4. ギアトーレ編 Ⅲ
山の中の細道を歩く。
「あ!」
「気をつけろ」
石につまずいたカミラを支える。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと」
光があまり差し込まず、地面は薄暗い。とはいえ、うっかり燃え移してしまうのも怖く、エヴァンは火をつけていない。
「ねえ、アリシア。なんでおおきい街道を使わないの? ここって、普段人が通らない道だよね?」
「事情があるのよ」
人のいるところを避けているのだろうか。死の領地に向かうときは、エヴァンが危険だったため人の多いところはなるべく避けた。それと似たような事情があるとしたら。
「ユリシーズがいるからか?」
「俺のせいじゃねえよ。順番が逆だ」
「順番?」
詳しく聞こうとしたとき、何かを感じた。鋭くまわりを見渡す。アリシアが剣に手をかける。ユリシーズの目も少し鋭い。
「え、なに? どうしたの?」
「カミラ。下がってろ」
カミラは目がいい。だが、遠くが見通せない森の中では、あまり役に立たない。
「なにか、来る」
エヴァンにも何も見えていない。だが、殺気を感じる。いや、殺気というほど強くはない。ただ、ぞわぞわする感じ。大したことはないかもしれないが、用心するに越したことはない。
「だから、言ったろ」
「よかったと言うべきかしらね」
ユリシーズとアリシアが意味深なことを言う。
「エヴァン。あなたも下がってて」
「なに言って……」
アリシアの戦闘能力は高くない。魔物を消せるだけの聖気は使えるようだが、それもひどく消耗するらしい。
「あれは俺の獲物だ。手を出すなよ」
ユリシーズがにやりと笑う。
「……わかった」
よくわからないが、ユリシーズがなんとかするのなら問題はない。何が起きているのかはまったく理解できないが。
目を細めていたカミラが、小さく声を上げた。
「あれ」
「あそこか」
指の先に、人影がある。一人ではない。走ってきているわけでもなく、フラフラと歩いている。
「ユリシーズ。どうする?」
「俺一人でやってやるよ。その代わり、話聞いとけ」
「わかったわ」
この二人の間では話が通じているらしい。ならば、エヴァンが言うことはない。それに、相手が人間だと、エヴァンにとっては分が悪い。負けるという意味ではなく、力加減を少し間違えるだけで死なせてしまうかもしれないからだ。
「なんか、おかしくない?」
「おかしいな」
人は全部で六人。足取りが怪しいし、目の焦点も合っていない。一見酔っぱらいのようだが、酔っぱらいが山の中を歩いているはずがない。
「じゃ、またな」
ユリシーズが軽く手を振り、消える。その瞬間、六人が倒れた。
「カミラ。水出してくれる?」
「わかった。大丈夫なの? この人たち」
「気絶しているだけよ」
アリシアが倒れている一人の肩を叩く。
「……んん?」
「聞こえますか」
「え?」
男が起き上がる。不思議そうな顔で、キョロキョロとまわりを見る。
「なんで、こんなとこに……?」
「大丈夫ですか?」
「えっと、すみません。どういう状況ですか?」
アリシアがちらりとエヴァンとカミラを見た。何も話すな、という目。
「ここに倒れていたので、声をかけたのですが、お怪我はありませんか?」
「倒れてた? ここに、ですか?」
「はい。他の方も、そちらに」
男が立ち上がる。
「えっと……、ご迷惑おかけしました」
男が声をかけると、倒れていた五人も起き上がる。全員知り合いのようだ。みんな、最初の人と同じような顔をする。わけがわからない、という顔。カミラが水の魔石を配る。
「何かに襲われたのですか?」
「すみません。まったくわからないんです。気づいたらあなたに起こされてて」
「記憶の最後はどちらにいましたか?」
六人が顔を見合わせる。
「俺らは行商人なんです。ここの近くにもう一本道があるんですけど、そこを歩いてました。そのあとは、何も覚えていなくて」
「誰かに会ったりはしましたか?」
「してません。記憶にある限りは」
アリシアがうなずく。
「荷物はどうしましたか?」
六人がカバンをあける。やがて、ほっとしたように息を吐いた。
「ここに全部あります」
「先ほども聞きましたが、お怪我はありませんか?」
「ありません」
アリシアが、来た道を指さす。
「あちらに行けば、町があります。そこで軍に事情を説明した方がいいでしょう。本当は付き添いたいのですが、先を急ぐ身ですので」
「わかりました。ありがとうございます」
六人を見送ったアリシアが、ため息をついた。
「どうした? っていうか、何が起きた?」
「知らなくていいわよ」
「ちょっと、その言い方はないんじゃないの? 聞いてるだけなのに」
冷たく言い放ったアリシアに、カミラがかみつく。アリシアに会った直後を思い出すような光景。
「言い方が悪かったわね。私も話せないのよ。勘弁してちょうだい」
「あれが聖地に行く理由?」
「それもあるわよ。それだけっていうわけではないけれど」
言ったアリシアが、一歩後ろにさがった。
「危ないわね」
「いい神経してるな」
アリシアが一瞬前まで立っていた場所に、ユリシーズがおりてくる。
「どうして、人の真上に落ちてくるのかしら?」
「よけられるだろ、どうせ」
またこの調子で言い合いが続くかと思ったが、ユリシーズが腕を組んでまじめな顔になる。
「で、どうだった?」
「収穫はないわ。何も覚えてないみたい」
「まあ、予想通りだな」
「ええ、まあね」
さっきの人たちの記憶がなかったことは、予想通りだったらしい。アリシアは、あの人たちに話しかける瞬間から、嘘をついていた。記憶がないとわかっていたから、適当に話を作っていたのだろう。
「それで、あなたは取り逃がしたの?」
「外聞悪いこと言うなよ。取り逃がしたわけじゃねえ」
ユリシーズがおもしろそうに言った。
「見つからなかったんだよ。いなかった」
「どういうこと?」
「さあな。今はわかんねえよ」
わからないと言いながら楽しそうなのは、さすがはユリシーズといったところか。趣味が悪いというべきか、なんというべきか。
「そう」
短く言い、アリシアが歩き出す。エヴァンとカミラは顔を見合わせた。
「ついていけばいいんだよね?」
「たぶんな」
仕事がかかわっているのなら、アリシアは絶対に話さない。それなら、聞くだけ無駄だ。




