19. 王都編
エヴァンとカミラが捕まっていた建物は、完全に壊れていた。そこで、軍の人が作業をしている。何か証拠が残っていないか、探しているのだろう。
「エヴァン、行こう」
「いいのか?」
カミラにとっては、自分の家だ。
「いいの。今は、お互いつらいだけでしょ」
ここで事故とはいえ人を殺してしまったエヴァンも、両親を嫌でも思い出すカミラも。
「じゃあ、行くか」
今はただ、休みたい。
王の盾が用意したという宿は、豪華ではないものの、大きかった。しかも、三部屋取ってある。
「三部屋ってことは、アリシアも帰ってくるのかな?」
「教会に泊まるのかと思ってたけど、ここに泊まるんだな」
三部屋あるから、ひとり一部屋だ。だが、ひとりになりたくなかった。カミラも同じなのか、二人で同じ部屋に座る。
そのとき、扉がノックされた。
「アリシアか?」
エヴァンは、扉を開けた。
「ユッ」
名前を叫びかけた口を、手でふさがれる。
「久しぶりだな」
ユリシーズは勝手に部屋に入り、扉を閉めた。エヴァン口が解放される。
「人に聞こえそうなところで俺の名前を呼ぶとか、バカなんじゃねえの? それとも、俺の名前、呼びたくなっちゃった?」
「誰がなるか」
つかめない態度は相変わらずだ。
「何でいるんだよ、ここに」
「何でって、ひどいなあ。お前らに呼ばれたから来てやったっていうのに、その言い草はないだろ」
「呼んだ? 俺らが?」
そんな記憶はまったくない。ユリシーズのユの字すら頭に浮かんでいない。
ユリシーズがベッドに腰掛ける。エヴァンは、さっき一瞬だけ座った椅子に座った。
「首の魔石。なくなってんだろ?」
城を出る前に、ユリシーズにわたされた、黒い魔石。首にかけていたそれは、
「……あ、ない」
鎖の先には、何もついていない。
「私のもなくなってる。あいつらに取られたのかな」
「カミラはそうだとしても、俺はないな。そんなことはされてない」
ユリシーズが盛大にため息をつく。
「あれは、お前ら以外には認識できないようにしてあるから、他の人に取られることはねえよ。俺は、お前らにそれを渡すときになんて言った?」
「俺と話したくなったら、魔術を入れろ?」
「そう。正解。魔石である以上、魔術をつっこんだら、消えるわな」
つまり、エヴァンとカミラはユリシーズからもらった魔石に魔術を入れたのだ。
「でも、ずっと魔術封じつけられてたんだよ? ありえなくない?」
「……、いや。あれだ。俺の魔術封じが爆発したときに、中にたまってた魔術が全部外に出て、それが魔石に入ったんだ。あのとき、魔術は完全に暴走してたから、そうなってもおかしくない」
それで、ユリシーズを呼んでしまったのだ。
「というわけで、呼ぼうとして呼んだわけじゃない。帰ってくれ」
「人を呼びつけておいて、それはないだろ。どういう理由であれど、お前らは俺を呼んだんだぞ」
ユリシーズが意味深な笑いを浮かべる。
「それに、俺がいなかったら、お前は死んでたぜ。もうちょっと感謝してくれてもいいんじゃねえの?」
「は? だって、俺は巫女さんに治療されたんだぞ。お前は関係ない」
「その巫女さんはどこから来たでしょうか?」
エヴァンはカミラを見た。言いたいことがわかったのか、カミラは首を横に振る。
「あの近くに、教会はないよ」
「ってことは……」
「そ。俺が連れてきた。ついでに、お前の上にあったがれきをどかしたのも俺な。言っとくけど、あんな大怪我すぐに治せる巫女なんて、そこらへんにはいないらしいぜ。感謝しろよ」
なるほど。ユリシーズの言い分はわかった。
「お前が俺を助けた? 見返りとか言うのか?」
「本当は言いたいんだけどな。今回は俺の負け。ただで助けてやるよ」
ユリシーズの負け宣言。思わず、耳を疑う。
「負けた? 俺に?」
「なんで、瀕死のお前に負けるんだよ。俺が負けたのはアリシア。言い負かされてさ」
「何を言われたの?」
ユリシーズが肩をすくめる。
「呼ばれたら、話をするんでしょう? でも、今エヴァンは話せる状態にない。約束を守るのなら、自分でエヴァンが話せる状態にしてあげないといけないわね? あなた、嘘はつかないんでしょう? って言われた」
「さすがアリシア」
話したくなったら呼べ。それがユリシーズの言ったこと。それを逆に考えれば、ユリシーズは呼ばれた以上、話をしなければならなかったのだ。
「で、がれきをのけて、アリシアが指定した巫女を連れてきて。あの王の盾とかいう連中に気づかれないようにするのは面倒だったけどな。巫女は、神が怪我人のもとに連れてきたってアリシアが信じさせてた。信心深い人だったから、簡単に信じてたが」
「そう言われると、感謝する気が失せるな」
感謝すべきはアリシアな気がする。
「本当は、助けてやる気なんてなかったんだよ。俺は弱いやつには興味ねえし。でも、言い負かされたから、しゃあねえよなあ」
そう言いながら、ユリシーズは楽しそうに笑う。
「ほんと、したたかだよなあ、あの女。俺に言うこと聞かせるとは」
「お前、まさか……」
「いや、そっちの趣味はねえよ。気の強いやつは好きだけどな。少なくとも、俺にひるんで縮こまるような奴はどうでもいい」
命令されたいわけではないらしい。
「で、ありがとうは?」
「言う必要あるか?」
「挨拶と感謝は人間関係を円滑に進めるために必要だぞ」
どの口が言う。おもしろそうとなれば、他人の迷惑など考えずに何でもやる奴が。
「そもそも、お前は人間じゃないだろ」
「まあ、そうだけど。俺は、お前が屈辱に顔を歪めながら礼を言ってくるところが見たいんだ」
「趣味悪いな、おい」
性格が破綻している。
「冗談だよ」
「どこから?」
「さあな。別に、礼を言ってもらったところで、俺に利益があるわけじゃないし」
礼に対して利益を求める時点で間違っている。
「まあ、呼ばれたからちゃんと話はしたし、俺はもう帰る」
「さっさと帰れ」
「冷たいなあ」
しかし、こうあっさり帰られると逆に拍子抜けだ。
「何か用事でもあるのか?」
「おや。帰ってほしくない?」
「そういうわけじゃねえよ」
ユリシーズが立ち上がる。
「いや。俺はいつだって暇だけどね。ただ、そろそろ帰ってきそうだから、おれは退散」
「アリシアが戻ってくるの?」
「それは自分で考えろ。じゃあな」
ユリシーズが消えた。
「瞬間移動ができるなら、何で扉から入ってきたんだろう?」
「まあ、ユリシーズだからな」
あいつが何をしようが、もう疑問には思わないことにした。
コンコン、と音が鳴った。
「今度こそ、アリシアか?」
これでユリシーズだったら、殴ってやろう。
扉をあける。そのすきまから、白いローブが見えた。
「ふたりともここにいたのね」
そこにいたのは、今度こそアリシアだった。




