22. エピローグ
空は、いやみなほどきれいに晴れわたっている。
気丈に前を向くカミラの手にそっと触れた。強く握り返される。
アリシアの歌声が、空に消えていく。死者の安寧と、残された者の平穏を祈って。古語だから何を言っているのかはわからないが、その歌声が染み渡る。
カミラの頬を、涙が一筋つたった。
葬式が終わったあと、カミラが墓石の前にひざまずいた。
「ねえ、エヴァン」
「どうした?」
「あの家、手放そうと思うの」
ポツリと、カミラが言った。
「グリフィン商会、継がないのか?」
「うん。もうつぶす。お父さんとお母さんがやってた店だから、ほんとは続けたいんだけど、私にはできないよ。あの家にいるのも耐えられないのに、店なんて続けられない」
カミラが、小さくほほえんだ。
「応援してくれる人には申し訳ないんだけどね」
「いいんじゃないのか。カミラがそう決めたなら」
それ以外に、何と言ったらいいかわからなかった。
「うん」
カミラの目は赤い。昨夜も泣いたのだろうか。それでも、その瞳には強い力がある。
「冒険者を続ける。それしかできないから」
「いいのか?」
「いつかエヴァンの横に並ぶって、言ったからね」
それがカミラの支えになってくれているのなら。
アリシアの言葉がよみがえる。「カミラは、あなたの後ろでずっと守っていてもらわないといけないほど弱くはないわよ。ちゃんとまっすぐ見てあげなさいな」アリシアはそう言った。その意味が、今はわかる。
「楽しみにしてる」
「うん」
カミラが立ち上がった。
「あ、アリシアだ」
離れたところで誰かと話している。
「信者、じゃないな。あれ」
「聖職者だよね。男の人だけど」
「まあ、男性の聖職者もふつうにいるからな」
まわりが静かだからか、離れているのにアリシアの声がはっきり聞こえた。
「あなた、私に意見できる立場なの?」
感情はないのに、ひどく冷たい声。まるで、真冬の空気のような。
「私の方が上よ。立場をわきまえなさい」
エヴァンとアリシアが会ったとき。いや、それよりも鋭く、相手を逆らわせない声。その顔には、にせものの笑みすら浮かんでいない。
相手が何かを言っている。早口で聞き取れないが、アリシアにつめよっているらしい。
「いい加減になさい。失礼よ」
アリシアが相手に背を向ける。
「エヴァン、あれ、アリシアだよね?」
「どう見てもアリシアだな」
「おかしくない? あんなの、初めて見た」
アリシアは物言いはきついし、冷たい声のこともあるが、相手を邪険に扱うわけではない。会ったときも、取引という形とはいえエヴァンの質問にはきちんと答えていたし、不必要に人を遠ざけるような態度はとらない。
「おかしいな」
「しかも、相手も仕事の仲間でしょ?」
「だからこその何かがあるんじゃないのか」
だが、何か釈然としない。
「アリシアって、教会で浮いてるのか?」
「あんなに教会に行ってるから、そういうわけじゃないと思うけどね。あ、でも、今回ってアリシアが教会の不祥事を王の盾にもらしたんだっけ?」
「そうなると、多少は恨まれるだろうな」
「私が、なに?」
アリシアが近づいてくる。
「……いや、なんでもない」
「そう。ならいいわ」
冷や汗をかいた。
「ここにいつまでも立ってたら冷えるわよ」
アリシアはいつもの調子で話している。
「アリシア。ごめんね、忙しいのにわがまま言って」
「いいのよ。カミラのご両親のお葬式なんだから」
葬式をしきったのはアリシアだった。カミラがそうするように頼み、アリシアが了承した。
「ふたりは、これからどうするの?」
「どうする? カミラ」
「ギアトーレに戻ろうかと思ってるんだけど、エヴァンはどこか行く場所ある?」
エヴァンは首を横に振った。あそこにいるのが、一番気楽だ。
「ギアトーレに戻るか。アリシアはどうするんだ?」
「戻るつもりよ」
アリシアは、ギアトーレ所属の巫女だ。
「だけど、あと数日はここにいるわ」
「何かあるの? 仕事?」
「ええ。まだいろいろと片付いていなくて」
教会は大混乱なのだろう。アリシアには、隠しきれない疲れが見える。
「それだったら、その数日間、王都見てまわる? けっきょく、王宮以外のどこにも行けてないし」
「そうだな。カミラに案内してもらうつもりだったし、急ぐ予定もない」
どこかに行こうとしている途中で、カミラが誘拐されたのだ。そのあとは、そんな暇はなかった。
「一緒に帰る必要はないのよ」
「いいじゃん。アリシアもいた方が楽しいよ」
「わかったわ。用事が終わったらそう言うから、それまで楽しんでなさい」
カミラが頬をふくらませる。
「一日くらい、一緒に遊ばない?」
「悪いけど、教会を空けられないのよ、今は。それに、なるべく早くギアトーレに戻りたいから」
「そっか。じゃあ、がんばってね。無理しちゃだめだよ」
「ありがとう」
そこでうなずかないから、心配なのだ。
「じゃあエヴァン、行こう」
「そうだな」
カミラが元気そうでよかった。あのまま立ち直れないんじゃないかと、思った。カミラが、二度と笑ってくれないんじゃないか、と。それくらい、暗い目をしていたから。
「どこ行くんだ?」
「それは秘密。いいから、ついてきて」
カミラに手を引かれる。その手を強くにぎり返した。もう、離さないように。
第二部完結です。
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