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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第一部
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5. ギアトーレ編

 翌朝、エヴァンが起きた時にはアリシアはいなかった。


「あんな怪我で、どこ行ったんだろ?」


 アリシアの家に入ってきたカミラが眠そうにつぶやく。


「教会だろうな。巫女だし」

「あれでも巫女だもんね」

「カミラ」


 エヴァンはあきれた声で言った。


「いい加減に、機嫌を直せ」

「わかってる」

「まあ、その程度で怒るような人には見えなかったが」


 むしろ、アリシアは感情がわかりにくすぎた。多少怒ったくらいの方が、わかりやすくていいかもしれない。


 カミラが乾パンをかじりながら言う。


「怒ったらめんどくさそうだけどね、あの手の人って」

「怖いだろうな」


 ただでさえ冷たい感じなのだ。あれが怒ったら氷点下になってしまう。


「大丈夫。私も大人だし、それくらいはわきまえてるよ」

「大人って……」


 そう。一人で冒険なんてしている以上、カミラは大人なのだ。


「お前、いくつだ?」

「女性に歳を聞くもんじゃないでしょって言いたいところだけど、まあいいや。十八歳」

「十八? じゃあ、酒は飲めるのか」


 カミラがうなずく。


「そう言うエヴァンはいくつなの? 私よりは年上なんだろうけど」

「二十二。だから四歳上だな」

「もうちょっと下だと思ってた」

「それは、ほめてるのか?」


 それとも子供っぽいと言っているのか。


「じゃあ、何歳でA級になったの?」

「十九だな。で、だいたい一年前にこんなことになった」

「十九ってことは、冒険者になってから一年ちょっとでA級になったわけ? 冒険者って十八歳からでしょ?」


 だから、カミラは冒険者になって一年も経っていない。


「そうなるな。だいたい一年半くらいだったか」

「すごいね……、考えられない」

「確か、最年少だったはずだな」


 A級は今もう二人いるが、もう少し遅かった。


「でも、あれか。全属性なんてできたら、そりゃあ強いか。国内最強の魔術師だっけ?」

「できない今言われたら恥ずかしいだけだからやめてくれ」

「起きてたのね」


 アリシアは、手でドアを閉めた。昨日と同じ白いローブを着ている。


「怪我は? 治ったのか?」

「ええ。治してもらってきたわ」

「自分ではできないのか? 巫女なんだろ?」


 巫女は怪我の治療ができる。誰でも受けることができ、冒険者は特にお世話になっている。

 一般人は金を払わなければならないが、冒険者はギルドからお金が支払われているため、無料で受けることができる。エヴァンも何度か利用していた。


「聖職者には二種類いるのよ」

「昨夜のうちに治しに行けばよかったのに」


 カミラが、エヴァンに言った通り普通にアリシアに話しかける。


「夜遅かったし、ほかに用事もあったもの」


 アリシアが床に座る。


「私は食べてきたけど、二人は朝ご飯は?」

「もう食べた」

「そう。じゃあ、座ってくれる?」


 カミラとエヴァンが横並びで座る。


「あなたたちは、これからどうするつもりなの?」

「とりあえず、ユリシーズを探そうと思う」

「つまり、二人で旅をすると?」


 アリシアの思惑は読めない。


「そう言うことだな」

「それ、私も行かせてもらうわ」

「何で!?」


 カミラが食いつく。だが、アリシアの表情は変わらない。


 エヴァンは、大きく息を吐いた。アリシアをじっと見つめる。カミラの視界で見ているため、自分がアリシアに視線を向けても見えるわけではない。だが見えていなくとも、視線には圧力がある。


「監視か?」

「それが何か?」


 それは。認めているも同然だ。


「監視ってどういうこと?」

「カミラ」


 手で制する。


「俺は構わないが、あとでカミラを納得させられるのなら」


『それでいいな?カミラ。後で二人で話せばいい。俺がいない方が本音で話せるだろ』

『そうだけど……。監視ってどういうことよ?』

『とりあえず黙って聞いていればいい』


 カミラが小さくうなずく。


「どちらにせよ、断る権限はあなたたちにはないわよ。ギルドから命令させることくらいは可能だわ」


 そこで、アリシアはかすかに口元をゆるめる。


「私も断る権利がないもの」

「教会の主導か」

「そうなるわね」


 教会も組織だ。それも、かなり大きい。命令されたら断れないのだろう。


「つまり、協力してくれると? そういうことなんだな?」

「ええ。と言っても情報を渡すくらいしかできないと思うけれど。話せるだけ話すわ。なんでも聞いてちょうだい」


 ただし、と指を立てる。


「教義に関することとかだと話せないこともあるから、それは諦めてちょうだい」

「別にいい」


 カミラはそっぽを向いている。普通に接する気はなくなったらしい。無意味に怒り続けるような人ではないからそこまで心配することもないが、それでも早く和解してくれるといい。


「俺は魔術が使えなくなったんだが、原因はわかるか?」

「聖気や邪気を使うものは、魔術は使えない。だから、それは当たり前のことよ」

「使えない? じゃあ、アリシアは使えないのか? 魔族とか魔物も?」

「使えないわよ。例外なく」


 アリシアが首を掻く。


「邪気と聖気がどういうものなのかを先に説明した方がいいかしら」

「頼む」

「まず頭に入れておいてほしいのが、邪気と聖気はとてもよく似ているってこと。真逆の存在ではあるけれど、性質は似たようなものよ。光と影のようなものと思ってくれていいわ。だけど、魔術はそれとは違う。別のものなの」


 光と影はともに触れられるものではなく、そして互いを打ち消しあう。それは確かに聖気と邪気のようなものなのかもしれない。


「魔力はそこらへんに漂っているわ」

「そこらへん?」

「どこにでもあるわよ。この空気中にどこにでも。つまり、私たちの体の外にある力であって、中にある力ではないわ。そして、どこかから発生しているのかもしれないけれど、とにかく枯渇するものではない」


 エヴァンは眉を寄せた。


「つまり、魔術も……。いや、そもそも魔術と魔力は違うのか? 俺はてっきり身体の中にある魔力を使ってるんだと思っていたが」

「大半の人はそう思ってるでしょうね。それで困ることはないわよ。だけど、実際は外にある力を中に取り込んで使っているわ。力を中に取り込み、それを体の中で形を変え、魔術として放出する」


 アリシアは、紙を取り出し、絵を描いた。真ん中に人を、その横に魔力と書き、反対側に炎を描く。そして、その三つの間に矢印を書く。


「つまり、こういうことね。魔力は形も何もない、ただの力なの。それを体の中に入れて、形を与える。火魔術なら火に、水魔術なら水に。そしてそれを魔術として外に出す。だから、ただの力が魔力で、そこに形というか性質がついたら魔術ってことね。あくまでそういう風に分けているだけだけど。ここまではわかった?」

「……ああ。一応」


 頭は混乱しているが。


「別にすべてを理解する必要はないわよ。大事なのは、魔力は体の外にある力ってこと」

「質問」


 ずっとたまっていたカミラが手を挙げた。


「今の説明だと、使える属性と使えない属性っていうのは、その形に変えられるかってこと?」

「そうね。それぞれの形に変える能力を持っているかどうか、ということになるわ」

「ん」


 カミラが手をおろす。


『つまり、血術はその形に変えられる人が一族しかいないってこと?』

『そういうことだろうな』


 アリシアは血術については何も言わないが、魔術である以上同じことだろう。


「話を進めるわよ。さっき魔力と邪気とか聖気は違うって言ったけど、一番違うのはここなのよ。邪気と聖気は身体の中にある力なの。体の中にわいてくるから、なくなるものではないわね。一度に大量に使ったら話は別だけれど」

「中ってことは、それはそのまま外に出してるってことになるのか?」

「あなたはそうね。私もそうだし、魔物もそうだわ。聖職者の中で治療ができる者は、聖気を治療の形に変えている、っていうことにはなるでしょうけど。聖気も邪気もただの力だから、形は変えられるわ。その能力を持ってさえいれば。ただ魔術と違うのはそれが中にある力ってこと」


 さっきの絵の横に、アリシアはまた人を描く。そしてその中に邪気と書いた。


「今のあなたはこういう状態ね。正確に言えば、左目のあたりに邪気がとどまっている状態。そして、昨日言ったように人間は聖気に近い存在だから、あなたの身体は邪気を出そうとする。そして、本来ないはずの物なんだから、制御することもできない」

「だとしたら、こうやって眼帯で押さえているのは身体に悪くないのか?」


 あってはいけないものなら、出してしまった方がいいような気がする。


「大丈夫よ。出していなくても体の邪気が増えることはないわ。それに、出したところでその分増えるだけよ。出して増やされることで逆に身体に負担がかかるかもしれないし」

「じゃあ、こうしていた方がいいのか」

「あくまで、あなたのそれが私のような聖職者と同じなら、だけど。少なくとも、私たちはそうね」


 アリシアは、昨日何度も確証はない、というようなことを言っていた。言い方はきつく冷たくても、嘘を言ったり誇張したりはしていない。


「で、それが俺が魔術を使えないことと何のつながりが?」

「言ったでしょう。魔術は外にある力で一度取り込まないと使えない。だけど邪気は中にある力で、そのまま出すことができる」

「待て。俺は邪気を使ってるわけじゃない」


 アリシアは首を横に振った。


「あなたが邪気を使おうと思っていなくても、それが体の単なる拒絶反応でも、邪気という力を使っていることには変わりないわ」

「で、それがなんだって?」

「簡単な話よ。中に力があるのに、どうして外の力を使うの? 面倒だし、無駄に労力もかかる。意味がないでしょう。家の中に水があるのにわざわざ外に汲みに行くような真似は普通しないわね、それと同じことよ。だから、魔力と聖気、邪気は同じ人は使えない」


 カミラがまた手を上げる。


「面倒なだけだったら、使おうとしたら使えるんじゃないの?」

「無理よ。使えないわ。そういう風に進化したんでしょうね」

「……つまり、俺の体に邪気があるかぎり魔術は使えないんだな?」

「ええ」


 逆に考えれば、この邪気さえ何とかすれば魔術を使えるようになるかもしれない。


「俺はこの邪気を好きに使うことはできないんだな?」

「おそらく。邪気を好きに扱えるのなんて魔族しかいないもの」

「魔物は、使えないのか?」


 そういえば昨日も「魔族が邪気を操れる」とは言っていたが、魔物については何も言っていなかった。


「そう分類しているだけではあるけど。私の言う魔族は邪気を操れる生き物。生き物と取っていいのかはわからないけど。逆に、邪気を持っていながら邪気を操れないのは魔物。だから魔族が人型とは限らないし、人型の魔物がいてもおかしくないわ」

「その分け方でいくと、俺は魔物か?」

「そうはならないわよ。他に聞きたいことは?」


 そうならない理由について、アリシアは説明する気がないようだった。どうしても聞かなくてはならないことではないから、無理やり聞きだすことはない。


「俺が眼帯をとると魔石も残らないんだが、その理由は?」

「それは、あなたの邪気が強すぎるからでしょうね」


 アリシアはあっさり答える。どれだけの知識を持っているのだろう。


「魔石は容器のようなものよ。魔物の中の、邪気が入っている容器。邪気で満たされている容器に、あなたの邪気が大量に入ろうとしたら、容器は壊れるわね。そういうことだと思うわ」

「なるほど。そういうことか」

「他に聞きたいことは?」


 エヴァンは頭の中を整理する。


「今はないな」

「そう」


 ふいにアリシアが立ち上がってドアを開ける。


「どこか行くのか?」

「ついてきてもいいわよ。浄化をするの」


 そう言うとアリシアは剣を手に取った。

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