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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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5. ハリトス編

 宿でとったのは二部屋。一つはカミラとアリシア。もう一つは、エヴァン。


「お前は寝ないのか?」


 エヴァンの部屋にあるベッドは一つ。ユリシーズが寝る場所はない。


「寝る必要ねえからな」

「寝なくていいのか」

「俺らは邪気の塊であって、生き物じゃねえよ」


 眠る必要がないのは、少しうらやましい。たまに思うのだ。眠る時間が必要なくて、その間も移動することができたら、すぐに目的地につけるのに、と。


実際は、夜間に移動するのはいろいろと危険も多いから、あまりやらないし、現実的ではない。肉体がつかれなかったところで、精神的にやられたりすることはある。


「まあ、どうしても一緒にいてほしいって泣きつくんだったら、ここにいてやってもいいぜ」

「誰が言うか。気持わりい」


 何が悲しくて、男に泣きつかないといけないのか。


「エヴァンって、俺に対してだけ口悪いよな」

「そりゃ、お前が悪い」


 ユリシーズがいい加減なことばかり言うから、悪いのだ。そういうことを言わなくなったところで、丁寧に接してやる気はさらさらないが。


「どっか行くのか?」

「やりたいことがあるんでね。それじゃ」

「ちょっと待て」


 ユリシーズが振り返る。


「アリシアの様子、おかしくないか?」


 いつもより、ピリピリしているような気がした。カミラに言われたときは流したが、だんだん気になってきた。


 だが、ユリシーズは鼻で笑った。


「俺に聞かれても知るかよ」

「あ、おい」


 ユリシーズが扉から外に出る。それにいやな予感がした。消えたのではなく、わざわざ扉から出たということは。


 壁から、アリシアの声が聞こえた。ユリシーズの声も聞こえる。やっぱり、隣の部屋に突撃したらしい。ノックもせずに入るのは、さすがに信じられない。


 すこしすると、ノックされる。


「はい」

「あ、エヴァン。今大丈夫?」

「いいけど、何かあったか?」


 何があったのかはだいたいわかっている。だが、一応聞く。


「あの二人が話がしたいらしくて、追い出された」


 そういうことだろうと思った。

 カミラを中に入れると、ベッドに座る。


「アリシア怒ってたか?」

「ユリシーズがノックもせずに入ってきたから、ちょっとね。怒ってるっていうか、文句言ってた。私たちが着替えてたら、どうするつもりだったんだろう」


 カミラの語気も強い。エヴァンも、なにかもやもやを感じた。


「ほんとに、あの二人ってどうにかなんないのかな。アリシアも本気でいやがってなさそうだからいいけど」

「いやがってないんなら、いいんじゃないか」


 カミラが足をほぐしながら、


「そういえば、エヴァンって聖地行ったことないの?」


 と聞いてきた。


「ないな。ハリトスには行ったことあるけど」

「ハリトスって、聖地の下の町だっけ? けっこう大きいよね」

「ああ。あのあたりじゃ、一番大きい」


 大都市は、基本的に海沿いにある。交易で金を稼げるから。そのうえ、内陸に行くと、死の領地が近くなるから、住みたがる人も減る。例外は、聖地の近くにあるハリトスくらいだ。


「治安は悪いけどな。あそこ」

「悪いの? 聖地の近くなのに」

「悪いところもあるんだよ。まともなところにいる限りはいいんだけどな。ちょっと奥に入ると、いろいろと危ない」


 闇市とかがあるらしい。エヴァンは行ったことはないが、人に聞いたことはある。


「カミラは行ったことないのか?」

「ないよ」

「ハリトスに店出してなかったのか?」


 聞いてから、しまった、と思った。カミラが誘拐されたあと、グリフィン商会の話はなるべく出さないようにしていた。まだ、傷が癒えていないだろうから。


 だが、カミラは気にする様子もなく言った。


「だって、あそこダンジョン小さいじゃん。ギルドも一応あるけど、小さいし。うちは冒険者向けの商品を扱ってたからね」

「そうか。あそこはあんまり冒険者いないな」


 海沿いでない大都市はダンジョンがあることが多い。ギアトーレはそうだ。大きいダンジョンがあると、冒険者が集まり、そこに店ができる。


「ダンジョンが小さくて、海沿いでもないのに、なんでハリトスってあんなに大きいの? 何もないよね?」

「聖地に行く人が、あそこに泊まるからな。聖地の中では泊まれないから、ハリトスに泊まるんだよ」


 だから、宿が多い。


「そうなんだ」

「カミラは、聖地にも行ったことないんだな」

「意外? 一回行きたかったんだけど、親が忙しくて、結局行けなかったんだよね」


 カミラはそうでもないらしいが、カミラの両親は信心深かったらしいから、行ったことがあるのかと思っていたのだ。


「だから、楽しみなんだよね」


 エヴァンは、別段聖地に興味はない。だが、楽しそうなカミラを見ていると、聖地でゆっくりするのもいいか、と思えた。




 ユリシーズがカミラのベッドに座る。


「で、何か用か?」

「訪ねてきた側が言うセリフじゃないわよね、それ」

「俺に言いたいことがありそうだったから、来てやったんだけど」


 アリシアがローブの前をはだけさせ、足を組んだ。エヴァンやカミラの前では絶対にしない姿勢。


「見つからなかったって、どういうこと?」

「魔族が近くにいなかった。邪気は感じたんだけどな」

「邪気はどこから感じたの?」


 ユリシーズがかすかに眉を寄せた。珍しい表情。


「人から」

「人?」

「エヴァンとも違ったし、操られてるやつらとも違った。ただ、邪気は感じた」


 アリシアがため息をつく。憂鬱そうに、鬱陶しそうに。


「どういうことよ、それ」

「だから、俺にもわからねえんだって。おもしろそうな感じはするけどな」

「おもしろそうって言えるあなたがうらやましいわ」


 心底疲れたような声。


「それで、そっちは?」

「彼らは、近くの街道を歩いていたらしいわ。武器は持っていなかったし、戦闘能力も低そうだったわよ」

「近くの街道? で、戦闘力のなさそうな奴ら?」


 アリシアがうなずく。ユリシーズが腕を組んだ。


「人を傷つけたいんなら、冒険者とかを操った方がよさそうなのにな」

「それもそうだけど、問題は近くの人が操られたことよ。私とユリシーズが近くにいたら、すぐに気絶させられるってわかってるでしょうに、私たちの近くで操る理由がないわ」

「あいつらは、お前に引き付けられるもんな」


 強い聖気を持ってるアリシアに。


「一番考えられるのは、あなたか私に用があるってことね。でも、たぶん私ではないでしょう?」

「俺だろうな。魔族は個人の人間には興味ねえし。お前に用があるってことはないだろ」

「だったら、ここに出てきたのは私のせいじゃなくて、あなたのせいじゃないの。私に引き付けられるとしても」


 アリシアの近くで操られるから、アリシアに引かれるのだとしたら。


「あなたが私から離れてくれればいいんじゃないかしらね」


 ユリシーズとアリシアが離れれば、操られる人はユリシーズの近くに出る。その人たちが聖気にひかれるとしたら、近い聖気にひかれるのだから、アリシアの近くには来ない。


「それは却下」


 ユリシーズが即答する。


「俺の近くに出るだけならいいけどな。それでそいつらを倒すために、町の中で俺に邪気を出せって? 厄介なことになるのが目に見えてるじゃねえか」

「あなたが死の領地に戻ったとして、操られた人がそこまで追いかけていくのもまずいわね」


 死の領地までユリシーズを追いかけてしまったら、間違いなく人は死ぬ。


「俺は人が死のうがどうでもいいけど、無駄に人間に喧嘩売る気はねえんだよ」


 アリシアが足を組み替える。


「あなたが平和的なのか、そうじゃないのか、迷うわね」

「人がアリをつぶしても何も思わないのと同じだ。人を殺したって、楽しくねえもん。エヴァンとかお前くらい骨のある相手なら、それなりに楽しめるけどな」

「そうね。平和かそうじゃないかじゃなくて、楽しいか楽しくないかがあなたのすべてだったわね」


 あきれた声を笑って受け流し、ユリシーズが立ち上がる。


「どこ行くの?」

「ちょっと死の領地に。明日には戻る」

「どこまでついてくるつもりなの、あなたは?」

「さすがに聖地に入る気はねえよ。それまでに解決しなかったら、どんな手使っても、痛い目見せてやるつもりだし」


 アリシアが額を押さえる。


「タルアがほろびない程度にしてちょうだい」


 ユリシーズが本気を出したら、一瞬で国ごと消えかねない。


「まあ、そのへんは俺の気分で」

「……そう言うと思ったわ」

「んなあきれた声出すなよ」


 肩をすくめたユリシーズがアリシアに近づく。


「なに?」

「どうせまた眠れてねえんだろ。寝させてやろうか?」

「何を企んでいるの?」


 警戒するアリシアに、ユリシーズが笑う。


「前に言ったろ。お前を負かすまで、死なれちゃ困るんだよ。それに、あいつらに聞かれるのも鬱陶しいしな」

「エヴァンとカミラが何か言っていたの?」

「お前が妙にピリピリしてるからな。俺に聞かれたって、答えるわけねえのにさ」


 ユリシーズが軽く手を振る。アリシアがかすかに顔をしかめ、あくびをした。


「用がないなら、出てってちょうだい」

「安心しろ、寝顔を見る趣味はねえよ」

「そういうところが、デリカシーがないのよ」


 アリシアが吐き捨てると、ユリシーズが消えた

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