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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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7. 聖地編

 宣言通り、朝起きるとアリシアはいなかった。


「見送ってあげようと思ってたのに」


 カミラが口をとがらせながら、パンをかじる。


「気づかなかったのか?」

「もうぐっすり寝てた。まったく気づかなかった」

「まあ、疲れてたんだろ。あんまりゆっくり休まずここまで来たからな」


 用事がなかったらもう少しのんびり来たのだが、アリシアが急いでいたのだから仕方がない。夜に宿に泊まる以外は、歩きどおしだった。


 エヴァンはそれなりに体力があるし、移動にも慣れている。ユリシーズはおそらく、疲れるという概念すら存在しない。アリシアもカミラよりは移動に慣れているだろう。そんな面子だったのだから、カミラが疲れるのも無理はない。


「それに、仕事終わったらまた会えるだろ」

「そうだけど、いつになるかわかんないんだもん。アリシアってほっといたらどっか行っちゃいそうだし」

「それはたしかに」


 今回だって、たまたまアリシアの家を訪ねなければ、黙って出て行っただろう。


 アリシアは自分のことはあまり話さない。聞かれたことに対して一般的な説明はしても、アリシア自身については何も言わない。それは、もともとの性格なのか、教会という組織にいるから話せないだけなのか。どちらにせよ、なんとなく距離を感じるし、アリシアが距離を置こうとしているように感じる。


「聖地でも声かけちゃいけないって言うし」

「決まりならしょうがないだろ。いい加減機嫌を直せ」

「むうう」


 膨らんだカミラの頬を両手で挟むと、カミラが口をとがらせた。


「なにすんの」

「そんな顔するなって」

「わかったから」


 手を離すと、カミラの口ももとに戻る。


「じゃあ、聖地行くか」

「うん。あんまり混んでないといいけど。人多いとゆっくり見られないし」

「行事の時期じゃないし大丈夫だろ。宿もいきなりでもとれたし」


 ほんとうに混んでいるときには、宿なんて取れない。ちゃんとしたところに泊まろうと思ったら、何日も前に予約しないといけない。


 それに比べたら、ましだろう。もちろん、人が少ないに越したことはないが。




 細い山道を通り、聖地につく。


「もう足パンパンなんだけど」

「お疲れさん」


 カミラがふくらはぎをさすりながらうめく。


「でも、思ったより歩きやすくてよかった。もっと大変かと」

「そりゃまあ、大量に人が通るからな。それなりに整備はされてるだろ」


 坂道を登らなければならない事実に変わりはないが、それでもがたがたで岩だらけの道ではないだけ、歩きやすい。


「で、あれが中心か」

「だね。たしか教祖が神の声を伝えるために建てたんだっけ」

「よく知ってるな」


 ものすごく基本的なことを聞いて、アリシアにあきれられたこともあったというのに。すごい進歩だ。


「バカにしてる?」


 カミラがつんとそっぽを向く。


「少しは勉強したんだから。せっかく聖地に来るのに、何も知らなかったらもったいないでしょ」

「えらいな」


 そんなこと、考えもしなかった。観光にそこまで興味がない。


「神の声が聞こえるってどんな感じなんだろうね」

「頭の中に声が鳴るとか聞いたことはあるけど、言い伝えだしどこまで本当かわかったもんじゃないな」

「でもさ、もし頭の中に声が聞こえるんだとしたら、私のテレパシーってそれに近いよね」


 たしかに、カミラのテレパシーは耳から聞こえているわけではない。最初のころは、慣れなくてかなりの違和感があった。


「ってことはさ、聖職者にいい感じにテレパシー送ったら、神の声ってことになるのかな」

「恐ろしいこと考えんなよ、たのむから。悪用するな」

「しないよ。するわけないでしょ。でも、そう考えたら、血術が監視されるのもわかるかも」


 血術を持っている人は、軍に監視されている。普段そこまで軍に見張られている感じはしないが、行動は把握されているはずだ。といっても、カミラのテレパシーは目に見えるものではないから、悪用したところで気づかれない。ある意味、やりたい放題だ。


「もしやったら、それこそ国王以上の力になるな」

「神は一番だもんね。タルアをひっくり返すくらいはできそう。やらないけど」

「そんなことしたって、メリットないもんな」


 アリシアはいろいろ面倒なことを抱えてそうだから、そういう大きなことをやる理由があるかもしれない。だが、A級だろうが、血術を持っていようが、それなりに平和に暮らしているエヴァンとカミラからしたら、タルアがなくなったところでいいことはひとつもない。


「そもそも、こんなところでそんな不謹慎な話をする時点で間違っているよね」


 前の人に続いて教会に入る。


「すげえな」

「細かいよね、ほんと」


 美術にはさして興味がないし、学んだこともない。だが、これはすごいと思う。天井の絵も、壁の彫刻も、ステンドグラスも。


「あれ全部ガラスでしょ? いくらかかるんだろ、あれ」

「教会で金の話をするのも、かなり不謹慎だと思うぞ」


 これも昔アリシアに注意された気がする。


「まあそうだけどさ」

「俺は、天井の絵をどうやって描いたかの方が気になる。描いてから天井を組み立てるにしても、あんだけでかいと難しそうだし」

「そのへんは、謎だよね。彫刻も、あんな大きいのどうやって作ったんだろうって感じだし」


 すべてに圧倒される。普段神をそこまで信じていないし、存在も感じないが、こういうのを見ると、祈りたくなる気持ちはわかる。人智を超えた何かを感じる。


「さすがは、神が作ったとされる教会だよね」

「神が作ったのか? 教会を?」

「違うよ。ただ、それくらいすごいから、当時作った人は実は神の使いだったんじゃないか、とか神が力を貸したんじゃないかって言われてるだけ」


 なるほど。それなら理解できる。


「アリシアってこんなところで仕事するんだ」

「うらやましいか?」

「毎日見られるのはうらやましいけど、あんな規則多そうな仕事向いてないよ。めんどくさい」


 神のにつかえる仕事に対して、その言いざまはさすがにひどいと思う。


「冒険者の方が気楽でいいよ」

「そうだな」


 エヴァンも、規則が多いのがいやで軍ではなく冒険者になったのだから、同じようなものだ。


「そういえば、ユリシーズどこ行ったんだろう?」

「そういや、いないな」


 朝起きたときにはいなかった。昨夜いつまでいたのかは知らないが、エヴァンにちょっかいをかけに来ることはなかった。


「さすがに、聖地には入れないんじゃないか?」

「まあ、いてもいなくてもあんまり変わらないか。気まぐれだから、どっか行ったんだろうし」

「……なんか、どんどん口がきつくなってないか?」


 カミラはあまりこういうことを言わなかったはずだが。


「アリシアの影響かなあ」

「巫女の影響で口が悪くなるって、なかなかおもしろい現象だな」

「まあ、巫女としての口調はきれいだから、ある意味切り替えがうますぎるっていうか、ね」


 しゃべり方だけではなく、顔つきまで変わるのだから、あれは本当に見事なものだ。


「本性がわからないって意味では、ユリシーズの方がよっぽど謎だけど」

「あれはわざとだろ。わざとへらへらして、俺らが踏み込めないようにしてる」


 その気持ちが、まったくわからないわけではない。


「なんでそんなことするんだろう?」

「あいつは死なない。人と親しくなったところで、人が先に死ぬ。だから、深い関係にならないようにしてるんだろ」

「ああ、そういうことなんだ」


 本人はごまかせているつもりなのかもしれないが、さすがにそれくらいは見ていたらわかる。実際に親しかった誰かを亡くしたのか、ただただ恐れているだけなのかは知らないし、別に聞きたいとも思わないが。


 ユリシーズの生きる時間は、人から見たら永遠だ。その深淵に踏み込んでしまったら、もう戻れないような気がする。だから、知らないふりをする。


「教会で魔族の話をするって、これまでで一番不謹慎かもしれないね」

「たしかにな」


 不謹慎という意味では、最大にまずい話だった。

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