12. 王都編
川をわたった先は、にぎやかだった。いたるところから、声が聞こえる。客を呼び込む屋台や店の声、町の人たちの談笑、子どもたちの遊ぶ声……。
「さすが王都、だな」
「うるさいよねえ。いろんなにおいするし」
「うまそうなにおいだよな」
お腹がすいてきそうである。
「エヴァン、カミラと離れないようにね」
「どういう意味だ?」
アリシアが小さく笑った。
「だって、地図持ってないでしょう? 迷ったら、会えなくなるわ。カミラのテレパシーがあってもね」
「ああ……、そうだな。気を付ける」
この人込みだ。はぐれたら、それこそ一生会えなくなりそうだ。
「私は教会に顔を出してくるわ。悪いけど、宿だけ決まったら教えてちょうだい」
「まだ教会? アリシア、教会行きすぎじゃない?」
「私は巫女なのよ。仕事もあるの」
好きなときに働けばいい冒険者とは違うのだ、と言ってないのに聞こえる。
「じゃあ、また夜ね。がんばって!」
「ありがとう。それじゃあ、ふたりも楽しんで」
アリシアが雑踏に消えていく。
「カミラ、どうする? このままグリフィン商会に行くか?」
本来の目的はそれである。だが、カミラは首を横に振った。
「なんか、まだ覚悟ができてなくて……。それに、もう会えなくなるかもしれないから、今日はここで遊ばない?」
「そう……だな」
カミラがグリフィン商会で本格的に働くとなれば、もうこれまでのようにはいられない。ならば、今日だけでも一緒にいたい。
「どこ行く?」
「やっぱり、王宮の近くまで行く? 行ったことある?」
「行ったことあるけど、行くか。せっかくの王都だもんな」
行ったのも、かなり前の話だ。
「なんかさ、ユリシーズのところで城を見たから、見た気分になっちゃうよね」
「あれなあ。王城に似てたからな」
ただし、白い王城に対してあれは真っ黒だったが。ユリシーズの性根みたいな色、と言ったら、怒られるだろうか。
「ほんと、すごい人」
「ギアトーレもそんなに変わんないだろ?」
「でもさ、なんか人の種類が違うっていうか。ギアトーレは冒険者が多いじゃん。でもここは、いろんな人がいるよね」
たしかに、ギアトーレは冒険者ばかりだ。あれだけ大きいダンジョンがあるのだから、当たり前だが。それに比べて、王都は冒険者はむしろ少ない。武器を持って歩いている人はほとんどいない。王宮の警備を考えたら、その方が楽なんだろう。
「ほら、王宮」
「何回見ても、立派なもんだよな。どうやってこんなに大きい建物たてたんだか」
「権力の証、かな? でも、こんなにきれいなものを見られるんだから、私たちとしてもうれしいよね」
人が作ったものとは思えない、大きな城。少し離れたところからしか見られないが、それでも圧倒される。
すごいのはその大きさだけではない。ところどころに施された細かい彫刻は、じっくり見ていたら一日をつぶしてしまいそうだ。
「ほんと、すごいよなあ……」
「でも、中に住みたいとは思わないよね、こうやって眺めてるだけで十分」
「たしかに。中に住んでたら、常に気を張って疲れそうだな。生まれたときから住んでたらそうは思わないんだろうけど」
カミラの手がエヴァンの手に触れる。エヴァンは、それをそっと握った。
カミラの耳が赤い。それを直視する勇気はなかった。きっと、エヴァンの顔も赤くなっているだろうから。
「次、どこ行く?」
声がうわずっているのは、気にしないでほしい。
「どうしよう。ぐるっと一周歩く?」
「そうだな。行くところもないし、急いでもいないし」
手はつないだまま。右へ歩き出す。
「裏に行ったら、庭が見えるんだよね」
「そうなんだ。反対側は行ったことなかった」
「そうなの? もったいない。庭、すごいきれいだよ」
エヴァンはうなずいた。
「中からなら、見たことあるんだけど」
「中から!? 中に入ったことあるの?」
「A級になったとき、国王に会ってな。そのときに、少し見た」
カミラが目をむく。
「国王に、会った!?」
「ああ」
「……ほんと、エヴァンといると飽きないね……」
ため息をつかれた。
「それはほめてるのか、けなしてるのか、どっちなんだ?」
「ほめてる、うん、ほめてる」
なんとも微妙な言い方だ。
「だって、まさか王様に会ったことあるなんて。会える存在じゃないでしょ。王宮に来たことあるって、外から見たってことだと思ってたのに」
「いや、まあ……。聞かれなかったから答えなかったってことで」
「アリシアの受け売り? 似合わないよ」
カミラに笑われる。声をあげて。
「そこまで笑うことないだろ」
「だって、おもしろくて。だいたい、王様に会ったことあるのか、なんて聞くわけないでしょ。想像もしてなかったよ」
「想像されてたら、逆にびっくりだな。貴族くらいしか、会えないはずだし」
ふつうの人が合う存在ではない。
「どんな人だった?」
「残念ながら、そんなに覚えてない」
「なんでよ、もったいない。そんな機会一生ないでしょ?」
だからこそ、覚えていないのだ。
「だって、緊張してたんだよ。失礼なことしないようにって、それだけ考えてたから。他のことを見る余裕がなかった」
「なんか、エヴァンが緊張するって想像つかないんだけど。魔物と戦うときも、緊張はしてなさそうだし」
「魔物とやるときには、そんなに緊張しないからな。緊張しないわけじゃないけど、それ以上に興奮する」
血肉が騒ぐのだ。あとは、それに流されてしまえばいい。本能のまま暴れればいい。そこに、緊張の入り込むすきはない。
「エヴァンってさ、温厚そうな顔して実は戦闘狂だよね」
「戦闘狂って、そこまで言うか? 戦うのが好きなのは否定しないけど」
「否定しないんなら、十分戦闘狂でしょ」
そんなもんだろうか。
「冒険者らしいだろ?」
「うん」
そう素直にうなずかれてしまうと、逆に反応に困る。
「ほら、庭」
「お、ほんとだ。見える」
柵の向こうに、庭が見える。
「きれいだな」
「さすがに、きちんと手入れされてるよね。ああいうのって、すぐ草とか伸びるから、手入れ大変らしいんだよね」
「よく知ってんな」
カミラがキラキラした目で庭を見ている。
「興味あったんだよね。子どものときによく見に来てたんだけどさ」
「そうか。この辺に住んでるんだもんな」
「正確に言うと、王都のはしっこだから、ちょっと離れてるんだけどね」
カミラが、カジェとは反対側を指差す。
「本店が?」
「うん。だって、こんなところで武器買う人ってあんまりいないでしょ。それに、王宮に近いところって、武器の許可が厳しいんだってさ。だから、少し離れたところにあるの」
「なるほど。たしかに、さっきからそういう店は見ないな」
あるのは食べ物の屋台と、みやげ物屋くらいだ。
「エヴァンは、他に行きたいところある?」
「……ないな。よく知らないし。カミラのおすすめとかない?」
「私のおすすめ? じゃあ、ついてきて。あんまり人のいないところだけど」
そういうところを知っているのが、地元民の強みだ。
「どういうところなんだ?」
「ついてからのお楽しみ」
「おう。楽しみにしてる」
手を離したカミラが大通りから離れ、小道に入っていく。両隣を家に挟まれた、狭い路地。
「一気に静かになったな」
「ほとんど通らないからね。でも、こっちが近道なんだよ」
カミラが曲がり角をいくつも曲がる。今はぐれたら、大通りに戻れなさそうだ。
「やけに入り組んだ道だな」
「昔の道だからね」
さらにいくつか曲がる。
「王都にこんな道があったのか……」
つぶやいてカミラの曲がった角を曲がる。
「カミラ……?」
そこにカミラはいなかった。どうやらここから大通りに出られるらしい。だが、その大通りにカミラの姿はない。
「カミラ、カミラ!」
返事はない。何人かの通行人が不思議そうにこちらを見るだけだ。
「カミラ?」
その声は、雑踏に消えた。




