18. 王都編
しばらくして、また扉が開かれる、さっきよりも、ずっと乱雑に。
「エヴァン!」
「カミラ。大丈夫か?」
「それは私のセリフだよ。あんなに怪我して。治療してもらったんだね。よかった」
カミラが、アリシアが座っていた椅子に座る。
「エヴァン……」
カミラがつぶやく。その両目から、涙がこぼれた。
「カミラ?」
エヴァンがベッドを叩くと、カミラがそこに座り、エヴァンの方に顔をうずめた。
「何があった?」
「お父さんが、お母さんが……」
その細い肩がふるえる。しゃくりあげる背中をさする。
「どうして、ねえ、どうしてよ」
「カミラ……」
何があったのかはわからない。だが、今はこうして抱きしめていたい。カミラの涙が、止まるのなら。
どれくらい時間が経っただろう。扉がノックされる。カミラが顔を上げ、椅子に移動した。その両目は、真っ赤だ。手の甲で、涙をぬぐう。
「どうぞ」
「入ります」
入ってきたのは、真っ黒の軍服を着た、大柄な男。王の盾だ。普通の軍人は、青みがかった軍服を着ている。
「お体は、問題ないですか?」
「ありません。ありがとうございます」
「申し遅れました。王の盾の者です」
王の盾は名前を名乗らない。そう、聞いたことがある。
「エヴァンさん、カミラさん。お話をうかがってもかまいませんか」
肯定しか求めていない質問に、エヴァンとカミラはうなずく。
「では、まずカミラさん。誘拐された経緯を話してください」
「えっと、道を曲がって大通りに出たら、突然違うところにいて。たぶん、空間収納の魔石を使われたんだと思います」
魔石? そう聞きそうになった口を閉じる。
「そのあとは?」
「そこで、目の前が真っ暗になって。気が付いたら、グリフィン商会の地下室にいました。柱に縛られていて。魔術封じを使われていて、魔術も使えませんでした」
カミラは、存外しっかりした口調で話す。少し落ち着いたようだ。
「そこで、犯人に、話をされて……」
「どのような?」
「お父さんと……、お父さんと、お母さんが……」
カミラがまた涙を流す。その頭を、手でなでると、カミラがわずかにすり寄ってきた。
「お母さんを殺して、お父さんが、自殺、したって」
思わず、手に力がこもる。グリフィン商会がおかしいとは思っていた。犯人らに乗っ取られているだろうことも。だが、カミラの両親が死んでいるとは思わなかった。
「血術を狙って、あいつらが襲ってきて、私は逃がしてもらったみたいで、それで、お母さんが殺されて」
言葉の切れ目に、しゃくりあげる。
「お父さんを脅して、魔石作らせて、でも私がエヴァンといるって知って、お父さんが安心して自殺して」
安心して自殺して。一見矛盾した言葉。カミラの父親は、そのときどんな気持ちだったのだろう。それでも、エヴァンはカミラを守れなかった。
「それで、私が捕まって」
「魔石について、彼らは何か言っていましたか?」
「教会とつながってるって言ってました。金があれば言うことを聞くって」
アリシアがあきらかに疲れていた理由は、これだろうか。
「わかりました。ありがとうございます」
王の盾が視線をカミラからエヴァンに移す。
「次にエヴァンさん。起こった出来事を、順番に話してください」
感情のない瞳に、恐怖を感じた。これなら、アリシアの方がよっぽどわかりやすい。
「カミラがいなくなったとわかって、アリシアに相談に行きました。あ、アリシアは……」
「アリシアさんについては知っているので、話を続けてください」
「わかりました。アリシアに相談して、次の日になっても帰ってこなかったら軍に言おうと言われました。教会でじっとしているように言われたのですが、気になってグリフィン商会に向かいました」
話しながら、エヴァンは眉をひそめた。アリシアの言動は、矛盾している。何かがおかしい。
だがそれは、今ここで言うことではない。
「そうしたら、カミラの名を出されて手錠をつけられ、グリフィン商会につれていかれました」
カミラがエヴァンの手を強く握る。エヴァンは、それを握り返した。
「手錠が魔術封じだとわかったので、魔術を使い続けて、爆発させました。以上です」
「魔術封じについてはご存知だったんですか?」
「はい。カミラから聞きました」
王の盾がうなずいた。
「ご協力ありがとうございました。また聞きに来ることがあるかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
「はい」
「ですが、ひとつお願いがあります」
お願いという名の、命令。
「王の盾以外の人が質問してきた場合には、王の盾にすべてを答えたからそちらに聞いてくれ、と答えてください。質問の内容に答えてはいけません。軍、教会、記者、誰が聞いてきてもそう答えてください」
「軍にも、ですか?」
「はい」
記者に対してならわかるが、軍に話してはいけない理由がわからない。
「理由を教えてもらってもいいですか?」
「グリフィン商会は大きな商会です。その影響力ははかり知れません。無用の混乱を防ぐため、こちらで情報統制を行います」
国の情報統制。つまり、都合の悪い事実はふせられるということ。そして、それに関して、エヴァンもカミラも何も語ってはいけない。
「こちらから圧力はかけますが、しばらくは質問されるかもしれません。うっとうしいようでしたら、王の盾に言ってください。対策は取ります」
「わかりました。ありがとうございます」
王の盾が本気で圧力をかけたとなれば、逆らう者はいないだろう。下手すれば、国への反逆と見なされる。
「何か知りたいことはありますか?」
「お父さんと、お母さんの死体は、ありますか?」
「今、探している途中です。見つかり次第、知らせます」
早く見つかるといい。そうでないと、弔うことすらできない。
「遺品についても今集めていますので、こちらが声をかけたら整理に来てください」
「勝手に処分とかはしないですよね?」
「はい。犯人の持ち物に関してはすべてこちらで回収しますが、ご両親の遺品やグリフィン商会の物に関しては、確認だけしたらすべてお返しします」
カミラの手の力がゆるんだ。
「それから、家についてです。家と土地は、手放すか引き継ぐかを決めてください。爆発した建物は、カミラさんから許可が出たら取り壊します。あのままだと町にもよくありませんので、取り壊しは早めに行いたいと思っています」
「わかりました」
「土地と家の所有者が父親ですので、手放す場合には、そのままこちらが引き取ります。そのあと、時期を見て他人の手に渡します。相続する場合は、ある程度の額を王都に納めてもらうことになります。詳しい説明は、どうするか決めたあとにします」
カミラがうなずいた。
「他に聞きたいことはありますか?」
「犯人はどうなったんですか?」
「あの場にいた五人のうち三人が死亡、残り二人は拘束しました」
三人が、死亡。目の前が、暗くなるような気がした。
「死亡の、原因は?」
「建物の崩落に巻き込まれたことです。状況が状況ですし、エヴァンさんはA級ですので、罪には問いません」
A級冒険者の特権。相手が罪を犯した場合は、殺しても罪にならない権利。
息が、苦しい。
「他に何かありますか?」
「私はありません」
「俺も、ないです」
「では、何かありましたら、王の盾に声をかけてください。しばらくはここにいますので」
王の盾が出ていく。
扉が閉まったあと、エヴァンは胸を押さえた。
「エヴァン。大丈夫? しっかりして」
「カミラ……」
カミラが立ち上がる。その胸に、ポスンと頭をあずけた。
「人を、殺した。俺が、人を」
「エヴァン。泣いていいよ。ぜんぶ、忘れてあげるから」
カミラがエヴァンの頭をなでる。その手は、あたたかい。
「今だけは、何も見てないし、聞いてないから」
その言葉が、下手ななぐさめよりも心に刺さる。
唇の血の味も、今は何の役にも立たない。
「忘れろよ」
「うん。忘れてあげる」
エヴァンの頬を、涙が一筋つたった。それを皮切りに、次々涙がこぼれる。
カミラの手が、胸が、あたたかかった。




