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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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16. 王都編

 グリフィン商会の建物に入り、階段を降りる。


「カミラ!」


 奥の柱に、カミラが縛り付けられている。カミラは、ぐったりとうつむいたままだ。


「カミラに何をした?」

「気絶させただけだ。何もしてねえよ」


 柱に、体を押し付けられる。


「座れ」


 逆らうことはできない。壁に背をつけたまま、何とか土の地面に座る。


 胴に縄を巻かれる。苦しくないが、身動きはとれないくらいの圧迫。


「じゃあ、おとなしくしてろよ」


 男が、階段を上っていく。やがて、扉が閉まる音が聞こえた。上からの明かりがなくなり、真っ暗になる。


「不用心だな」


 この拘束をといて、あいつらに気づかれるまでにカミラを解放することは、可能だ。


「……ん?」


 火魔術を使おうとしたが、火がでない。魔術を使った感覚はある。体から、力がかすかに抜ける感覚。それなのに、魔術が使えていない。


「どういうことだ?」


 思い切って、火魔術を強くする。この空間が丸焦げになるような威力。だが、やはり使った感覚はあるのに、使えていない。


「だから、こんな簡単な拘束なのか」


 おかしいと思っていたのだ。いくらカミラを人質にとっても、エヴァンが完全に言うことを聞くわけではない。それどころか、カミラをつれてエヴァンが逃げる可能性が高かった。エヴァンだって、そうしようとしていた。


 それなのに、犯人はエヴァンとカミラを会わせた。この距離で。それは、エヴァンが魔術を使えないとわかっていたから。


「魔術封じか」


 一度だけ、カミラから聞いたことがある。あれはたしか、魔術を使う人の弱点について話していたときだった。死の領地から、ギアトーレに帰る途中。




 歩きながら、カミラが弓を触る。


「あら、弦がきれたの?」

「そう。きれちゃった。明日にでも、武器屋に行かないと」

「大変だよな。そうやって武器で戦う人って、武器がなくなったり壊れたりしたら、戦えないだろ?」


 カミラがうなずく。


「その点、魔術だけで戦うエヴァンはいいよね」

「ああ。最悪手足がなくなろうが、目が見えなかろうが、口がきけなかろうが、魔術は使えるからな」

「前のエヴァンみたいにならなければね」

「普通はないだろ。あんなこと」


 もう二度と、あんな目にはあいたくない。魔術が使えず、目で見るだけで人を殺せるなど。


「そう考えると、魔術を使う人って弱点ないよな」

「魔術封じっていうものは、あるらしいわよ」

「魔術封じ?」


 なんとも、恐ろしげだ。


「私も詳しいことは知らないけど、それを身につけていると魔術が使えないらしいわ」

「魔術が使えない? そんなことがあるのか?」


 そういう話は聞いたことがない。怪我をして剣を使えなくなった人はいても、物のせいで魔術が使えないとは、考えにくい。


「超高純度のミスリル」


 カミラが、突然言った。


「は?」

「だから、魔術封じは、超高純度のミスリルなの」


 エヴァンは、自分の剣を指さした。


「ミスリルって、これか?」

「それよりも、もっともっと純度の高いミスリルだけどね」

「ミスリルって、魔術をまとえるんだよな? それなのに、魔術が使えなくなるのか?」


 カミラがうなずく。誰も知らないの? という顔で。


「ミスリルは、正確に言うと、魔術をまとえるわけじゃないんだよ。魔術を、ミスリルが吸収するの。それで、吸収しきれなかった魔術が、まとっているような状態になってるだけ。だから、ミスリルに魔術を溜めておいて、それを放出するとかいう使い方もできるの」

「一回溜めたら、ずっとミスリルに入ってるのか?」

「いや、そんなに長い時間は無理。けっこうすぐに抜けちゃうけど、短い時間ならできるよ」


 こころなしか得意げにカミラが言う。


「で、超高純度のミスリルは、大量の魔術を吸収する。だから、魔術が使えなくなるっていうこと」

「それがそこらへんにあるのか?」


 カミラが首を横に振る。


「超高純度のって言ったでしょ。だから、エヴァンの剣くらいの純度のミスリルなら、ほとんど吸収されないよ。それに、自然に出てくるミスリルの純度はそこまで高くない。だから、魔術封じになるような純度のミスリルなんて、かなり頑張らないと作れないよ」

「それでも、限度はあるんだろ? 吸収しきったところに、さらに入れようとしたらどうなるんだ?」


 カミラが首をかしげる。


「ミスリルに吸収させ続けようとしたら、爆発するんじゃない?」

「でも、俺はミスリルの剣を使いながら、ふつうに魔術を使ってる」

「純度が低いからかな。だぶん、魔術を吸収しようとする性質が弱いんだと思う。だけど、魔術封じは、その性質がものすごく強い。だから、吸収しきれない魔術も吸収しようとして、爆発する」


 いまいち想像ができない。


「わからないけどね。ミスリルを爆発させたなんて、聞いたことないし」


 カミラは、そう言って笑った。


「よく知ってるわね」


 そういうアリシアの顔は、ひどく険しかった。だが、アリシアが考え込むことはよくあるから、理由は聞かなかった。




 エヴァンは、大きく息を吐いた。


「なるほど。グリフィン商会は、魔術封じも扱ってたわけだ」


 アリシアでさえほとんど知らなかったことをカミラが知っていたことは、不思議だった。だが、グリフィン商会が魔術封じもあつかっていたのなら、納得できる。


 犯人たちがここで何をしているのかは知らないが、珍しい魔術封じを手に入れられるような連中だとは、思えない。もとから、ここにあったのだろう。それを、手錠の形に変えた。


「ってことは、魔術を吸収させ続ければ、これはとれるのか?」


 カミラの言うことが正しければ、そうなる。


 問題は、ミスリルがどれくらいの魔術を吸収するか、ということ。それから、爆発がどれくらいのものなのか、も問題だ。


「やってみるしかない、か」


 どうせ他にできることはない。


 属性も、配分もどうでもいい。魔術であればいい。


 エヴァンは、目を閉じた。ゆっくり息を吸い、下腹に力をこめる。そして、息を吐きながら、大火力の魔術を連続で使う。体から、力だけが使われていく。




 ポタリ、と汗が地面に落ちた。ハア、と熱い息を吐きだす。


「きっつ……」


 体が熱を持つ。オーバーヒートだ。しばらく前から熱くなってきていた。それが、どんどんひどくなっている。これほどのオーバーヒートになったのは、初めてだ。


 魔術を使うたびに、力がごっそり抜けていく。


「けど、そろそろか」


 魔術を使う時に、わずかに抵抗を感じるようになってきた。ミスリルに、拒まれている感覚。おそらく、もう少しで、ミスリルに限界が来る。


「どっちが先か……」


 エヴァンの限界か、ミスリルの限界か。


 唇をかみしめ、魔術を使う。もう、連続で使う体力はない。だが、ゆっくり休んでいると、今度はミスリルから魔術が抜けていく可能性がある。そうなったら、いつまでたっても終わらない。


 体が燃えそうなほど、熱い。あえぐように、息を吸った。


「これで、最後か……?」


 特大の魔術を放つ。これまでに使ったことがないような魔術。実際に放たれたら小さな町なら一瞬で塵と化すような威力。


「くっ……あ……」


 飛びそうな意識を、なんとかつなぎとめる。


 ピシッ


 後ろでそう鳴り、

 ミスリルが爆発した。


「本気かよ!」


 破片が飛ぶなんていうかわいらしいものではない。これまでエヴァンがためた魔術が、一気にあふれ出したかのような、爆発。


 柱が折れ、天井が落ちてくる。


「カミラ!」


 土魔術でカミラの周りを囲む。その瞬間、エヴァンの頭に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

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