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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第三部
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1. ギアトーレ編 Ⅲ

 次々と、人が襲いかかってくる。人数はせいぜい五人。だが、足場の悪いここで、剣ひとつで五人の相手をするのは無理がある。しかも、相手を傷つけてはいけない。


「うっとおしいわね」


 汗で張り付いた前髪を、かきあげる。


 その瞬間、アリシアの体が宙に浮いた。全てを見下ろす高さ。


「なに苦戦してんの? この程度で」


「ユリシーズ。邪魔しないでくれるかしら?」


 ユリシーズがアリシアをかかえて、高さを下げる。


「あれくらい、浄化しちまえばいいのに。そんなに強くねえだろ?」


「わかって言っているのなら、なぐるわよ」


「だから、その暴力宣言をやめろって」


 アリシアが、ユリシーズのすねを蹴り上げる。


「痛えんだけど」


「それがいやだったら、おろしてくれる?」


「なあ、あれ、人間だろ?」


 ユリシーズの声がまじめになる。


「ええ。人間よ。邪気であやつられているわ。だから、浄化できないの」


「細かいことは後で聞くとして、あの邪気を外に追い出してやればなんとかなるな?」


「……ええ。できるわよ」


 目標を失ったやつらは、好き勝手に動いている。何も考えていない動き。少なくとも、なにか特定のものを傷つけようとしているわけではない。


「じゃあ、行くぞ」


 ユリシーズが急降下する。アリシアのローブがはためく。


「ほらよ」


 アリシアを地面に下ろしたユリシーズは、暴れている五人に右手を向けた。


 アリシアが、剣を振り上げる。


「五人一気にやるとか、どういうつもりよ」


 そうぼやき、気を失った男らの上で剣をふるう。


 ユリシーズが考えたことは単純だった。邪気であやつられている人間から、ユリシーズが邪気を追い出す、正確に言えば、ユリシーズが新しく邪気を入れることで、押し出す。そして、押し出された邪気をアリシアが浄化する。


「お見事」


 そして、アリシアがすべて浄化したあと、ユリシーズが人間から邪気を抜く。


「で、何で浄化できなかったんだ?」


「人が邪気で操られているなんて、初めて見たのよ。浄化したら、逆に害になるかもしれないじゃない」


 剣を鞘にしまったアリシアが、ユリシーズに近づく。


 そして、平手で頬を打った。


「何すんだ、おい」


「言ったわよね。わかって言っているのなら殴るわよって」


「助けてやったじゃねえか」


 ユリシーズが頬をさする。


「だから、平手にしたじゃない。殴るんじゃなくて」


「暴力女」


「なんとでも言いなさい。だけど、あなたも何か事情があってここにいるんでしょう?」


 ユリシーズが顎をしゃくる。


「あとでな。そこに、お仲間が来てるぜ」


「そう」


 ユリシーズが消える。アリシアの後ろから、巫女が近づいてきた。




 エヴァンはため息をついた。


「どうしたの? ため息なんか」


「いや。家主のいない家ほど居心地の悪いもんはないな、と」


「アリシア帰ってこないもんね」


 ダンジョンに連日もぐると、体力的にも精神的にも疲れる。幸い、そこまで追い詰められていないエヴァンとカミラは、数日に一回は休むことにしていた。普段は町を歩くことが多いのだが、今はアリシアの家にいた。


「仕事休みだって言ってたくせにね」


「何か感じたんだろ。ぜんぜんわからないけど」


 突然アリシアは外に出た。おとなしくしてなさいと言い残して。だから、エヴァンとカミラは家主のいない家に座っているのだ。三人分置かれたカップが、余計に居心地が悪く感じさせる。


「今、音しなかったか?」


「へ? 聞こえなかったけど」


 気のせいだったか、と思ったとき。


 コンコン


 とノックが聞こえた。誰かが来ている。


「出た方がいいか?」


「勝手に出たら怒られるかな。でも、出ないよりは……」


 出るか、出ないか。


 コンコンコンココンココンコン


 やけにリズミカルなノック。


「出るか?」


 出なかったら、もっと叩かれる気がする。


「余計に出ない方がいい気もするけど……」


 すくなくとも、まともな訪問者ではなさそうだ。


 ココンコンコンココンココンコン


「うるせえ」


 立ち上がり、扉を開ける。まともな奴じゃなかったら、蹴りだしてしまえばいい。


「なっ……」


「なんで、もっと早く開けてくれないのさ」


 まともな奴ではなかった。だが、なんとなくこいつのような気もしていた。こいつ以外に、バカみたいなノックをしそうな人を知らない。


「そこに立たれると、入れねえんだけど」


 そう言いながら、肩を押してくる。エヴァンは諦めて奥に入った。ユリシーズがついてくる。


「ユリシーズ!?」


「おじゃまするぜ」


「なんでいるの!?」


 カミラが立ち上がる。椅子が、ガタンと倒れた。


「別に、いたっていいだろ?」


 アリシアが座っていた椅子に、ユリシーズが座る。エヴァンは、カミラの椅子を起こしたあと、自分が座っていた椅子に腰かけた。


『ユリシーズ入れたら、アリシアに怒られない?』


『怒られるだろうけど、こいつを入れないのは俺には無理だ。逆らうだけ悪化する』


「聞こえてるぜ、おふたりさん」


 ユリシーズが脚を組む。つま先がエヴァンに当たった。


「当たってる」


「おう、悪いな。足が長いもんで」


 まったく悪いと思っていない声と口調で言われる。


「俺も、背が低いわけじゃないんだけどな」


「まあ、俺は身長くらい好きにできるからな」


「……よかったな」


 なんの役に立つんだ、それが。


「ねえ、そのほっぺ、どうしたの?」


 言われて見てみると、ユリシーズの左頬が赤い。


「これか? 平手食らっちゃってな」


「誰から?」


「誰ってそりゃ……」


「あ」


 ユリシーズの首に、アリシアが剣を振り下ろす。


 ユリシーズが姿勢を前に倒してよける。その瞬間、アリシアがユリシーズの椅子を思いきり引いた。


「あぶねえな。何すんだ?」


 うしろにすこしよろめいたユリシーズは、即座に自分で椅子を作り出して座る。


 アリシアは、平然とした顔でその横に座った。ユリシーズからうばった椅子に。


「あなたを招いた覚えはないわよ。ユリシーズ」


「あとで話をするって言ったろ?」


 ユリシーズがニヤリと笑う。


「それとも、こうやって堂々と入るんじゃなくて、忍んで来てほしかったか?」


「女の家に勝手に入るデリカシーの無さが問題なのよ」


「だからと言って、椅子まで奪うか? しりもちつくところだっただろ。さっきも、叩いてきたくせに」


 なるほど。頬が赤いのは、アリシアに叩かれたかららしい。


『私も一回叩かれたなあ』


『俺も、ひっぱたくわよって言われたぞ』


 意外と、アリシアは手が早いのかもしれない。


「いっそひっくり返ればよかったのに。あなたにはお似合いよ」


「そんな無様な姿勢が俺に似合うわけないだろ。ちゃんと見えてるのか?」


「そういうのが好きなんじゃなかったのかしら? すぐに消せる私の手の跡を、わざわざ残しているんだから」


 まあ、叩いたくらいでユリシーズに傷がつくとは思えない。


 というか、この二人は何をしたいのだろう。仲がいいのか、悪いのか。


「これを見せたら、さすがの暴力女もすこしは反省するかと思ってな」


「反省? 笑わせてくれるわね。後ろから触れてきたんだから、平手じゃ軽いくらいよ」


「触れられて怒るってことは、俺のことを男として意識してんの? 無様が似合うとか言いながら?」


 カミラと顔を見合わせる。カミラも、全力であきれた顔をしている。


「女には見えないわよ。男には違いないわね」


「で、意識してんの?」


「意識してほしいの? どう思っていようが、うしろから突然触れられたら、それなりの対応はするわよ」


「それなりの対応が、叩くことか? もうちょっと、平和的に解決しようとか言う頭はないのか?」


 エヴァンは肩をすくめた。カミラも肩をすくめる。


「いつになったら、終わるんだ?」


 ため息とともに言う。ユリシーズとアリシアがエヴァンに視線を向ける。


「ユリシーズが口ごもったらかしらね」


「こいつの目が泳いだら、だな」


 だめだ。このふたり。


「ユリシーズは何か用があって来たんだろ? それを先に言ってくれないと、話が進まない」


「用って言ったって、お前らにはないぞ。用があるのは、こいつだけだ」


 ユリシーズがあごでアリシアを示す。


「それとも、こいつらにも話していいのか?」


「まだ外部に話していいことじゃないわ。黙っててくれる?」


「了解」


 どうやら、教会が関わっているらしい。アリシアが家を出たあとにユリシーズが現れているのだから、関係がない方がおかしいが。


「結局、ユリシーズは何でここに来たの? 私とエヴァンがここにいるって気づいてたんでしょ? アリシアに用があるだけだったら、ここに来ないよね?」


「本当は、なわばりを荒らされたから報復に来たんだよ。そしたら、思ったより事情が複雑そうだったから、アリシアに話を聞こうと思っただけだ」


「なわばりって……、死の領地からはそうとう離れてるよね?」


「タルア全域、俺のなわばりだけど」


 ユリシーズのなわばりが広すぎた。予想外、なんていう表現じゃ足りないくらい、広い。


「頭おかしいんじゃねえの、お前」


「だって、俺並みに強いやつがいねえんだもん。しょうがねえじゃん」


「お前並みに強いやつがごろごろいてたまるか。生きてらんねえよ」


 ユリシーズは理由なく人を殺したりはしないが、人と敵対する魔族当然ながらいる。そういう魔族がユリシーズくらい強かったら、人間なんて、とっくに絶滅しているだろう。


「お前らがいるのは気づいてたけど、どうせなら顔でも見ていこうかと思ってな」


「本音は?」


「お前ら二人って、からかったらおもしろいんだもん」


 決して、元気にしているかが気になって会いに来るような奴ではない。だから、この回答は予想していた。だが、それでもイラっとくる。


「エヴァン、カミラ。悪いんだけど、今日は帰ってもらってもいい? 癪だけど、ユリシーズと話があるのよ」


「癪とは失礼な。こんなにいい男、他にいないぜ」


「その性格が問題なのよ」


 ユリシーズにせよアリシアにせよ、こういうときは子供っぽく感じるのは、気のせいだろうか。






第三部開始です。

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