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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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3. ギアトーレ編 Ⅲ

 カミラがどうしてもアリシアに会いたいと言うので、アリシアの家に行く。


「どうしたの?」


 ふつうに聞いてくるが、アリシアの目は一瞬泳いだ。


「どっか行くの?」


 ただでさえ物の少ない部屋はさらに片付いており、しかも部屋の隅に大きめのカバンがある。


 アリシアが顔をしかめる。知られたくなかったのかもしれない。


「聖地に行くのよ。しばらく帰ってこないわ」

「なんで言ってくれなかったのよう」

「言う必要ないでしょう。私は仕事で行くんだから」


 むくれたカミラがエヴァンを見る。


「ねえエヴァン」


 聞かなくても、何を言いたいのかはわかる。


「暇だし、いいんじゃねえの」

「アリシア。ついていっていい?」

「私は仕事なのよ」


 カミラがアリシアをじっと見る。アリシアの方が背が高いから、自然と上目遣いになる。


「お願い!」


 やがて、アリシアがため息をついた。


「……入口までならいいわよ」


 なんだかんだ、アリシアはカミラに甘い。


「だから言ったろ。無理だぞって」

「うるさいわね」


 ユリシーズが突然現れる。黒い服だが、いつもの謎の高級そうな服ではない。


「無理って、何がだ?」

「こいつがお前らには言わないって言うから、たぶん無理だぞって言ったんだよ」

「このタイミングで来るとは思ってなかったんだもの」


 エヴァンだって、こうしょっちゅうアリシアを訪ねる気はなかった。アリシアは、いつも忙しそうだから。だが、今回はカミラがどうしても来たいと言ったのだ。


「カミラ。なにかわかってたのか?」

「ユリシーズも来てるし、面倒ごとっぽかったから、もしかしたらどっか行くのかなって思って」


 アリシアがまた大きく息を吐く。


「行くのなら、急いで準備してちょうだい。なるべく早く行きたいのよ」

「緊急の仕事?」

「呼び出されたのよ。だから、早めに行きたいの」


 詳しいことを話す気はないらしい。まあ、組織が違うから仕方がない。


「準備って、ないよね、エヴァン?」

「ああ。全部カミラが持ってるだろ」


 エヴァンとカミラはアリシアのように家を持っていないから、家に取りに帰らなければならないなんてことはない。そのうえ、カミラが空間収納の血術を使えるため、全部の荷物をカミラが持ち歩いている。男としては女性に荷物を持たせるのは申し訳ないが、カミラは大きさも重さも感じていないから、甘えさせてもらっている。


「そう。じゃあ、もう出られるわね」


 アリシアが荷物を担ぐ。


「アリシアの荷物も持とうか?」

「頼んでいいかしら」


 カミラのカバンにアリシアの荷物が消える。


「二人とも、まだギルドには言ってないのよね?」

「あ、忘れてた」


 武器を持つ冒険者は、移動するときどこに行くのかをギルドに言わなければならない。まして、エヴァンはA級冒険者、カミラは血術持ちだ。勝手に移動したらギルドどころか軍にまで怒られる。


「待ってるから、行ってきなさい」


 アリシアがあきれたように言った。




 ラミ教の信者であれば、人生で一回くらいは聖地に行く。信心深い人だと、毎年行ったりする。というわけで、ギルドで聖地に行くと告げると、あっさり了承してくれた。


「早かったわね」

「今回は何も依頼されなかったからな」

「エヴァンって、ギアトーレに戻ってから一回も依頼受けてないよね。カジェのリヴァイアサンは受けてたけど、それもけっこう前だし」


 カミラの実家のグリフィン商会に行くついでに、リヴァイアサン退治を請け負った。


「……それを言ってくれるなよ」


 あまり言われたくないことだったのだが。


「言ったらまずかった?」

「そういうわけじゃないが」


 しょぼんとするカミラに、説明する。


「今の俺はあんまり信用がないからな。ギルドが依頼をまわさなければ、俺には来ない」

「どういうこと?」

「ドラゴン退治のあと、行方不明になってただろ、表向きは。要するに、依頼失敗ってことだ。そんな奴に高い金払って依頼しようって思わないだろ。A級の依頼料は高いし」


 あれはユリシーズが来たという不測の事態のせいだったが、それを知っているのはギルドだけ。


「依頼するときって、誰に依頼するか選べるの?」

「値段は上がるけどな。でも、誰でもいいからって言ったら、ギルドが選ぶ。ギルドは事情を知ってるから、ギルドが選ぶときは俺を選ぶこともあるだろうけど、依頼人が俺を選ぶことはないだろうな」


 それこそ、よほどの功績を上げない限り。リヴァイアサンを倒したから、それなりに名誉は回復しているはずだが。


「なんか……大変なんだね」

「冒険者はある意味、信用が命だからな。依頼を受けるA級とかにとっては」


 依頼が来なかったところで、生活できなくなるわけではないから、さして困りはしない。だが、気持ちのいいものではない。


「それに、聖地に行く方面だったら、ひとりA級がいるからな」

「そうなんだ」


 うなずいたカミラが、


「ん?」


 と首をかしげた。


「どうした?」

「なんで、ユリシーズがふつうに歩いてんの?」

「言われてみれば」


 前を歩くアリシアの隣を、ユリシーズが歩いている。ふたりとも黙っているようだった。


「なんか、すんごい不気味な風景」

「聞こえてるぜ、おふたりさん」


 突然振り返ったユリシーズが、エヴァンの横に立つ。


「いきなり後ろ向くなよ。危ないだろ」

「人が聞こえてないと思って悪口言うお前らが悪いだろ?」

「悪口じゃないって」


 カミラが言う。不気味なのは風景であって、ユリシーズのことではない。ただ、その風景というのがアリシアとユリシーズが黙って並んで歩いていることなのだから、悪口と言えば悪口なのかもしれない。


「で、なんでふつうに歩いてるの? ユリシーズが聖地に行くわけじゃないでしょ?」

「まあ、聖地に用はないな」


 魔族が聖地に用があると言ったら、襲撃くらいしか思いつかない。しかし、ユリシーズが意味もなく人を襲うとも思えない。


「じゃあ、なんで?」

「いろいろとあるんだよ。大人の事情が」

「大人って、お前いくつだよ?」


 魔族に年齢という概念があるのかは知らないが、すくなくともそういう話を聞いたことはない。


「正確には覚えてねえけど、数百年は生きてる」

「数百年!?」


 カミラが叫ぶ。その気持ちはわかる。魔族だし強いし、長く生きているとは思っていた。だが、予想を超えていた。


「死なないのか?」

「邪気でできてるからな。老化とか病気で死ぬことはねえよ。倒されたら死ぬけどな」

「つまり死なないんだな」


 ユリシーズを倒せるやつなんて、いるわけがない。


「ユリシーズって、子供のときもあったの?」

「さっき言ったろ。老化しねえって。成長もしねえよ。生まれたときからこれだ」


 ユリシーズが頭をかく。


「ちなみに、生まれたって記憶もない。気づけばここに存在してた。ついでに言うと、俺は自分の見た目くらい変えられる」


 そういえば、前にそんなことを言っていた。身長を自由に変えられる、と。


「じゃあ、なんでその見た目なの?」

「かっこいい方がいいだろ?」

「その性格をまずなおせ」


 見た目はかっこいいが、口を開けば一瞬で幻滅する。


「あなたたち」


 アリシアが振り返った。あきれたような目。


「聞かれて困るような話はしないでくれるかしら」

「すまん」


 ユリシーズが魔族であることは当然伏せているのだ。それなのにこんな会話をしていたら、怪しまれてしまう。


『アリシア、なんかピリピリしてない?』

『まあ、聖地に行くからじゃねえの? あそこ、教会の総本山だし』


 カミラが、納得できないというように首をかしげた。だが、それ以上なにも言わなかった。

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