2. ギアトーレ編 Ⅲ
エヴァンとカミラが出て行ったあと、ユリシーズが座っていた椅子を消し、エヴァンが座っていた椅子に座りなおす。
「それで、あの二人を追い出してまでしたい話って?」
「邪気で人を操ることは可能なの?」
「さっき見ただろ」
アリシアが顔をしかめる。
「私の勘違いの可能性もあるから、聞いてるのよ」
「珍しく自信なさげだな」
「人は聖気に近い存在だから、操られるなんてふつうは考えられないわよ。それでも、目で見た以上、絶対にありえないとは言えないし」
ユリシーズが足を組む。
「俺もやったことはねえけど、できるんだろうな。前に俺が、エヴァンに邪気をとどまらせてただろ? あの邪気を使ってエヴァンを操ろうとしたらできたんじゃねえのか」
「あなた以外の魔族でもできるの?」
「それなりに力を持ってたらできるだろうな。まあ、聖気を持ってる存在の人の体に邪気をとどめさせる時点で、それなりに実力が必要だろうし、簡単ではないだろうけど」
人は、全員体の中に聖気を持っている。だから、邪気を拒絶しようとし、体の中に入ってこようとしたら追い出そうとする。それを押さえつけられるだけの邪気が使えなければ、人を邪気で操るなどということはできない。
「あとは、邪気の制御がかなりうまくないとできないな。邪気が強すぎたら、操る前に人が死ぬ」
「その魔族が誰なのかは、わかっているの?」
「いや、まだわかんねえよ。それを調べに来たんだけどな。俺の場所で、ずいぶん好き勝手してくれてるみたいだし」
「そう」
言葉少なにうなずくアリシアに、ユリシーズが顔を近づける。
「何か、引っかかってるのか? 別に、お前が全部に対応しないといけないわけでもないだろうに」
「……聖地に行けって言われたのよ」
アリシアが、迷った挙句吐き捨てるように言った。
「聖地? なんか問題あんのか? 巫女なんだから、聖地に行かなきゃいけないときくらいあるだろ」
「タイミングの問題よ。今、ギアトーレには浄化ができる聖職者は私しかいないの。それなのに、私がギアトーレから離れたら、さっきみたいに人が邪気で操られて襲ってきたときに、対処できる人がいなくなるわ」
「なるほど。それでさっきから変な顔をしてるわけだ」
「変な顔をしているつもりはないけれど」
アリシアの顔がくもっているのを見て、ユリシーズがまじめな顔になる。
「教会が主導してるとか思ってるんだろ?」
「そういうところは、鋭いわよね」
とうに冷め切ったカップをかたむけ、アリシアがため息をついた。
「私が離れたら、ギアトーレは操られてる人をどうにもできないわ。それをわかったうえで私を聖地に呼び寄せるってことは、ギアトーレが襲われることを望んでいるとしか思えないじゃない。教会は邪気を悪としているけれど、私とあなたのように魔族と関係を持っている人が絶対にいないとは言い切れないわ」
「考えすぎだ。あいつらは教会とは関係ねえよ。聖気を感じなかったからな」
「じゃあ、なんだって言うのよ」
さえぎる勢いで言ったアリシアが、こめかみに指をあてて顔をしかめる。
「……あなたに聞いても仕方がないわね」
「信用ねえなあ。今回は共同戦線ってことでどうだ? そうするのなら、俺が考えてることは教えてやるよ」
「どういう意味かしら、それは?」
ユリシーズが足を組み、アリシアを指さした。
「簡単に言うと、お前が関係してるからだな。そういうことをしないでお前の近くにいるのは、いろいろと問題がありそうだし」
「よくわからないけど、まあいいわよ。それで何とかなるのなら」
「いいのか? 詳しいこと聞かなくて」
アリシアが鼻で笑う。
「どうせ説明する気はないでしょう。それに、嘘はついていなさそうだもの」
「ほお。信頼してくれてるねえ」
「あなたの人格は信頼してないわよ。実力は認めるけど」
散々な言いようである。
「それで、私がかかわっているって、どういうこと?」
「あいつらは、ギアトーレに来てるわけじゃない。聖気にひかれてるんだ。このあたりで聖気が一番強いのは、教会じゃなくて、お前だろ? だから、あいつらはお前のところに来る。お前がギアトーレから移動しても、な」
「たしかに、教会よりも私の聖気のほうが強いけれど、それだったら聖地にひかれるはずよ。聖地の聖気とは、比べ物にならないもの」
「ここから聖地は遠すぎるだろ」
「まあ、歩いていくならかなり時間がかかるわね。だけど、どうして聖気にひかれるの? 邪気に操られているのなら、むしろ聖気は邪魔なはずよ」
「お前なら、考えたらわかるだろ?」
挑発するような声。アリシアが目を閉じ、やがて開ける。
「体が邪気を追い出そうとするから、かしら?」
「そういうこと。自分だけじゃ邪気を追い出せないのなら、聖気を使えるやつを頼るしかない。だから、体が本能的に聖気の強いところにひかれるんだよ」
「だから、私が移動しても私についてくるはずっていうことね」
だからユリシーズは、アリシアが関係している、と言ったのだ。アリシアの聖気に寄って来るから。
「ということは、私を聖地に移動させることで、邪気で操られている人を聖地に誘導しようとしているってことかしら。それなら、筋が通るわね。聖地につけば、あれくらいの邪気なら何とかなるわ」
「目的がそれだけなのかは知らねえけど、少なくともそういう理由はあるな」
「で、あなたは操っている魔族を見つけたいから、操られている人の行動を見たいのね?」
ユリシーズがうなずき、手を差し出す。
「そういうこと」
「その手はなに?」
「だから、共同戦線」
握手のために差し出された手を、アリシアが払いのけた。
「調子乗らないで」
「冷たいねえ。まあ、気の強い女は好きだけどさ」
「あなたに好かれるくらいなら、舌かみ切って死ぬわよ」
これ以上ないほど冷たいアリシアの声に、ユリシーズが盛大に肩をすくめる。
「あいつらには、言わねえの? 聖地に行くってこと」
「エヴァンとカミラに? 言わないわよ。関係ないもの」
「冷たいねえ」
「巻き込みたくないのよ。教会の話に入ってこられた方が面倒だわ」
「たぶん、無理だぞ」
アリシアがため息をつく。
「もし予想が外れて、操られてる人が私についてこなかったら、そのときは頼んだわよ」
「俺に頼むと、高くつくぜ」
「気の強い女は好きなんでしょ?」
アリシアが、かすかに口角をあげてそう言った。
追い出され、かといって行くところもなく、エヴァンとカミラは街をさまよっていた。
「アリシア、大丈夫かな」
「何が?」
「だって、ユリシーズと二人きりだよ。大丈夫なのかな」
カミラは本気で心配そうだ。
「大丈夫じゃねえの? なんだかんだ言っても、無駄に喧嘩するほど子どもじゃないだろ」
「いや、ユリシーズがアリシアをからかって楽しんでるかなって。あ、でもアリシアもさっきふつうに応戦してたか」
「俺らが口を挟まなかったら、一生やってたよな」
アリシアはお堅いように見えて、実はけっこう融通が利くし、頭も柔らかい。それこそ、ユリシーズのからかいに軽口で返せるくらいには、柔軟な頭をしている。
「アリシアって意外と負けず嫌いだよね。あれに口で勝てる人なんて、ほとんどいないだろうし」
「勝てたことないな。いつも正論言われるから、言い返すのも無理だ」
要するに、口はよくまわるのである。もちろん、エヴァンやカミラとは比べようもないほど豊富な知識を持っているから、というのもあるが。
「ほんとに、仲がいいんだか、悪いんだか」
それには答えられない。エヴァンだって、わからない。
「一応仲は悪いんだろうけどな」
「でも、人間相手じゃない方がやりやすいこともあるのかな」
「どういう意味だ?」
たしかにユリシーズは魔族であり、見た目は人間でも中身は人間からかけ離れているが。
「だって、アリシアっていろいろしゃべれなさそうじゃん、私たちには」
「ああ、巫女だもんな」
カミラが誘拐されたときも、一人で裏でいろいろと動いていた。
「でも、それって逆にユリシーズ相手には話しやすいのかなって」
「なるほど。そういう考え方もあるのか」
「こうやって好き勝手話されてるって知ったら、アリシアは怒りそうだけど」
アリシアを怒らせるのは避けたい。絶対、怖い。
「ひっぱたかれるか?」
「それはないでしょ。口では怒られそうだけど」
カミラがきっぱりそう言った。
「アリシアが手を挙げるのって、自分の仕事を軽く見られたときだけだよ」
そう言われてみると、たしかにそうかもしれない。アリシアがエヴァンに「引っぱたくわよ」と言ったのは、仕事してる場合じゃないだろ、と言ったときだった。あのとき王の盾と接触をして頑張ってくれていたことがわかった今、ものすごく申し訳ないと思う。
「それ以外のときは、冷たい声になるだけだよ。あれ、めちゃくちゃ怖いけど」
「よく見てるな」
「まあね」
そこで得意げに胸を張るところが、カミラらしい。




