5. ハリトス編
宿でとったのは二部屋。一つはカミラとアリシア。もう一つは、エヴァン。
「お前は寝ないのか?」
エヴァンの部屋にあるベッドは一つ。ユリシーズが寝る場所はない。
「寝る必要ねえからな」
「寝なくていいのか」
「俺らは邪気の塊であって、生き物じゃねえよ」
眠る必要がないのは、少しうらやましい。たまに思うのだ。眠る時間が必要なくて、その間も移動することができたら、すぐに目的地につけるのに、と。
実際は、夜間に移動するのはいろいろと危険も多いから、あまりやらないし、現実的ではない。肉体がつかれなかったところで、精神的にやられたりすることはある。
「まあ、どうしても一緒にいてほしいって泣きつくんだったら、ここにいてやってもいいぜ」
「誰が言うか。気持わりい」
何が悲しくて、男に泣きつかないといけないのか。
「エヴァンって、俺に対してだけ口悪いよな」
「そりゃ、お前が悪い」
ユリシーズがいい加減なことばかり言うから、悪いのだ。そういうことを言わなくなったところで、丁寧に接してやる気はさらさらないが。
「どっか行くのか?」
「やりたいことがあるんでね。それじゃ」
「ちょっと待て」
ユリシーズが振り返る。
「アリシアの様子、おかしくないか?」
いつもより、ピリピリしているような気がした。カミラに言われたときは流したが、だんだん気になってきた。
だが、ユリシーズは鼻で笑った。
「俺に聞かれても知るかよ」
「あ、おい」
ユリシーズが扉から外に出る。それにいやな予感がした。消えたのではなく、わざわざ扉から出たということは。
壁から、アリシアの声が聞こえた。ユリシーズの声も聞こえる。やっぱり、隣の部屋に突撃したらしい。ノックもせずに入るのは、さすがに信じられない。
すこしすると、ノックされる。
「はい」
「あ、エヴァン。今大丈夫?」
「いいけど、何かあったか?」
何があったのかはだいたいわかっている。だが、一応聞く。
「あの二人が話がしたいらしくて、追い出された」
そういうことだろうと思った。
カミラを中に入れると、ベッドに座る。
「アリシア怒ってたか?」
「ユリシーズがノックもせずに入ってきたから、ちょっとね。怒ってるっていうか、文句言ってた。私たちが着替えてたら、どうするつもりだったんだろう」
カミラの語気も強い。エヴァンも、なにかもやもやを感じた。
「ほんとに、あの二人ってどうにかなんないのかな。アリシアも本気でいやがってなさそうだからいいけど」
「いやがってないんなら、いいんじゃないか」
カミラが足をほぐしながら、
「そういえば、エヴァンって聖地行ったことないの?」
と聞いてきた。
「ないな。ハリトスには行ったことあるけど」
「ハリトスって、聖地の下の町だっけ? けっこう大きいよね」
「ああ。あのあたりじゃ、一番大きい」
大都市は、基本的に海沿いにある。交易で金を稼げるから。そのうえ、内陸に行くと、死の領地が近くなるから、住みたがる人も減る。例外は、聖地の近くにあるハリトスくらいだ。
「治安は悪いけどな。あそこ」
「悪いの? 聖地の近くなのに」
「悪いところもあるんだよ。まともなところにいる限りはいいんだけどな。ちょっと奥に入ると、いろいろと危ない」
闇市とかがあるらしい。エヴァンは行ったことはないが、人に聞いたことはある。
「カミラは行ったことないのか?」
「ないよ」
「ハリトスに店出してなかったのか?」
聞いてから、しまった、と思った。カミラが誘拐されたあと、グリフィン商会の話はなるべく出さないようにしていた。まだ、傷が癒えていないだろうから。
だが、カミラは気にする様子もなく言った。
「だって、あそこダンジョン小さいじゃん。ギルドも一応あるけど、小さいし。うちは冒険者向けの商品を扱ってたからね」
「そうか。あそこはあんまり冒険者いないな」
海沿いでない大都市はダンジョンがあることが多い。ギアトーレはそうだ。大きいダンジョンがあると、冒険者が集まり、そこに店ができる。
「ダンジョンが小さくて、海沿いでもないのに、なんでハリトスってあんなに大きいの? 何もないよね?」
「聖地に行く人が、あそこに泊まるからな。聖地の中では泊まれないから、ハリトスに泊まるんだよ」
だから、宿が多い。
「そうなんだ」
「カミラは、聖地にも行ったことないんだな」
「意外? 一回行きたかったんだけど、親が忙しくて、結局行けなかったんだよね」
カミラはそうでもないらしいが、カミラの両親は信心深かったらしいから、行ったことがあるのかと思っていたのだ。
「だから、楽しみなんだよね」
エヴァンは、別段聖地に興味はない。だが、楽しそうなカミラを見ていると、聖地でゆっくりするのもいいか、と思えた。
ユリシーズがカミラのベッドに座る。
「で、何か用か?」
「訪ねてきた側が言うセリフじゃないわよね、それ」
「俺に言いたいことがありそうだったから、来てやったんだけど」
アリシアがローブの前をはだけさせ、足を組んだ。エヴァンやカミラの前では絶対にしない姿勢。
「見つからなかったって、どういうこと?」
「魔族が近くにいなかった。邪気は感じたんだけどな」
「邪気はどこから感じたの?」
ユリシーズがかすかに眉を寄せた。珍しい表情。
「人から」
「人?」
「エヴァンとも違ったし、操られてるやつらとも違った。ただ、邪気は感じた」
アリシアがため息をつく。憂鬱そうに、鬱陶しそうに。
「どういうことよ、それ」
「だから、俺にもわからねえんだって。おもしろそうな感じはするけどな」
「おもしろそうって言えるあなたがうらやましいわ」
心底疲れたような声。
「それで、そっちは?」
「彼らは、近くの街道を歩いていたらしいわ。武器は持っていなかったし、戦闘能力も低そうだったわよ」
「近くの街道? で、戦闘力のなさそうな奴ら?」
アリシアがうなずく。ユリシーズが腕を組んだ。
「人を傷つけたいんなら、冒険者とかを操った方がよさそうなのにな」
「それもそうだけど、問題は近くの人が操られたことよ。私とユリシーズが近くにいたら、すぐに気絶させられるってわかってるでしょうに、私たちの近くで操る理由がないわ」
「あいつらは、お前に引き付けられるもんな」
強い聖気を持ってるアリシアに。
「一番考えられるのは、あなたか私に用があるってことね。でも、たぶん私ではないでしょう?」
「俺だろうな。魔族は個人の人間には興味ねえし。お前に用があるってことはないだろ」
「だったら、ここに出てきたのは私のせいじゃなくて、あなたのせいじゃないの。私に引き付けられるとしても」
アリシアの近くで操られるから、アリシアに引かれるのだとしたら。
「あなたが私から離れてくれればいいんじゃないかしらね」
ユリシーズとアリシアが離れれば、操られる人はユリシーズの近くに出る。その人たちが聖気にひかれるとしたら、近い聖気にひかれるのだから、アリシアの近くには来ない。
「それは却下」
ユリシーズが即答する。
「俺の近くに出るだけならいいけどな。それでそいつらを倒すために、町の中で俺に邪気を出せって? 厄介なことになるのが目に見えてるじゃねえか」
「あなたが死の領地に戻ったとして、操られた人がそこまで追いかけていくのもまずいわね」
死の領地までユリシーズを追いかけてしまったら、間違いなく人は死ぬ。
「俺は人が死のうがどうでもいいけど、無駄に人間に喧嘩売る気はねえんだよ」
アリシアが足を組み替える。
「あなたが平和的なのか、そうじゃないのか、迷うわね」
「人がアリをつぶしても何も思わないのと同じだ。人を殺したって、楽しくねえもん。エヴァンとかお前くらい骨のある相手なら、それなりに楽しめるけどな」
「そうね。平和かそうじゃないかじゃなくて、楽しいか楽しくないかがあなたのすべてだったわね」
あきれた声を笑って受け流し、ユリシーズが立ち上がる。
「どこ行くの?」
「ちょっと死の領地に。明日には戻る」
「どこまでついてくるつもりなの、あなたは?」
「さすがに聖地に入る気はねえよ。それまでに解決しなかったら、どんな手使っても、痛い目見せてやるつもりだし」
アリシアが額を押さえる。
「タルアがほろびない程度にしてちょうだい」
ユリシーズが本気を出したら、一瞬で国ごと消えかねない。
「まあ、そのへんは俺の気分で」
「……そう言うと思ったわ」
「んなあきれた声出すなよ」
肩をすくめたユリシーズがアリシアに近づく。
「なに?」
「どうせまた眠れてねえんだろ。寝させてやろうか?」
「何を企んでいるの?」
警戒するアリシアに、ユリシーズが笑う。
「前に言ったろ。お前を負かすまで、死なれちゃ困るんだよ。それに、あいつらに聞かれるのも鬱陶しいしな」
「エヴァンとカミラが何か言っていたの?」
「お前が妙にピリピリしてるからな。俺に聞かれたって、答えるわけねえのにさ」
ユリシーズが軽く手を振る。アリシアがかすかに顔をしかめ、あくびをした。
「用がないなら、出てってちょうだい」
「安心しろ、寝顔を見る趣味はねえよ」
「そういうところが、デリカシーがないのよ」
アリシアが吐き捨てると、ユリシーズが消えた




