10. カジェ編
人の足音に身構える。
「エヴァンさん」
近づいてきたのは、町の代表ではなかった。
「どなたですか?」
「カジェの漁師のとりまとめみたいなことをやっています」
よく日に焼けた男性だ。漁師と言われると、納得できる。
「リヴァイアサンを倒したようで」
「はい」
漁師ということは、リヴァイアサンを倒すことに反対していたのだろうか。だとすると、下手なことは言わない方がいい。
「魔石を見せていただいてもいいですか?」
「魔石を?」
エヴァンは、魔石を持っている左手をさりげなく隠した。相手の目的がわからない。
「はい」
「理由をお聞きしても?」
「調べてみたいのですよ」
男性が海を見て、エヴァンに視線を戻した。
「海の王であるリヴァイアサンについて、調べたいのです。ですが、リヴァイアサンはもういない。ですから、魔石を調べたいのです」
リヴァイアサンを倒したことを非難している目。それを、隠そうとすらしていない。
エヴァンは、深呼吸をした。相手のペースに飲み込まれてはならない。
「魔石はどの魔物でも同じものです。リヴァイアサンであろうと、魔石であることに変わりはありません」
「あるかもしれないでしょう。海の王ですよ?」
しぶとい。エヴァンは、舌打ちしたくなるのをおさえた。
「魔石は冒険ギルドに渡さないといけないので」
「少し調べたら、こちらからギルドに渡しますから。いいでしょう? 少しくらい」
「失礼」
アリシアが一歩前に出た。エヴァンを目で制す。
「魔石は冒険ギルドに直接提出するのが決まりです。どうしても調べたいというのであれば、あなたがギルドにそう伝えてください」
「な……、あなたには関係のないことでしょう」
「国の法は神の言葉。それを守るのが人の役目。そして、人を導くのが、巫女の使命です」
気味が悪いほど完璧な笑みを浮かべ、アリシアが言う。顔も声も柔和だが、逆らわせない圧力がある。
「おわかりいただけますか?」
「はい……」
男性が踵を返す。声が聞こえないくらい遠ざかったことを確認して、エヴァンはため息をついた。
「やけにしつこかったな」
「エヴァンがはっきりしないからでしょう」
「いや、あれは向こうが悪い。でも、助かった。ありがとな」
アリシアが肩をすくめる。
「ガツンと言えばよかったのに。相変わらずのお人よしね」
「お人よしか?」
「私がこうしているのだって、その証拠でしょう。私は最初、あなたに斬りかかったんだから」
そう言えばそうだった。はるか昔のことのように感じる。その間に、いろいろなことがありすぎた。
「何かよくわかんなかったんだけど、どういうこと?」
カミラがエヴァンの袖を引く。
「よくわかんなかったって、何がわかんなかったんだ? 会話のままだろ?」
「何であの人、そんなに魔石を調べたかったの? 魔物によって変わらないってエヴァンが言ったのに、引き下がらなかったじゃん」
「海を信仰の対象にしているのなら、リヴァイアサンはそれこそ神みたいなものだろうからな。だから、特別かもしれないって思ったんだろ」
神をそこまで信じていないエヴァンにも、その心理はよくわからない。
「というよりは、近くに置きたかったんでしょうね。神の一部を。信仰の形としてなのか、もっと深い理由があるのかはわからないけれど。魔石が実際に他のものと違うのかはどうだっていいんでしょう」
「そんなもんか」
「違うものを信仰してるのに、ラミ教は咎めなくていいの?」
ラミ教は国教。タルアの人はみんな進行している。生まれた瞬間から死ぬまで、ラミ教の信者なのだ。
「本当は咎めた方がいいんでしょうけどね。ラミ教は唯一神を信仰しているから。だけど、こうやって町で共存しないといけないから、少しは目をつむるわよ。ラミ教に逆らわない限りはね」
「だから、あの人に強く出れたのか」
「ええ。でも、そこまで強く出てはいないわよ。当たり前のことを言っただけだわ」
それが本当だとすると、アリシアが本気で言ったらどうなっていたんだろうか。普段静かな人ほど、怒るとめちゃくちゃ怖い。
魔石をギルドに渡したあと、貸してくれた家に入る。ぜひ泊まってください、今は誰も使っていませんが、掃除はしてありますので、と言われた。
「ありがたいな。こうやって泊めてもらえるのは」
「宿じゃなくて、家をひとつ貸してくれるんだから、すごいよね」
「軍が寝どころを貸してくれるかと思ってたわ。国王の依頼だから」
アリシアの言葉に、エヴァンは思わず顔をしかめた。
「軍が貸してくれようとしたらしいけどな、町の人が断ったんだとさ。カジェのことだからって。あんな堅苦しいところじゃ休めないからよかった」
「泊まったことあるの? すごいね」
「別にすごくないぞ。泊まったけど、決まりとか厳しいし、寝る時間も起きる時間も決まってるからな」
あまりいい思い出ではない。
「軍って厳しそうだもんね。私には向いてないな」
「向いてないだろうな」
そう言うと、背中をはたかれた。カミラから言いだしたことだというのに、他人には言われたくないらしい。
「まあ、俺も向いてないな」
「だろうね」
仕返しに、カミラの背をはたいてやった。
焦げ臭いにおいと、パチパチという音に目が覚めた。
「何だ……?」
体を起こす。ニ・三度瞬きをしてから、慌てて立ち上がった。
「火事か!」
明らかに、この家が燃えている。だが、まだ火は広がっていなさそうだ。
部屋を飛び出て、カミラとアリシアがいる部屋の戸をガンガン叩く。
「火元は?」
アリシアが部屋から出てくる。ローブを肩にかけた状態で。
「わからん。カミラは?」
「今起こしたわ。エヴァン、水魔術で消せる?」
「これくらいなら、消せるけど、外に出てからだ。家の中に水がない」
空気中の水分を使うにしても、家の中の空気だけでは、火を消すには足りない。
カミラが部屋から出てくる。
「外出ないの? 入口は?」
「見てくる」
部屋は家の入口から少し離れている。部屋から離れ、入り口に近づく。
「駄目だ! 入口に火をつけられてる!」
「あんなところで火は使ってないでしょ? 火がつきそうなものもなかった。なのに、何で!?」
「火はつけられたんだ。それしかない」
それにかぶせるように、アリシアが叫ぶ。
「エヴァン! ここの壁壊せる? ここが一番薄そうなんだけど」
「今行く!」
入口の反対側。確かに、そこだけ薄そうだ。
「ふたりとも、さがってろ」
風魔術で壁を壊す。家が倒れない程度に。
「あれ!」
外に出たカミラが叫ぶ。
「どうした?」
「人がいる。あの人たちが、火をつけたんだ」
外は暗く、エヴァンには人影が見えない。だが、カミラが言うのなら、人がいるのだろう。
「たぶん、魔石が欲しいって言ってた漁師さんと、あと何人か」
「ここなら他の家と離れてるから、ほかに燃えうつる心配もない、か」
「エヴァン、荷物は中に置きっぱなしなのよ。火を消さないと、全部燃えるわ」
火を消すのは簡単だ。海に、水はいくらでもある。だが、消すだけでは意味がない。あの人たちを、何とか納得させなければ。
「いける……か?」
「何するの? 早く消さないと」
「カミラ、あの人たちはまだいるか?」
カミラが首を横に振る。
「見えるところにはいない」
「じゃあ、音を出せばいいか」
「何の話?」
エヴァンは、海に向かって左手を振った。派手に波を起こすように。それと同時に、火魔術で海の上を明るくする。
家のある方向から声が聞こえる。異常な波の音で目が覚めたのだろう。好都合だ。
「うまくいってくれよ」
こんなことは、やったことがない。だが、失敗は許されない。
「さて、海の王のお出ましだ」
頭の中でイメージを作る。
「うわわ! 竜だ!」
海面から、竜があらわれる。リヴァイアサンよりは小さいが、それでも巨大な竜。それが、光に照らされながら、カジェに近づいてくる。
「なるほどね」
納得したようにアリシアがつぶやく。それ以外何も言わないということは、やっていることは間違っていない。
水魔術で作り出した竜に、カジェの上空を一周させる。火魔術で、竜の姿を照らしながら。そのついでに、竜から落ちる水で家につけられた火も消す。
「これくらいでいいか」
竜を海の上まで移動させ、そのまま上へ上へと動かす。それと同時に火魔術をどんどん弱くする。
竜が宙に消えていくように見えるように。
竜が見えなくなったところで、水魔術を止めた。その瞬間、ひどいめまいに襲われる。
「エヴァン!」
「……わるい」
腹のあたりが熱い。エヴァンは、ゆっくり息を吐いた。
「大丈夫?」
「オーバーヒートだ。そんなにひどくないから大丈夫」
「リヴァイアサンと戦って、さらにこんなことまでしたら、そうもなるわね」
今日だけで、魔術を使いすぎた。
「でも、すごかったよ。あの竜。ほんとに竜に見えた」
本当はただの水のかたまりなのに。
「何であんなことしたの? 普通に消せばよかったのに」
「それだと、漁師の人たちが納得しないだろ。リヴァイアサンを倒しても、海は怒らない。他の竜が、カジェにはついている。そう思わせるしかなかった」
火をつけられるほどに、恨まれているのだ。これを放っておいたら、いつか大きなわだかまりになる。
「ったく、ギルドにまかせるって言ったのにな……」
結局、エヴァンが配慮するはめになった。
「カミラ、あなたの荷物取ってきたわよ。テント出してくれる?」
「家の中は?」
「寝られないわよ。焦げ臭いし、すすもあるし。ここでテントを広げるしかないわ」
カミラがテントを広げる。
「荷物取ってきてくれたのか。ありがとう」
「あなたは寝てなさい。無理しすぎよ」
テントに入る。ありがたくそれに従わせてもらおう。気が抜けたからか、そもそも寝ているところを火で起こされたからか、異常に眠かった。




