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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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20. 王都編

 アリシアが、さっきまでユリシーズが座っていたところに腰掛けた。


「アリシアもここに泊まるのか?」

「ええ。私のぶんも部屋をとってくれたみたいだから」

「顔色悪いけど、大丈夫?」


 意識が戻ったエヴァンに会いに来たときよりも、さらに顔色が悪い。


「ふたりよりはましよ。ふたりとも、ひどい顔色だわ」


 仕方がない。いろんなことが、起こりすぎた。


「それで、カミラ。聞きたいことがあるんでしょう?」

「うん」


 カミラの顔が、真剣になる。


「グリフィン商会の荷馬車が減ってるって聞いた時点で、魔石について気づいてたよね? 明らかに顔色が変わったから。それなら、どうして教えてくれなかったの? 私のお父さんとお母さんが無事じゃないことにも、気付いてたんでしょ?」


 言われてみれば、たしかにそうだ。

 アリシアが大きく息を吐いた。


「ええ。気づいていたわよ」

「じゃあ、どうして教えてくれなかったの? 教えてくれたら、こんなことにならなかったかもしれないのに。 私もエヴァンも誘拐されなかったかもしれないのに」


 アリシアは、そういうことを一切話さなかった。ただ、用事があると言って王都まで一緒に来た。


「話せなかったのよ。内容があまりに問題だったから」

「どういうこと? 問題だったのなら、なおさら話してくれたらよかったのに」

「今回の件は、あなたたちが思っているよりずっと難しい問題なのよ。犯人を捕まえればいいっていうだけの話じゃなかったの。今さら、隠したりはしないわ。聞かれた以上、きちんと答えるわよ」


 アリシアがもう一度、大きく息を吐いた。憂鬱そうに。


「カミラから荷馬車が減っているって聞いた時点で、気付いたわよ。誰かが血術の魔石を作っているって。だけどそれは、教会の内部に魔石を流している人がいるってこと。だから、下手に引っ掻き回すわけにはいかなかったの」

「なんで?」

「理由は三つ。ひとつ目に、それ事実が外に知られたら教会の信頼が地に落ちるってこと。ふたつ目に、軍がその犯罪に手を貸している可能性があったこと。みっつ目に、教会の裏切り者に逃げられてはいけないということ」


 だから、犯人を捕まえればいいというだけではなかったのだ。闇の深さに、ぞっとする。


「どうしても、今回の件を明るみに出すわけにはいかなかったの。あなたたちに話して、それが冒険ギルドや軍に伝わったら。そう考えたら、あなたたちに話すわけにはいかなかった」

「誰にも言わないでって言ってくれればよかったのに」

「それでも、冒険者であるあなたたちはギルドの命令には逆らえないでしょう。それに、あなた、聞いてもじっとできた? 聞いたらすぐにでも軍に話したでしょう。私に止められても、止められる理由がわからなくて」


 カミラが唇をかむ


「誰が裏切っているのかもわからない。だから、私はこのことを王の盾に話した。巫女の立場を利用して、王の盾に接触したわ。そこで、調べることを依頼したの。グリフィン商会についてと、教会内の裏切り者について。それから、軍が手を貸していないか、も」


 アリシアがやたら教会に顔を出していたのは、このことがあったのだろうか。アリシアが教会に顔を出す回数は、死の領地に行くときよりも、明らかに多かった。


「ねえ、王の盾って何なの? 軍とは違うの?」

「王の盾は、王直属の軍みたいなものだ。王の命令にのみ従う。あってるか?」

「だいたいは、あってるわ。そう考えてくれていいわよ。だけど、今回のことを説明するために、少し付け足すわよ。王の盾は、唯一教会の中を調べられる人たちよ」


 アリシアが、胸の羽に触れる。


「軍と教会は対等なのよ。基本的には。だから、軍は教会内部に干渉することが許されないわ。そして、同じように教会が軍に干渉することも許されないの。だから、教会内務でなにか怪しいとなったら、王の盾しか調べることができない。逆も同じことね」

「今回は、軍も教会も怪しかったからか」

「ええ。結局、軍は関わっていなかったけれどね」


 関わっていたのは、教会だけだった。アリシアの、所属している組織。


「でも、王の盾に話をしたのなら、どうしてあいつらをすぐに捕まえなかったの?」

「グリフィン商会にいた人を捕まえることは簡単だったのよ。それを知られないようにすることも。だけど、それだと教会の裏切り者が誰かわからない。その人たちをとり逃したら、また同じことが繰り返される。だから、泳がせておいて、しっぽを出させるしかなかったの」

「結局、誰かはわかったのか?」


 アリシアがうなずいた。


「ええ。何人かは言えないけど、捕まったわよ。もちろん、内密にね。聖職者でも、一部にしか知らされていないわ」

「完全に闇に葬る、と」

「そういうことね」


 エヴァンの頭の疑問が、ほどけていく。


「だから、カミラが誘拐されたときに軍に話をするのを止めたのか」

「ええ。事情を知られるわけにはいかなかったから。だけど、誘拐されたのは予想外だったのよ。そうなる前に何とかする予定だったから」

「でも、うまくいかなかった?」


 カミラは、誘拐された。


「私を責めることで満足するのなら、いくらでもどうぞ」


 アリシアにしては珍しい、投げやりな言い方。話を聞けばわかる。アリシアは、できるだけのことはやっている。アリシアの手にもあまる問題だっただけだ。


 カミラが、うつむかせていた顔を上げる。感情がごちゃまぜになった、強い瞳。


「教会の不祥事は、なかったことになるの?」

「表向きは。しばらくは王の盾の監視が強まるでしょうけど」

「私のお父さんとお母さんがあんなことになって、それでも黙ってるの? 教会だから、罪を犯しても裁かれないわけ?」


 カミラが立ち上がり、アリシアの胸倉をつかむ。エヴァンは、カミラを後ろから抱きとめた。


「カミラ、落ち着け」

「裁かれはするわよ」


 アリシアは、怖いほどに無表情だ。


「だけど、表には出ないんでしょう。なかったことにするんでしょう? 私のお父さんとお母さんは帰ってこないのに。ねえ、どうして?」

「手を離しなさい」


 強い語気に、カミラが手を離す。エヴァンは、腕の力を抜いた。


「国のためよ」

「そこまでして、教会を守りたいの? 国のためなら、個人のことなんてどうでもいいわけ?」

「そうするしかないのよ。とりあえず、座ってくれるかしら」


 カミラから手を離すと、カミラは椅子に座った。エヴァンも座る。


「今回の件が完全に明るみに出たら、教会と軍の信頼が落ちるわ」

「教会はわかるけど、軍もか?」

「ええ。そういうことが行われていたのに気づかなかった軍にも問題はあるもの」


 教会の人間でありながら、教会に罪があるとあっさり言うアリシアは、どのような心境なのだろうか。その表情からは、何も読み取れない。


「教会の信頼がなくなるのは、神への信頼がなくなるということよ。神の言葉を伝えるのは、いつだって教会だから」


 教会が、神の言葉を曲解して伝えるかもしれない。そう思ったら、何も信じられない。


「教会の言葉を聞かないくらいなら、まだいい。だけど、国王の立場と権力も神に与えられたものよ。その神を誰も信じなくなったら、王の力が一気になくなるわ。それから、国の法も神の言葉。それが疑われてしまったら、それこそ犯罪者が一気に増える」


 改めて、教会の力の大きさを感じる。


「軍に関しては、もっと簡単ね。軍が信頼できない。そうなったら、他の武力に頼るしかないわ。軍が横暴をしても対抗できるだけの武力。だけど、ふつうの人が武器を持つことは許されていない。それだけの武力を得る方法はわかるわね?」

「冒険者か」


 軍以外で、唯一武器を持つことが許される人。


「ええ。そしてふつうの人が軍に対抗するものとして冒険者を選んだら、冒険者の力が強くなるわ。魔物しか相手にしていなかった冒険者が人と関わるようになったら、権力の図が一気にひっくり返るのよ」


 軍の下の存在だった冒険者が、軍の上になってしまう。


「そうなったら、冒険者に対する締め付けをきつくするしかないわ。今よりずっと自由ではなくなるわね。そしたら、よけいに逆らう人が増えるわ」


 エヴァンは、冒険者が自由なところに魅力を感じている。軍のように厳しくなったら、確実に文句を言う。


「それに、軍の力は国の力。軍が弱ったら、他国に攻め入られるわ。最悪戦争を起こされて負けて、属国になる」


ことの大きさに、鳥肌が立つ。


「王の盾にも口止めされたでしょう。そういうことよ」

「だから、あれだけ厳重に口止めされたのか」


 質問にも一切答えるな、というのはなかなかだ。


「ちなみに、話そうとしたら殺されるわよ。それこそ、存在ごと闇に葬られるわ。だから、私が今言ったことも、墓場まで持っていくことね」


 カミラが大きく息を吐く。


「……わかった」

「そう」


 アリシアの反応は薄い。納得しようがしまいが、どっちでもよかったのかもしれない。どちらにせよ、アリシアに変えられることではないから。


「ご両親の遺体が見つかったら、葬式はやれるわよ。私から話を通しておくわ」

「アリシアがしきるの?」

「違う人の予定だけど。私はほとんどしきったことがないから」


 カミラがアリシアを見る。さっきよりは、落ち着いた瞳。


「アリシアに任せてもいい?」

「あなたはそれでいいのね?」

「うん。アリシアにやってほしい」


 アリシアがうなずく。


「わかったわ」


 胸の羽に触れて、立ち上がる。


「私は自分の部屋に戻るわ。何かあったら声かけてちょうだい」

「ああ」


 アリシアが出て、扉が閉まる。


「エヴァン」

「どうした?」

「ここに、いていい?」


 もう外は暗い。本当なら、部屋に戻ってもらった方がいいのだろう。だけど、今だけは。


「ああ」


 ひとりは、寂しすぎる。

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