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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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21. 王都編

 かすかな月明かりしかない、真夜中。


「女がこんな時間にひとりで外にいるのは、どうかと思うぜ」

「……うるさいわね」


 アリシアが、ぐったりと宿の壁に体をあずけている。ユリシーズがその正面におりる。


「ひっでえ顔色。何してんの?」

「……気持ち悪いのよ。離れて」

「あのなあ。いくら俺が相手だからって、そこまで言うか?」


 アリシアが顔をあげ、ユリシーズをにらむ。


「吐きそうなのよ」


 小さな声。ユリシーズがポンと手を打つ。


「あ、そっち。俺が気持ち悪いわけじゃないのね」

「わかったら、どこか行って。吐いてるところなんて、見たくないでしょう」

「アリシア。口あけろ」


 アリシアが反射的にあけた口に、ユリシーズが指を動かす。何かがアリシアの口に入る。


「何?」

「ただの水だ。少しは楽になるだろ」


 アリシアの喉が動く。


「にしても、ほんとにひでえ顔。隈もあるし。いつから寝てねえの?」

「……カミラが誘拐されてからだから、これで丸四日ね」


 予想以上の数字に、ユリシーズが顔をしかめる。


「だったら、こんなところにいないで寝りゃいいのに」

「目がさえて、眠れないのよ」


 吐き捨てるように言ったアリシアが、顔を上げる。


「それで、何が目的?」


 アリシアの怪訝な顔に、ユリシーズが苦笑した。


「無償の親切とは思ってくれねえの?」

「あなたに限って、それはないでしょう」


 アリシアの声が、すこししっかりしてくる。


「本当のことを話してほしくてね」

「どういう意味かしら?」

「エヴァンとカミラにした話。あれ、嘘だろ? 全部がってわけじゃねえけど」


 アリシアがため息をつく。


「あなたには関係ないでしょう」

「呼び出された以上、関係者じゃねえの? 俺、嘘って嫌いなんだよな」

「どうして、嘘だと思ったの?」


 ユリシーズがアリシアの胸を指差した。


「心音と呼吸。表情は完璧に取り繕ってたけどな。コントロールできない体は正直だぜ」

「それならよかったわ」

「何が?」


 アリシアが腕を組む。


「エヴァンとカミラに気づかれそうな嘘だったら困るもの。そういう理由なら、あのふたりは気づかないわ」

「まあ、無理だろうな」

「というか、そもそもあなたどこにいたのよ。あの部屋にはいなかったし、邪気も感じなかったけれど」

「俺くらいになると、邪気を感じ取れないようにできるからな」


 アリシアが顔をしかめる。


「邪気だけでできてる存在の癖に、邪気を感じ取れないようにできるって、どういうことなのよ?」


 魔物や魔族は、邪気が形をもったもの。だから、ユリシーズは邪気そのもの。


「まあ、俺は規格外だから」


 ユリシーズが、あっさり言う。


「それで、話してくれんの?」

「話さなかったらどうなるのかしら?」

「あいつらに、アリシアが嘘をついたって教えてやろうか?」


 眉間のしわが深くなる。


「的確にいやなところを狙ってくるわね」

「それで、どうすんの?」

「わかったわ。話すわよ」


 ユリシーズがニヤリと笑う。


「物分かりが早くてよろしい」

「それで、何を知りたいの?」

「軍が関わってない。それが嘘だろ? それ以外に嘘は言ってなかったからな」


 アリシアがため息をつく。顔の影が濃くなる。


 やがて、口を開いた。


「魔術封じは、本来軍と王の盾しか持てないものなのよ。だけど、ミスリルの発掘も軍がやるのは難しかったの」

「軍が人を雇えばいいんじゃねえの?」

「そんなことをしたら、事情がありますって言っているようなものじゃない。だから、それはできなかったのよ。それで、信用できる商人に任せることにした。それが、グリフィン商会だったの」


 アリシアの言葉に、感情はない。


「グリフィン商会に任せているということは、軍の中でも一部の人しか知らないことだったわ。だけれど、それに気づいた軍人がいた。彼は、グリフィン商会を脅せば魔術封じを余分に手に入れられると思った。それで、そこらの貧乏な悪人を金で雇った」


 ユリシーズは黙って聞いている。


「それが、さっき捕まった人たちね。教会とつながっていたのも、本当は彼らじゃなくて、軍の方よ。しかも、軍でそれにかかわっていたのはそのひとりじゃないわ。そういうことが起きていることを知りながら、黙認していたの。軍全体が」

「それは、教会よりもたちが悪いな」

「ええ。教会はあくまで一部だった。それでも許されることではないわよ。だけど、組織として国を裏切った軍は、それの比ではないわね。いまごろ、王の盾に絞られているわよ」


 ユリシーズがふうん、とつぶやく。


「だとして、何でそれをあいつらに隠したんだ? 教会の不祥事は話したくせに」

「それに関してはカミラが気づいていたもの。だから、ごまかせなかったわ。だけど、それ以外にも理由はある」


 アリシアの顔がかげる。


「教会は、カミラの両親が亡くなった直接の原因ではないわ。あくまで、魔石を流していただけ。だけど、軍は違う。軍がしっかりしていれば、カミラの両親が死ぬことはなかったわ」

「まあ、そうだな」

「それを知ったとき、カミラとエヴァンが軍に逆らう危険性があるのよ。もしかしたら、復讐するかもしれない。エヴァンもカミラも、ふつうの人より軍とのかかわりが強いわ。軍に対する不信感を持たせるわけにはいかないのよ」


 アリシアがさっき言ったように。国のために。


「お前は、いつからそれに気づいてたんだ?」

「最初から気づいてたわよ。教会に魔石を流している人がいるって気づいたときから」

「早いな」


 アリシアが肩をすくめる。


「カミラは両親に逃がされたのよ。ということは、カミラの両親は身の危険に気が付いていたということ。いきなり賊が襲ってきたのなら、カミラを逃がすことなどできないわ。軍に何か異変を感じたから、カミラを逃がせたのでしょう」


 それに、と加える。


「私ですら知らなかった魔術封じについてカミラが知っていることも手掛かりではあったわね。グリフィン商会が魔術封じを扱っているのだとしたら、それは軍と契約しているってこと。それなのに軍が気づかないとは考えられないのよ」

「グイフィン商会が賊に乗っ取られていることに、か」

「ええ」


 アリシアが、ため息をつく。


「教会の上層部が金で言うことを聞くとは思えなかったのもあるわね」

「神の教えか?」

「違うわよ。必要ないの。金なんて。上層部では下っ端の私でも、一生働かないで暮らせるくらいの金は持っているもの」


 自慢するでもなく、つまらなそうに言う。


「だから、欲しがったのは金じゃなくて権力よ。それを与えるのは、賊には不可能。軍にしかできないの。軍とつながりを持つことで、教会内で権力を持つことができる」


 ユリシーズが頭をかく。


「相変わらず、賢い頭だな」

「それくらいじゃないと、生き残れないわよ」

「したたかだな」


 アリシアが苦笑する。


「カミラに責められたわ。そんなに教会を守りたいかって」

「それくらいに傷つくわけじゃないだろ?」

「傷つきはしないわよ。何も知らないふたりが、ときどきうらやましくはなるけれど」


 アリシアが背負うものは、重すぎる。


「で、何でそんなに寝てねえの?」

「仕事が忙しかったのよ」


 吐き捨てるように。


「カミラは誘拐されるし、エヴァンも誘拐されるし。おかげで、王の盾と話すことが増えて、眠る暇がなかったのよ。おまけに、教会の内部犯は探さないといけなかったし。上層部がごっそり抜けて、その穴も埋めないといけないし」

「大変だな。ってことは、出世か?」

「ええ。大出世よ。うれしくはないけど」


 ユリシーズが腕を組みなおす。


「うれしくねえの?」

「仕事が増えるだけよ。出世に興味はないわ。会食が増えるし」

「それで吐きそうになってたのか」


 アリシアがうなずく。


「ろくに食べていないところにがっつり食べるもんじゃないわね。胃が限界だわ」

「で、おまけに眠れないと。そりゃそんな顔にもなるわな」


 ユリシーズがアリシアに一歩近づく。


「眠れるようにしてやろうか?」

「……どういう意味?」

「邪気と聖気は闇と光にたとえられる。あれって、けっこう正しいんだよな」


 アリシアが眉をしかめる。


「命を与えるのが聖気。命を奪うのが邪気。だから、光と闇にたとえるのよね」

「ああ。で、その働きを弱めると、命が意識に変わる。つまり、聖気は人を目覚めさせ、邪気は人を眠らせる」


 ユリシーズの声は静かだ。


「死の領地に入ったら帰れないっていうのは、魔物が多いからっていうのもある。だが、一番の理由は、邪気で眠くなり、判断能力が落ちるからだ。逆に、巫女なんかは不眠に悩まされる人が多いんじゃねえの?」


 アリシアが、目の下をなぞる。遠目でもわかるほど、はっきりした隈。


「そうね。朝は必ず目が覚めるのに、夜は眠れないんだもの」

「体に聖気を持ってるからだな」

「それは、知らなかったわ」


 ユリシーズがアリシアに手を伸ばす。


「お前から感じる聖気が、前よりずっと強い。だから、眠れねえんだよ」


 月はさらに傾いている。


「眠れるようにしてやるよ」

「裏はないわね?」

「今回は俺が負かされたからな。お前を負かすまで生きててもらわないと困るんだよ」


 アリシアがあくびをする。


「なるほど。邪気で聖気を打ち消したのね」

「そういうこと。ほら、おやすみ」

「ええ」


 アリシアがそう言って顔を上げたとき、ユリシーズはすでにいなかった。

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