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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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11. カジェ編

 エヴァンは、物音で目が覚めた。昨夜のような不穏な物音ではない。


「エヴァン。起きてる?」

「カミラ、もう朝か?」

「朝どころか、もうすぐ昼だけど」


 ゆっくり体を起こす。体に違和感はない。


「大丈夫?」

「ああ。オーバーヒートは治った」

「ならよかった」

「起こさないでいてくれたんだ。ありがとな」


 そう言うと、カミラは微妙な表情をする。


「私もさっきアリシアに起こされた」

「そうだったんだ」

「昨日の夜、あんなことがあったからね。それで、ほっといてくれたみたい」


 その張本人が顔を出す。


「エヴァン、体は?」

「大丈夫だ」

「そう」


 アリシアがあくびをする。


「アリシアはいつ起きたんだ?」

「いつもと同じ時間に起きたわよ。教会に顔出して、帰ってきたらまだ寝てるから、いい加減に起こした方がいいと思って」

「さすがだな」


 アリシアがいつも起きる時間となれば、相当早いのではないだろうか。眠そうなのも無理はない。


「王都に行くんでしょう? あんまりゆっくりしていると、船がなくなるわ」

「そうか。ここから川までしばらく歩くもんな」

「遅い時間は船の値段が上がるしね」


 カジェから王都に行くには、川を渡るしかない。


「じゃあ、行くか。あんまり長くここにいてもいい顔されないだろうしな」


 何せ、火をつけられたのだ。昨夜あんなことをしたとは言え、完全に気を許されるとは思っていない。その問題は、あとはギルドが何とかしてくれるだろう。




 急ぎではないので、歩いていく。


「そういえば、魔石って何なの?」

「いきなりどうした?」


 前を歩いていたカミラが振り返る。


「いや、ギルドに直接わたさないといけないって決まってるってことは、実は危険なものなのかなって。それに、魔物からとれた魔石がどうやったら店で売ってる形になるのかも、知らないし」

「そう言われると、答えられないな。危険なものではない気がするけど。でも、ギルドに直接わたさないとペナルティがあるくらいだから、よっぽどの何かがあるんだろうな」


 ギルドでペナルティが課されるのは、受けた依頼を達成できなかったときか、魔石を直接提出しなかったときくらいだ。ちなみに、他の人を傷つけると、ペナルティどころか資格はく奪である。


「アリシア、知ってる?」


 カミラがそう聞くと、アリシアがため息をついた。


「……前に、魔石が容器みたいなものだって話をしたわね?」

「ああ、してたな」


 魔石は魔物の核になっているものであり、邪気が入っている容器みたいなものだ、と説明されたことがあった。


「魔物からとれたあの黒い魔石は、魔石という容器の中に邪気が入っている状態なのよ。ギルドに渡されたそれは、教会に渡されて、浄化されるわ。そこで、容器をからっぽにする」

「浄化しても、魔石は消えないのか?」


 邪気でできているのなら、聖気でなくなってしまいそうなものだが。


「消えないわよ。言ったでしょ、魔石は容器だって。邪気が入っているだけ。それを、聖気で打ち消すの。魔石に聖気が残らないように、絶妙な加減でね」

「めっちゃ難しそうだね……」

「慣れたらそうでもないわよ。私もよくやっているけど」


 浄化ができる聖職者はすくない。アリシアはこき使われているのだろうか。


「魔石を浄化するのって、すごい大変じゃないか? 魔石なんて大量にとれるのに、聖職者の数はそんなにいないだろ?」

「大量の魔石を一気に浄化するのよ。そうしないと、手が足りないわ」


 アリシアが普段忙しそうな理由がわかった気がする。


「話を戻すわよ。聖職者によって浄化されたからっぽの魔石は、軍にわたされるの。そこで、魔術を魔石に入れる」

「からっぽの魔石に魔術を詰めるから、中に魔術がたまるってこと?」

「ええ。そして、できた魔石を店に流す。で、それを私たちが買っているのよ」


 ギルドから教会、そして軍。タルアの三大組織の手をかいしているわけだ。


「ずいぶん、手がかかってるな」

「まあ、いろいろと理由があるのよ」

「でもさ、何で中にたまった魔術を取り出せるの? それに、魔石は使い終わったら消えるよね。容器の中身を使っているだけなんだったら、消えないんじゃないの?」


 言われてみればそうだ。使い終わった魔石は消えてしまう。


「魔術を取り出しているというよりは、新しくそこに魔術を入れようとすることで中の魔術が押し出されるって感じね。ふたつ目の質問に対しては、私の推論でしかないけど……」


 アリシアの推論は大きく外れたことはない。


「魔術を押し出すっていうのは無理やりされることだから、魔石に負担がかかるんじゃないかしら。その結果、容器が壊れて、魔石が消えるんだと思うわ」

「そういえば、俺の邪気に耐えきれなくて魔石が壊れてたな」

「たぶん、同じことでしょうね」


 魔石は意外と繊細なのかもしれない。それに、謎な点も多い。まあ、そうでなければ、人間がとっくに同じものを作っていただろう。魔石ほど使い勝手のいいものはないのだから。


「魔石は、からっぽの容器の中に属性魔術を入れるんだよね?」

「ええ、そうよ。そのタイミングで色がつくわ」


 火魔術は赤、土魔術は緑、風魔術は水色、水魔術は青色に。


「それってさ、血術を入れたらどうなるの? 普通に使えるの?」

「使えたとしたら、かなり便利だな」


 だれでもテレパシーや空間収納が使えたら、それこそ世界が変わるだろう。エヴァンも、使えるものなら使いたい。


「理論上はできるでしょうけど、禁止されてるわよ」


 アリシアがため息とともにそう言った。


「禁止? 何で? もったいない」

「血術は危険すぎるのよ。大勢の人が持ったら、国がひっくり返るわ」

「そんなことないでしょ。テレパシーと空間収納なんて、そこまで壮大なものじゃないし」


 たしかに、便利ではあれど、壮大ではない。というか、壮大な魔術とは、と思うが。


「例えば、カミラがどこかで反乱を起こそうとしたとするわよ。そのためには、大量の武器が必要ね? だけど、ふつうは軍に止められて気づかれるわ。だけど、空間収納があれば、大量の武器を気づかれずに運ぶことができる。それがカミラひとりならいいけれど、大勢の人がやったら?」

「なるほど、国がひっくり返るわけだ」


 パワーバランスが、一気に変わってしまう。


「じゃあ、テレパシーは?」

「今、カミラとエヴァンが私を殺そうとしてその算段をしていたとしても、私にはわからないでしょう? そういうことよ。国王の目の前で暗殺の計画を立てられていても、誰にもわからない」

「そう言われると、恐ろしいな」


 悪用はいくらでもできるのだ。その能力を持つ人によって。


「でも、そうだとしたら血術を持ってる人を野放しにするのは、危なくないか?」

「ええ。だから、カミラみたいに血術を持っている人は、ある程度軍に監視されてるわよ。監視と言っても、どこにいるかを把握されるくらいでしょうけどね」

「ええ……。私監視されてるの? それはなんか嫌なんだけど」


 カミラが思いきり顔をしかめる。


「まあまあ、俺も監視されてる身だから」


 A級冒険者だって、同じようなものである。力がある者は、監視される運命にあるらしい。


「魔石を直接ギルドにわたさないといけないのは、そうやって悪用されるのを防ぐためか?」

「そうよ」


 アリシアがもう一度ため息をつく。そんなにあきれられるような質問をしたつもりはないが、どこか気にさわったのだろうか。


「いろいろ質問してきているけど、エヴァンなら知れたことでしょう」

「ああ……、まあな」

「自分で調べればいいのに」


 なるほど。それはあきれられても仕方がない。

 カミラが首をかしげる。


「どういうこと? エヴァンなら知れたでしょうって」

「前にA級冒険者の特権みたいな話をしただろ? そのひとつで、ふつうの人は見ることができない書物も見られるんだよ」

「そこに、魔石のことなんかも書いてあるはずだけれど」


 エヴァンは顔をしかめた。


「文字読んでると、眠くなるんだよ。だから、読まねえの」


 すねたような口調になっているのは、許してほしい。


「A級にならないと見られないようなやつの中身を私にしゃべっても大丈夫なの?」

「今のはエヴァンの説明が悪いわよ」

「すまん」


 おっしゃるとおりである。


「A級の特権っていうのは、王宮の図書館に入る権利なのよ。その中の本に書いてあることを読んでもいいってこと。だけど、別に内容が秘密なわけじゃないわ。だから、知られてもかまわないのよ。聞かれないと答えないけれど」

「たしかに、アリシアって聞かれたことにしか答えないよね」

「興味のない話を聞くのはつまらないでしょう? 私だって、説明をしたいわけでもないわ」


 そう言われると、胸が痛い。会ってから何回、こうやって説明をしてもらっただろう。エヴァンとカミラが無知なのか、アリシアが物知りなのか。きっと、両方だ。


「本を自分で読んだ方が、力になるわよ」

「……はい」


 ずいぶん、子ども扱いをされている気がする。


「あ、川見えた」


 いよいよ、王都だ。

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