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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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8. 聖地編

 聖地の中心にあるのは教会だが、それ以外にも小さい教会がいくつかあり、宗教画が置いてある美術館もある。


「こんだけ人が来るくせに、食べ物は売ってないんだよね。教会がパンを配ってるけど」

「聖地で金儲けはまずいんじゃないのか」


 聖地には店がない。


「だってさ、これだけ人がいるんだよ。お店作ったら、けっこう売れそうなんだけど」

「だから、金儲けはまずいんだろうって。商魂たくましいのは、いいことだけどな」


 商人の娘のカミラは、ありとあらゆることが、金につながる性質がある。


「でも、おなか一杯食べられないのはちょっときついよね。あれだけのパンじゃ足りないでしょ」

「教会だからな」


 あれでアリシアは生活しているのだろうか。そう考えると、かわいそうになってくる。何も知らないのに哀れまれたら、アリシアは怒りそうだが。


「宗教画って、あんまり好きじゃないんだよな」

「なんで? きれいなのに」

「なんか、人間味を感じないからな。見てもあまり何も思わないっていうか」


 大衆用に描かれた安っぽい絵の方が、見ていて楽しい。


「まあ、人間味はないよね。人を描こうとして描いてるわけじゃないだろうし」


 そう言いながら、カミラは絵に近寄る。


「そういう風に考えて見たことはなかったけど、私は好きだよ。ふつうにきれいだし」

「まあ、きれいはきれいだけど」

「絵の技術はやっぱり高いしね」


 意外なセリフだ。


「絵の勉強でもしたことあるのか?」

「勉強したっていうか、お父さんの趣味で少し教えてもらった。武器商人のくせに、絵が好きで、ちまちま集めてたから」

「なるほど」


 父の話をふつうにできるくらいに回復したのならうれし。そして、その絵たちは、きっとあの爆発のせいでがれきになったのだろう。大作がなかったことを祈る。


「まあでも、宗教画ってことは、教義についてもっと知ってたらもっと楽しめるんじゃない? なんか、この絵はこういう意味があるんだ、的な」

「巫女さんに聞いたら、解説してくれるらしいからな」


 とはいえ、長い話は聞きたくないので、解説してほしいとは思わない。


「っと、すみません」


 前を見ておらず、歩いてきた巫女にぶつかる。


「申し訳ありません」


 巫女が軽く頭を下げ、去っていく。


「大丈夫?」

「……ああ」


 そう言って、こめかみを指で叩く。二・三度まばたきをしたカミラがうなずいた。


『どうしたの?』

『今の、アリシアだよな?』


 顔は見えなかった。だが、あの声と金髪はアリシアのものだ。


『……たぶん? 声は似てたね。絶対そうとは言えないけど』

『あいつ……、手癖悪いな』


 ポケットに手を突っ込むと、小さな紙切れに手が触れた。自分で入れた記憶はないもの。今、アリシアに入れられたとしか考えられない。


 あの一瞬で紙切れを入れられるのだから、逆に中に入っているものを盗ることもできるだろう。手癖の悪い。巫女のくせに、どこで習得したのかと聞きたい。


『なんて書いてるの?』

『次を右に。道案内するわ』


 意味がわからない。声をかけるなと言ったアリシアが美術館内を案内してくれるとは思えないし、それだけなら紙を入れて立ち去るなんてことをする必要はない。ふつうに声をかけて案内を申し出ればよかった。


『なんか話でもあるのかな』

『でも、道案内って書いてるぞ』

『みんな左に行ってるでしょ。ってことは、右に入ったら、道に迷った人ってことになる。それを道案内する口実で、何か聞かれたくない話でもするんじゃないかな』


 それなら、納得できる。


「でも、話って何だろうね」

「声かけるなって言ったのは、アリシアだしな」


 それに、アリシアはなにか重要なことがあったとしても、話しそうにない。ひとりで抱えて、ひとりで何とかしてしまう人だ。


 そのアリシアがこんな方法を使ってまで話したいこととなれば、そうとうなことだろう。


「聞いてみないと、わからないだろうな」

「うう……、ヤな予感がするんだけど」


 そうは言っても、聞かないわけにはいかないだろう。




 右に曲がると、一気に人がいなくなる。少し進むと、アリシアが立っていた。


「大きな声は出さないでちょうだい」


 ささやくような声。


「何かあったか?」

「ギアトーレに戻れなくなったわ」

「どういうこと?」


 アリシアが唇の前で指を立てる。


「聖地で働くことになったのよ。もう、向こうには戻らないわ」

「じゃあ、それって……」

「あなたたちに会うのもこれが最後になるわね。だから、それだけ伝えておこうと思って」


 もうすぐ、右に曲がった地点まで戻ってしまう。そうしたら、もうこの話は終わりだ。


「泣かないでちょうだい。いつかはこうなるってわかっていたでしょう」


 カミラの目がうるむ。まばたきをしたら、涙がこぼれそうなくらいに。


「でも……」

「私は巫女。あなたたちは冒険者。そもそも生きる世界が違うのよ。いつまでも一緒にいられるわけじゃないわ」


 突き放すような言い方。だが、そこにやさしさも感じる。


「なんで、こんな突然……。もうちょっとゆっくりしゃべりたかったのに」

「巫女は、特定の誰かと仲良くしてはいけないのよ。全員を救わないといけないから。だけど」


 分かれ道につく。アリシアが背を向ける。


「そんなことが気にならないくらいには、あなたたちといるのは楽しかったわよ」


 その言葉は、聞かせたかったのか、それとも聞いてしまっただけなのかはわからない。立ち去ってしまったアリシアにはもう聞けない。


 だが、初めて聞いた、アリシアの本音だった。


「カミラ、大丈夫か」


 放心してしまっているカミラの肩をたたく。


「……ほんと、何なの」


 呆然と、つぶやく。


「私だって、楽しかったから、一緒にいたかったのに」


 こぼれるような言葉。それをなぐさめる術は持たない。


 あまりに、突然すぎた。




 外に出たアリシアに、黒い服の男が声をかける。


「やーい、かっこつけ」

「……どうしてあなたがいるのかしらね」


 アリシアがため息をつく。


「入ってこないって言ってなかったかしら? あなた、約束は守るんでしょう?」

「今回はやぶってねえよ。おもしろそうなことがあったら、入るって言ったからな」


 ユリシーズは、約束をやぶってはいない。


「それにしても、人に会った第一声が『かっこつけ』って、失礼ね」

「いやあ、だって、それくらいには楽しかったわよ、なんてわざわざ言うあたり計算してるだろ」

「最後くらい、本音を言ってもいいじゃない」


 アリシアが足早に歩く。


「それで、あなたは私をからかいに来ただけかしら?」

「いや、ひとつ質問しようと思ってさ」


 ユリシーズの雰囲気から、ふざけたものが消える。


「お前はそれで、いいんだな?」

「悪いって言ったところで、どうにかなる問題じゃないでしょう。それに、あなたが気に掛けることではないわよ」

「おもちゃが消えちまうのはさみしいからな」


 人を堂々とおもちゃ呼ばわりしたユリシーズは、腕を組んだ。


「逆らわねえんだな」

「さすがにね」

「ふうん。ずいぶん、お優しいことで」


 その言葉に、アリシアがため息をつく。


「自分でも、ぬるくなったって思ってるわよ」

「それにしても、なんでいきなり聖地で働くことになったんだ?」

「あなたのせいよ」

「俺?」


 アリシアがため息をつく。


「あなたの魔石って嘘をついて持って帰ったことがあったでしょう。罰を受けることはなかったけれど、私が魔族と仲良くしている疑いをかけられたのよ」

「じゃあ、魔族と接触しないようにってことか。けど、それだったらなんで今?」


 アリシアがユリシーズの魔石と言って、ユリシーズが作った魔石を教会に持って帰ったのはかなり前の話だ。


「邪気で操られている人がいたでしょう。あれは、私が魔族に指示してやらせてるんじゃないかって話なのよ。どれだけの人がそう思っているのかは知らないけど」

「なるほど。そいつはご愁傷さま」


 ひとつもそんなこと思っていないような口調でそう言ったユリシーズが、アリシアのふところを指さす。


「あれは? 持ってねえの? あの禍々しいやつ」

「どうして、あなたが知っているのよ」


 ユリシーズが肩をすくめる。アリシアは、もう一度ため息をついた。


「持ってないわよ、今は」

「徹底してるな」


 建物に入る直前で、ユリシーズが耳元でささやく。


「お前と遊べて楽しかったぜ」

「どうして、今から捨てられる女みたいなセリフをあなたに言われないといけないのよ」


 アリシアが振り返る。


「まあでも、あなたが忘れられない男であることは事実ね」

「ほお。もう少し詳しく聞いても?」

「大した意味はないわよ。私、記憶力いいから」


 今度こそ、アリシアが建物の中に入っていく。それと同時に、ユリシーズの姿もかき消えた。

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