4. ギアトーレ編
カミラが広げたテントに入る。空間収納のおかげで、テントの中は見かけ以上に広い。二人が余裕で寝られるだけのスペースがある。
「ほんと感じ悪い。何なの、あの女」
そう吐き捨てて、カミラが床に座る。エヴァンはその向かいに座った。
「切ってくれ」
「うん」
カミラがテレパシーを切る。
「まあ、そう怒るなって」
「だってあっちから襲ってきたんだよ? それなのに謝られてあの態度って、最低じゃない? エヴァンも謝ることなかったのに、あんな女に」
エヴァンは何かを言おうとして、だが口を閉じた。カミラにすべて吐き出させてしまった方がいい。下手に口を突っ込んで怒られたくない。
「しかも、巫女って人と話して救うのが仕事でしょうが。あんな女が人を救うなんて、ありえない。信じられない。それに、最後まで謝ってこなかったし、冷たいし上から目線だし。何なのよ、本当に」
「……言いたいことは全部言ったか?」
「まだ言い足りないけど、言ってもしょうがないから」
不機嫌極まりない声。それでも、少しは落ち着いたらしい。
「俺もあの態度はちょっとひどいとは思うが、仕方ないんだよ。あれはしょうがない」
「何で?」
「俺が邪気を持ってるって言ってただろ。で、聖気と邪気は打ち消しあう。だったら聖職者が邪気を持ってる俺を警戒するのは当たり前だし、いきなり襲ってきたのも納得はできる」
アリシアの言う通りなら、邪気を持っているのは魔物と魔族しかいない。最初に斬りかかってきたのも、エヴァンを魔族だか魔物だかと勘違いしたのだろう。
「でも、あの態度はないでしょ」
「まあ、俺もそう思わなくはないが」
どうしても遠回しな言い方になってしまう。
「言ってることは何ひとつ間違ってないんだよな。俺が邪気を持ってる以上、俺に謝る理由はないわけだし、かといって俺の謝罪を受け入れなかったってことは自分の非は認めているわけだし」
「そうだけど……」
カミラはエヴァンをにらんだ。
「それより、それよりも、A級冒険者ってどういうこと? 聞いてないんだけど」
「そりゃあ、言ってないからな」
「ごまかさないでよ、どういうこと?」
確かに、これはごまかされてくれそうにない。全部話すまで引き下がってはくれないだろう。
「カミラに言ってなかったって言うわけじゃなくて、誰にも言ってなかったんだよ。だから、そんなに怒るな」
一応、言い訳をしておく。
「確かに、俺はA級冒険者だった。全属性を同時に使えたってのも、魔人って呼ばれてたのも全部事実だ」
「さっきも気になったんだけど、魔人って?」
「俺の二つ名だ。A級冒険者には何かしらの二つ名がつけられるんだよ」
この名で呼ばれることはほとんどなかったが。
「で、全属性同時に使えた?」
「ああ」
「属性魔術は一度に一属性しか使えないって言ってたよね?」
カミラは明らかに怒っている。
「普通は、って言っただろ。自分で言うのは何だが、俺は普通じゃなかったんだよ」
「何であのとき、自分は使えるって教えてくれなかったのさ」
「だから、隠してるんだって。いろいろと事情があるんだよ」
「それは、行方不明ってことになってること?」
カミラは、鋭い。少なくともバカではない。
「そうだな。俺は行方不明ってことになってる」
「何で?生きてるんだから、そう言えばいいのに」
「そういうわけにはいかないんだよ」
エヴァンは静かに息を吐いた。
「俺はドラゴンの討伐に行ったあと、帰ってこなかったってことになってる。実際はこうして帰ってきてはいるが。で、ドラゴンと戦ってるときに、魔族に会った。ドラゴンを魔族が倒したんだが、俺も負けてな。さすがに、A級冒険者、しかも魔術を中心に戦ってた俺が魔術を使えなくなりました、っていうのは軽々しく言えることじゃない。まして、この邪眼だからな」
カミラは黙ったままうなずいた。
「俺のことを大っぴらにはできない。だが、ギルドとしてもこんな力を持っている俺を手放したくはない」
「だから、E級として隠しているってこと?」
「そうなるな。だからさっき否定はしたが、匿っているっていうのは間違ってはいない」
「じゃあ、何で否定したの?」
カミラはバカではないが、世間知らずだ、とエヴァンは思った。
「冒険ギルドと教会は別の組織だからな。さすがにこれだけ込み入った話を打ち明けるわけにはいかないだろ。たとえあっちが察していようが、俺はしゃべれない。まあ、それがギルドとの約束でもあるしな」
「約束? なんか、面倒だね」
「まあ、自業自得だからな」
エヴァンは、思い出して顔をしかめる。
「あのとき素直に逃げていれば、こんなことにはならなかったんだけどな」
「エヴァンって慎重そうなイメージなんだけど」
「そりゃ、こんなことになったらいやでも慎重になるだろ。次何かミスったら死にそうだしな。高い授業料ではあったが」
それでも生きているのだから、ましな方だろう。
「私も気を付けないとね……」
「俺に会ったときも、あとちょっと遅かったら死んでただろうからな」
「むう。それは感謝してるし、反省してるから」
すねた声。だが、本気じゃないことがわかるから、どこかかわいらしい。
「で、これからどうするの? アリシアの言ってることが正しければ、もとに戻るかもしれないみたいだけど」
アリシア、というときに不満げな声になる。
「どうする、なあ……。治る可能性があるならかけてみたいと思ってるけど」
「魔族を倒しに行くってこと?」
「そうなるな。戻してくださいって言っても聞いてくれるとは思えないし」
ユリシーズとは会話できたのだから、言葉は通じそうだが。
「そう言うわりに、あんまり乗り気じゃなさそうだね」
「まあ、な。正直、勝てるとは思えない」
「そんなに強いの?」
エヴァンはうなずく。
「ああ。無理だ」
「でも、かけたいとは思ってるの?」
エヴァンはゆっくりうなずく。
「一生このままなのは嫌だからな。ただ、死ぬかもしれない」
「うん」
「死にたいわけじゃないが、生きて帰れないとは限らない」
「うん」
カミラは静かに相槌を打つ。
「……だから、やってみたいと思う」
「じゃあ、そうしよう」
「カミラは、来るのか?」
カミラがキッとエヴァンをにらむ。
「来るなってこと? 私は一緒に行くよ」
「だけど、死ぬかもしれないんだぞ。その可能性の方が高い。俺は自分のことだからいいとして、カミラにとっては他人事だろ」
「他人事って、ひどくない?」
「だけど……」
カミラはエヴァンの手を取り、カミラの頬に添えさせた。輪郭を確かめさせるように動かす。
「さっき言ってたでしょ。エヴァンがいなかったら私は死んでたって。私はエヴァンに命を助けてもらったの。しかも弓矢も教えてもらった。わかる?」
「……ああ」
「貸し借りで考えるのはあんまり好きじゃあないけど、私はエヴァンに大きな借りがある。それを返そうってわけじゃないけど、私はエヴァンの役に立ってると自分では思ってる。それは間違ってる?」
カミラから、目を離せない。
「間違ってない」
「それなのに他人事って言う? 私は、一緒にいたいよ。それは嫌?」
「嫌なわけじゃない」
エヴァンは自らの頬から手を離した。
「死んでほしくないんだよ。他人だと思ってないから、だから死んでほしくないんだ」
「私だって、エヴァンに死んでほしくないよ」
カミラが、エヴァンに顔を近づける。
「ただエヴァンが返ってくるのを待ってろって? そんなの嫌。絶対嫌。足手まといにはならないし、私も強くなるから。だから、一緒に行かせて」
「だが……」
「死ぬかもしれない人を黙って見送るなんてできない。無理。エヴァンがなんと言おうがついていくから」
その瞳に揺らぎはない。エヴァンが何を言おうと、カミラが意見を変えることはないだろう。
しばしの沈黙の後、エヴァンが折れた。
「……わかった」
「いいの?」
「ダメって言ってもくるんだろ? 俺もカミラがいた方が助かるからな」
その言葉に、カミラの顔が輝く。
「助かる? やった!」
「ああ」
カミラが地面に寝転がった。
「ねえ、今出て行っちゃいけないわけ?」
「そんなにアリシアが嫌いか?」
「まあ、ね」
エヴァンは首を横に振る。
「まだいろいろ話を聞けるかもしれないからな。聞いといて損はないだろ。俺らを害そうとしてるわけじゃなさそうだし」
「エヴァンがそう言うなら」
そう言って、カミラが大きくあくびをした。




