のためであって、切るためのものではない。だから、ヒヒイロカネを出した。


「でも、普段見せないってことは、隠してるんだよね」

「そういうことになるな。巫女がそんな武器持ってるってなったら、いろいろ問題があるだろうし」

「ってことは、ますます怪しいよね」


 知りたいことは何でもわかる。そう豪語していたユリシーズなら、ヒヒイロカネについて知っていてもおかしくはない。


「ただ、なんであれが禍々しいのかって話だよね。たしかに珍しいけど、邪気から見て嫌なものではないと思うんだけど」

「カミラは、ヒヒイロカネについて知ってるのか?」


 カミラが首を横に振る。


「持った人じゃないとわからないんだって、お父さんに言われたから。でも、お父さんも知らないみたい。持てる人って、すごい限られてるんだってさ」

「そうか」

「ふつうじゃないらしいってことしか知らないんだよね。でも、これだけじゃどうしようもないよ」


 落ち込むカミラの頭をポンポンをたたく。


「バーナードさん、いるかな……」

「バーナードさん?」

「A級の人。俺もけっこうお世話になってるんだけど、その人がヒヒイロカネ使ってるんだよな」


 二つ名は華颯。紅い刀を風のように速く使うことからついた名だ。


「その人に話を聞くってこと?」

「家はハリトスにあるからな。ただ、依頼で飛び回ってるから、いるかどうか……」

「行くだけ行ってみたらいいんじゃない? 話聞けるといいけど」


 大きな事件があったとか、A級が駆り出されるような魔物が出たとかいう話は、エヴァンの耳には入っていない。ハリトスにいる可能性が高い。


「じゃあ、明日の朝に行くか」

「うん」


 少しでも、何かわかるといい。

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