7. 聖地編
宣言通り、朝起きるとアリシアはいなかった。
「見送ってあげようと思ってたのに」
カミラが口をとがらせながら、パンをかじる。
「気づかなかったのか?」
「もうぐっすり寝てた。まったく気づかなかった」
「まあ、疲れてたんだろ。あんまりゆっくり休まずここまで来たからな」
用事がなかったらもう少しのんびり来たのだが、アリシアが急いでいたのだから仕方がない。夜に宿に泊まる以外は、歩きどおしだった。
エヴァンはそれなりに体力があるし、移動にも慣れている。ユリシーズはおそらく、疲れるという概念すら存在しない。アリシアもカミラよりは移動に慣れているだろう。そんな面子だったのだから、カミラが疲れるのも無理はない。
「それに、仕事終わったらまた会えるだろ」
「そうだけど、いつになるかわかんないんだもん。アリシアってほっといたらどっか行っちゃいそうだし」
「それはたしかに」
今回だって、たまたまアリシアの家を訪ねなければ、黙って出て行っただろう。
アリシアは自分のことはあまり話さない。聞かれたことに対して一般的な説明はしても、アリシア自身については何も言わない。それは、もともとの性格なのか、教会という組織にいるから話せないだけなのか。どちらにせよ、なんとなく距離を感じるし、アリシアが距離を置こうとしているように感じる。
「聖地でも声かけちゃいけないって言うし」
「決まりならしょうがないだろ。いい加減機嫌を直せ」
「むうう」
膨らんだカミラの頬を両手で挟むと、カミラが口をとがらせた。
「なにすんの」
「そんな顔するなって」
「わかったから」
手を離すと、カミラの口ももとに戻る。
「じゃあ、聖地行くか」
「うん。あんまり混んでないといいけど。人多いとゆっくり見られないし」
「行事の時期じゃないし大丈夫だろ。宿もいきなりでもとれたし」
ほんとうに混んでいるときには、宿なんて取れない。ちゃんとしたところに泊まろうと思ったら、何日も前に予約しないといけない。
それに比べたら、ましだろう。もちろん、人が少ないに越したことはないが。
細い山道を通り、聖地につく。
「もう足パンパンなんだけど」
「お疲れさん」
カミラがふくらはぎをさすりながらうめく。
「でも、思ったより歩きやすくてよかった。もっと大変かと」
「そりゃまあ、大量に人が通るからな。それなりに整備はされてるだろ」
坂道を登らなければならない事実に変わりはないが、それでもがたがたで岩だらけの道ではないだけ、歩きやすい。
「で、あれが中心か」
「だね。たしか教祖が神の声を伝えるために建てたんだっけ」
「よく知ってるな」
ものすごく基本的なことを聞いて、アリシアにあきれられたこともあったというのに。すごい進歩だ。
「バカにしてる?」
カミラがつんとそっぽを向く。
「少しは勉強したんだから。せっかく聖地に来るのに、何も知らなかったらもったいないでしょ」
「えらいな」
そんなこと、考えもしなかった。観光にそこまで興味がない。
「神の声が聞こえるってどんな感じなんだろうね」
「頭の中に声が鳴るとか聞いたことはあるけど、言い伝えだしどこまで本当かわかったもんじゃないな」
「でもさ、もし頭の中に声が聞こえるんだとしたら、私のテレパシーってそれに近いよね」
たしかに、カミラのテレパシーは耳から聞こえているわけではない。最初のころは、慣れなくてかなりの違和感があった。
「ってことはさ、聖職者にいい感じにテレパシー送ったら、神の声ってことになるのかな」
「恐ろしいこと考えんなよ、たのむから。悪用するな」
「しないよ。するわけないでしょ。でも、そう考えたら、血術が監視されるのもわかるかも」
血術を持っている人は、軍に監視されている。普段そこまで軍に見張られている感じはしないが、行動は把握されているはずだ。といっても、カミラのテレパシーは目に見えるものではないから、悪用したところで気づかれない。ある意味、やりたい放題だ。
「もしやったら、それこそ国王以上の力になるな」
「神は一番だもんね。タルアをひっくり返すくらいはできそう。やらないけど」
「そんなことしたって、メリットないもんな」
アリシアはいろいろ面倒なことを抱えてそうだから、そういう大きなことをやる理由があるかもしれない。だが、A級だろうが、血術を持っていようが、それなりに平和に暮らしているエヴァンとカミラからしたら、タルアがなくなったところでいいことはひとつもない。
「そもそも、こんなところでそんな不謹慎な話をする時点で間違っているよね」
前の人に続いて教会に入る。
「すげえな」
「細かいよね、ほんと」
美術にはさして興味がないし、学んだこともない。だが、これはすごいと思う。天井の絵も、壁の彫刻も、ステンドグラスも。
「あれ全部ガラスでしょ? いくらかかるんだろ、あれ」
「教会で金の話をするのも、かなり不謹慎だと思うぞ」
これも昔アリシアに注意された気がする。
「まあそうだけどさ」
「俺は、天井の絵をどうやって描いたかの方が気になる。描いてから天井を組み立てるにしても、あんだけでかいと難しそうだし」
「そのへんは、謎だよね。彫刻も、あんな大きいのどうやって作ったんだろうって感じだし」
すべてに圧倒される。普段神をそこまで信じていないし、存在も感じないが、こういうのを見ると、祈りたくなる気持ちはわかる。人智を超えた何かを感じる。
「さすがは、神が作ったとされる教会だよね」
「神が作ったのか? 教会を?」
「違うよ。ただ、それくらいすごいから、当時作った人は実は神の使いだったんじゃないか、とか神が力を貸したんじゃないかって言われてるだけ」
なるほど。それなら理解できる。
「アリシアってこんなところで仕事するんだ」
「うらやましいか?」
「毎日見られるのはうらやましいけど、あんな規則多そうな仕事向いてないよ。めんどくさい」
神のにつかえる仕事に対して、その言いざまはさすがにひどいと思う。
「冒険者の方が気楽でいいよ」
「そうだな」
エヴァンも、規則が多いのがいやで軍ではなく冒険者になったのだから、同じようなものだ。
「そういえば、ユリシーズどこ行ったんだろう?」
「そういや、いないな」
朝起きたときにはいなかった。昨夜いつまでいたのかは知らないが、エヴァンにちょっかいをかけに来ることはなかった。
「さすがに、聖地には入れないんじゃないか?」
「まあ、いてもいなくてもあんまり変わらないか。気まぐれだから、どっか行ったんだろうし」
「……なんか、どんどん口がきつくなってないか?」
カミラはあまりこういうことを言わなかったはずだが。
「アリシアの影響かなあ」
「巫女の影響で口が悪くなるって、なかなかおもしろい現象だな」
「まあ、巫女としての口調はきれいだから、ある意味切り替えがうますぎるっていうか、ね」
しゃべり方だけではなく、顔つきまで変わるのだから、あれは本当に見事なものだ。
「本性がわからないって意味では、ユリシーズの方がよっぽど謎だけど」
「あれはわざとだろ。わざとへらへらして、俺らが踏み込めないようにしてる」
その気持ちが、まったくわからないわけではない。
「なんでそんなことするんだろう?」
「あいつは死なない。人と親しくなったところで、人が先に死ぬ。だから、深い関係にならないようにしてるんだろ」
「ああ、そういうことなんだ」
本人はごまかせているつもりなのかもしれないが、さすがにそれくらいは見ていたらわかる。実際に親しかった誰かを亡くしたのか、ただただ恐れているだけなのかは知らないし、別に聞きたいとも思わないが。
ユリシーズの生きる時間は、人から見たら永遠だ。その深淵に踏み込んでしまったら、もう戻れないような気がする。だから、知らないふりをする。
「教会で魔族の話をするって、これまでで一番不謹慎かもしれないね」
「たしかにな」
不謹慎という意味では、最大にまずい話だった。




