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隻眼の冒険者  作者: 綾川朱雨
第二部
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10. カジェ編

 人の足音に身構える。


「エヴァンさん」


 近づいてきたのは、町の代表ではなかった。


「どなたですか?」

「カジェの漁師のとりまとめみたいなことをやっています」


 よく日に焼けた男性だ。漁師と言われると、納得できる。


「リヴァイアサンを倒したようで」

「はい」


 漁師ということは、リヴァイアサンを倒すことに反対していたのだろうか。だとすると、下手なことは言わない方がいい。


「魔石を見せていただいてもいいですか?」

「魔石を?」


 エヴァンは、魔石を持っている左手をさりげなく隠した。相手の目的がわからない。


「はい」

「理由をお聞きしても?」

「調べてみたいのですよ」


 男性が海を見て、エヴァンに視線を戻した。


「海の王であるリヴァイアサンについて、調べたいのです。ですが、リヴァイアサンはもういない。ですから、魔石を調べたいのです」


 リヴァイアサンを倒したことを非難している目。それを、隠そうとすらしていない。


 エヴァンは、深呼吸をした。相手のペースに飲み込まれてはならない。


「魔石はどの魔物でも同じものです。リヴァイアサンであろうと、魔石であることに変わりはありません」

「あるかもしれないでしょう。海の王ですよ?」


 しぶとい。エヴァンは、舌打ちしたくなるのをおさえた。


「魔石は冒険ギルドに渡さないといけないので」

「少し調べたら、こちらからギルドに渡しますから。いいでしょう? 少しくらい」

「失礼」


 アリシアが一歩前に出た。エヴァンを目で制す。


「魔石は冒険ギルドに直接提出するのが決まりです。どうしても調べたいというのであれば、あなたがギルドにそう伝えてください」

「な……、あなたには関係のないことでしょう」

「国の法は神の言葉。それを守るのが人の役目。そして、人を導くのが、巫女の使命です」


 気味が悪いほど完璧な笑みを浮かべ、アリシアが言う。顔も声も柔和だが、逆らわせない圧力がある。


「おわかりいただけますか?」

「はい……」


 男性が踵を返す。声が聞こえないくらい遠ざかったことを確認して、エヴァンはため息をついた。


「やけにしつこかったな」

「エヴァンがはっきりしないからでしょう」

「いや、あれは向こうが悪い。でも、助かった。ありがとな」


 アリシアが肩をすくめる。


「ガツンと言えばよかったのに。相変わらずのお人よしね」

「お人よしか?」

「私がこうしているのだって、その証拠でしょう。私は最初、あなたに斬りかかったんだから」


 そう言えばそうだった。はるか昔のことのように感じる。その間に、いろいろなことがありすぎた。


「何かよくわかんなかったんだけど、どういうこと?」


 カミラがエヴァンの袖を引く。


「よくわかんなかったって、何がわかんなかったんだ? 会話のままだろ?」

「何であの人、そんなに魔石を調べたかったの? 魔物によって変わらないってエヴァンが言ったのに、引き下がらなかったじゃん」

「海を信仰の対象にしているのなら、リヴァイアサンはそれこそ神みたいなものだろうからな。だから、特別かもしれないって思ったんだろ」


 神をそこまで信じていないエヴァンにも、その心理はよくわからない。


「というよりは、近くに置きたかったんでしょうね。神の一部を。信仰の形としてなのか、もっと深い理由があるのかはわからないけれど。魔石が実際に他のものと違うのかはどうだっていいんでしょう」

「そんなもんか」

「違うものを信仰してるのに、ラミ教は咎めなくていいの?」


 ラミ教は国教。タルアの人はみんな進行している。生まれた瞬間から死ぬまで、ラミ教の信者なのだ。


「本当は咎めた方がいいんでしょうけどね。ラミ教は唯一神を信仰しているから。だけど、こうやって町で共存しないといけないから、少しは目をつむるわよ。ラミ教に逆らわない限りはね」

「だから、あの人に強く出れたのか」

「ええ。でも、そこまで強く出てはいないわよ。当たり前のことを言っただけだわ」


 それが本当だとすると、アリシアが本気で言ったらどうなっていたんだろうか。普段静かな人ほど、怒るとめちゃくちゃ怖い。




 魔石をギルドに渡したあと、貸してくれた家に入る。ぜひ泊まってください、今は誰も使っていませんが、掃除はしてありますので、と言われた。


「ありがたいな。こうやって泊めてもらえるのは」

「宿じゃなくて、家をひとつ貸してくれるんだから、すごいよね」

「軍が寝どころを貸してくれるかと思ってたわ。国王の依頼だから」


 アリシアの言葉に、エヴァンは思わず顔をしかめた。


「軍が貸してくれようとしたらしいけどな、町の人が断ったんだとさ。カジェのことだからって。あんな堅苦しいところじゃ休めないからよかった」

「泊まったことあるの? すごいね」

「別にすごくないぞ。泊まったけど、決まりとか厳しいし、寝る時間も起きる時間も決まってるからな」


 あまりいい思い出ではない。


「軍って厳しそうだもんね。私には向いてないな」

「向いてないだろうな」


 そう言うと、背中をはたかれた。カミラから言いだしたことだというのに、他人には言われたくないらしい。


「まあ、俺も向いてないな」

「だろうね」


 仕返しに、カミラの背をはたいてやった。




 焦げ臭いにおいと、パチパチという音に目が覚めた。


「何だ……?」


 体を起こす。ニ・三度瞬きをしてから、慌てて立ち上がった。


「火事か!」


 明らかに、この家が燃えている。だが、まだ火は広がっていなさそうだ。


 部屋を飛び出て、カミラとアリシアがいる部屋の戸をガンガン叩く。


「火元は?」


 アリシアが部屋から出てくる。ローブを肩にかけた状態で。


「わからん。カミラは?」

「今起こしたわ。エヴァン、水魔術で消せる?」

「これくらいなら、消せるけど、外に出てからだ。家の中に水がない」


 空気中の水分を使うにしても、家の中の空気だけでは、火を消すには足りない。


 カミラが部屋から出てくる。


「外出ないの? 入口は?」

「見てくる」


 部屋は家の入口から少し離れている。部屋から離れ、入り口に近づく。


「駄目だ! 入口に火をつけられてる!」

「あんなところで火は使ってないでしょ? 火がつきそうなものもなかった。なのに、何で!?」

「火はつけられたんだ。それしかない」


 それにかぶせるように、アリシアが叫ぶ。


「エヴァン! ここの壁壊せる? ここが一番薄そうなんだけど」

「今行く!」


 入口の反対側。確かに、そこだけ薄そうだ。


「ふたりとも、さがってろ」


 風魔術で壁を壊す。家が倒れない程度に。


「あれ!」


 外に出たカミラが叫ぶ。


「どうした?」

「人がいる。あの人たちが、火をつけたんだ」


 外は暗く、エヴァンには人影が見えない。だが、カミラが言うのなら、人がいるのだろう。


「たぶん、魔石が欲しいって言ってた漁師さんと、あと何人か」

「ここなら他の家と離れてるから、ほかに燃えうつる心配もない、か」

「エヴァン、荷物は中に置きっぱなしなのよ。火を消さないと、全部燃えるわ」


 火を消すのは簡単だ。海に、水はいくらでもある。だが、消すだけでは意味がない。あの人たちを、何とか納得させなければ。


「いける……か?」

「何するの? 早く消さないと」

「カミラ、あの人たちはまだいるか?」


 カミラが首を横に振る。


「見えるところにはいない」

「じゃあ、音を出せばいいか」

「何の話?」


 エヴァンは、海に向かって左手を振った。派手に波を起こすように。それと同時に、火魔術で海の上を明るくする。


 家のある方向から声が聞こえる。異常な波の音で目が覚めたのだろう。好都合だ。


「うまくいってくれよ」


 こんなことは、やったことがない。だが、失敗は許されない。


「さて、海の王のお出ましだ」


 頭の中でイメージを作る。


「うわわ! 竜だ!」


 海面から、竜があらわれる。リヴァイアサンよりは小さいが、それでも巨大な竜。それが、光に照らされながら、カジェに近づいてくる。


「なるほどね」


 納得したようにアリシアがつぶやく。それ以外何も言わないということは、やっていることは間違っていない。


 水魔術で作り出した竜に、カジェの上空を一周させる。火魔術で、竜の姿を照らしながら。そのついでに、竜から落ちる水で家につけられた火も消す。


「これくらいでいいか」


 竜を海の上まで移動させ、そのまま上へ上へと動かす。それと同時に火魔術をどんどん弱くする。


 竜が宙に消えていくように見えるように。


 竜が見えなくなったところで、水魔術を止めた。その瞬間、ひどいめまいに襲われる。


「エヴァン!」

「……わるい」


 腹のあたりが熱い。エヴァンは、ゆっくり息を吐いた。


「大丈夫?」

「オーバーヒートだ。そんなにひどくないから大丈夫」

「リヴァイアサンと戦って、さらにこんなことまでしたら、そうもなるわね」


 今日だけで、魔術を使いすぎた。


「でも、すごかったよ。あの竜。ほんとに竜に見えた」


 本当はただの水のかたまりなのに。


「何であんなことしたの? 普通に消せばよかったのに」

「それだと、漁師の人たちが納得しないだろ。リヴァイアサンを倒しても、海は怒らない。他の竜が、カジェにはついている。そう思わせるしかなかった」


 火をつけられるほどに、恨まれているのだ。これを放っておいたら、いつか大きなわだかまりになる。


「ったく、ギルドにまかせるって言ったのにな……」


 結局、エヴァンが配慮するはめになった。


「カミラ、あなたの荷物取ってきたわよ。テント出してくれる?」

「家の中は?」

「寝られないわよ。焦げ臭いし、すすもあるし。ここでテントを広げるしかないわ」


 カミラがテントを広げる。


「荷物取ってきてくれたのか。ありがとう」

「あなたは寝てなさい。無理しすぎよ」


 テントに入る。ありがたくそれに従わせてもらおう。気が抜けたからか、そもそも寝ているところを火で起こされたからか、異常に眠かった。



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